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サービスエリアで休憩を取ったとき、ピノコが

「ちょっとだけ。食べないけどちょっとだけ見てみたいの」

とせがむので、二人で後部座席に移ってお重をのぞくことにした。

普段は

「行儀が悪い」

と一喝するところだが、つまりは俺も見てみたかったのだ。

風呂敷を開くと中には4段がさねの重箱があり、ふたを開くと様々な煮物、焼き物、揚げ物、酢の物が美しくきっちりと詰まっていた。

思わず二人してため息をつく。

「きれいねえ」

「そうだなあ」

「こんなにたくさん」

「そうだなあ」

「二人じゃ食べきれないわ」

「そうだなあ」

「キリコのおじちゃんにも食べさせたいわねえ」

「そうだな・・・え、キリコ?」

つい生返事を繰り返しているうちに変な単語を聞いた気がして問い返すと

「だってキリコのおじちゃん、外人っぽいし一人ぐらしだからこんなの見たことないんじゃない? ねえ、見せに行こうよ。ちょっとでいいから。少しくらいおすそわけしたっていいでしょう? ちょっとおうちによって、お皿出してもらって。それかいっしょに車にのせて、うちに来てもらってもいいわ。その方がお重がきれいなまんま出せるわよね」

期待に満ちた瞳で見上げられると、弱かった。

俺も昨日から、奴はどんな正月を過ごすんだろうと思っていたから。

「ちょっと寄るだけだぞ。奴はいないかもしれないし、先約があるかもしれないんだからな」

と念を押しながらお重を丁寧に包みなおし、だが奴を拉致する気満々で運転席に体を押し込む。

都内で高速を降り、あまり渋滞にはまらずに奴の家へ。

 

奴の家の呼び鈴を何回押しても返答はなかったが、裏口の鍵は開いていた。

あいつの悪い癖だ。

在宅中はどこかの鍵が開きっぱなしになっていることが多い。

「仕事関係のものは厳重にロックした部屋に保管しているから平気さ」

と奴は笑っているけれど。

 

裏口すぐの台所はひどい有様だった。

インスタント食品の空き箱と空の酒瓶で埋まっている。

「あっちょんぶりけ」

と驚くピノコに引き出しから探し出したゴミ袋を押しつけ、奴の姿を探し回る。

かろうじて着きました、という姿で自室の床に転がっている姿を見てほっとし、少し笑ってしまう。

ベッドの掛け布団を体に落として下に戻ると、ピノコはサンタのプレゼントの掃除一式を手に奮闘していた。

驚いて

「それどうしたんだ」

と聞くと

「せっかくサンタさんがくれたから、トランクに積んできてたの。だってプレゼントだけおるすばんじゃ、かわいそうだもん。ほらみて、このおうちだとちゃんと汚れが取れるのよ。一ふきでピッカピカよ。そうじはやっぱりこうでなくちゃあ」

と興奮気味に話しながらそこらを磨きまくっている。

普段はそこそこきれい好きな奴だから、ゴミをまとめて裏口に出し、そこらをざっと掃除しただけで、家は見違えるほどきれいになった。

 

満足して

「お茶でも入れるか」

と手を洗っていると家主が起き出してきた。

「何だ、お前ら。どんな空き巣が騒いでいるかと思ったら」

と周りを呆然と見回す男に、ピノコが

「おじちゃん」

と飛び込んでいく。

「あのね、お正月のおすそわけにきたの。すごいおせちできれいなの。お皿に盛ってもいいんだけど、せっかくだからそのままがいいんだけど、二人じゃあ食べきれないからおじちゃんも一緒に来てって言いにきたんだけど、おそうじもね、サンタさんにもらったのがすごくて、おじちゃんのうちっておそうじのしがいがあって」

とまくし立てるピノコに盛大な?マークだらけであろうキリコ。

事情を知っている俺だって、子供の話を解くのは大変だ。

しばらくピノコが語るに任せておき、コーヒーが入ったところで話を切った。

 

ピノコにはホットミルクを渡し、台所のいすに座る。

「昨日電話した寿司屋がみやげにおせちを重箱でくれてな。ピノコも正月は海外ばかりでまともに正月を祝ったことがないから、お前さんを誘いにきたんだ」

と言って一口コーヒーをすすると、奴はため息をつきつつ

「あいにくだけど、俺は」

と否定の言葉を吐こうとするので

「けど、もう遅くなっちまったから面倒だな。すまんが今日は泊めてくれないか。どうせ大晦日なんだ。夕飯なんて日本風に蕎麦でも手繰って済ませばいいし、明日の朝食はこの通りある。早々お前さんを煩わせないから。な、ピノコ」

「うん、あたしカップそば、大好き」

と2人で言い合い、キリコを見つめる。

見つめられた男はしばらく呆然とした後、苦笑の形に唇をゆがめ

「じゃあ先生は風呂掃除してもらおうかな」

と言い

「悪いがもてなしの気分じゃないんだ、勝手にやってくれ。俺は俺で好きにさせてもらうよ」

と言うと居間のソファに丸まって寝てしまった。

まだ酒が残っているのだろう。

狸寝入りかも知れないが。

 

とりあえずの家主の許可を得たので俺達は本格的に台所を漁り、この家には蕎麦もつゆの元も、薬味すらないことを知った。

2人して近所のスーパーに行き、ピノコが

「おそばでしょ、めんつゆでしょ、おねぎでしょ、おもちでしょ」

と言いながら入れるカートに俺も

「ビール、ウィスキー、ブランデー、それにやはり日本酒か」

と思いつくままに入れていく。

夕暮れの道は帰り着く頃にはすっかり暗くなり、暗い家は大きいほど寒々しい。

「ただいまあ」

と言うピノコの声がうつろに響き、不気味なほどだ。

あの男はこんな家に帰ってくるんだな、と思う。

そういえば俺の家もピノコが来るまではこんな感じだった、とも。

 

家の台所ならピノコが使いやすいように踏み台やらなにやらがあるから安心だが、ここの台所はうちの台所よりサイズが大きく、椅子に乗っても彼女は蛇口に届かないらしい。

鍋に水を入れるところから苦戦しているので、彼女はテーブルでねぎを切る係。

俺が蕎麦の茹で係になる。

袋の裏に書いてあるゆで方の説明を見たら、1人分に最低1リットルの湯で茹でること、と書いてある。

3人分なら3リットルもいるって、そんな馬鹿な。

ラーメンだったら小鍋で作れるじゃないか。

きっと3人分に1リットルの誤植に違いない。

そう合点して、それでもちょっと大きめの鍋に半分以上も水を入れ、火をつける。

「先生、お鍋には蓋するのよ。そのほうがガス代が浮くんだから」

とピノコに言われて蓋をしながら

「よくそんなこと知ってるな」

と言うと

「エコだもん。ジョーシキよ」

と小さい鼻を高々と上げてそっくり返り、椅子から落ちそうになっている。

 

湯が沸いたところで蕎麦を投入。

生めんを3つ入れたら、結構水位が上がった。

ぶくぶくしていた湯も冷めたようで、しーんとしている。

うーん、これでいいんだよな。

覗いていても蕎麦がほぐれる気配がなく、おかしいなと思っているうち、蕎麦の塊が震えだした。

あれあれ、と思っているうち見る見る鍋が細かい泡でいっぱいになり、いつの間にか喫水線がどんどん上がり、あれよあれよと言う間に

「ぶわー」

という音と共に鍋がふきこぼれた。

慌ててガスの火を止めたが、すでに遅し。

「わー先生、大丈夫?

駆け寄ろうとするピノコを制し、菜箸で蕎麦を出そうとするが、どうやら蕎麦が鍋底に引っ付いてしまったようだ。

確かテレビかなんかで、ざるに空けた蕎麦を手で掴んでざぶざぶ洗っていたっけ。

ああやれば蕎麦もはがれるのかも。

何でそんなことを考えてしまったのかはわからない。

冷静でいたつもりだが、本当は少々焦っていたのかもしれない。

シンクに鍋を置き、蛇口をひねった俺は、そのまま鍋の蕎麦を素手で掴もうとして手を突っ込み、結果

「アッチー」

と叫ぶことになった。