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師走(上)

 

 

「ねえ先生、このお家、はたいてもはたいてもほこりが出るんだもん、大そうじしても変わらないと思うのよ」

疲れたのかそんなことを言い出したピノコに

「せっかくサンタさんが新しい掃除セットをくれたんだろう? お前、昨日は使うの楽しみにしてたじゃないか」

と言ったが

「サンタさん、何でこんなものくれたのかしら」

とため息つかれただけだった。

どうやら今年のプレゼントも外したらしい。

なんだい、テレビの通販番組に向かって

「こういうおそうじの道具があれば、ピノコお家をピッカピカにするんだけどなあ」

とかため息ついていたくせに。

「だってテレビではシュッシュッてやってさっとふいたらピッカピカだったのよ。なのにこのお家ったらふいてもふいても全然ピッカピカにならないで、ガッサガサになるだけなんだもん!」

とうとうべそをかき始めたのを見て、この辺が潮時なんだと悟る。

まあオペ室と診察室がきれいになったんだから、後の掃除はもう仕方ないか。

「じゃあ、手を洗って着替えなさい。約束どおり、今日は取って置きの寿司をおごってやるから」

と言うと、ほら、ないたカラスがもう笑った。

「わあい」

と喜び勇んで洗面所に走る彼女がばら撒いた掃除道具を片付け、俺も身支度を整える。

ガソリンを確認して、車を出す。

 

「どこに行くの? 凧寿司? 寿司タロー? 河馬寿司でもいいけど」

うきうきした顔で問うピノコに

「回転寿司じゃない。暖簾をくぐって入る、昔ながらのスタイルの寿司屋だ。遠くてまだまだかかるから、寝ているかラジオでも聞いておきなさい」

と返し、高速への道をひた走る。

わざわざ高速に乗って寿司を食べに行くなんて俺も酔狂だが、久々に能寿司のタクやんから電話があったのだ。

彼は凄腕の寿司職人だったが交通事故で両腕をなくし、事故の加害者、明に自分の寿司の腕を引き継がせ、だが明を事故で失い、その腕を譲り受けた男だ。

かなり波乱万丈な人生を送ってきたタクやんだが、リハビリの甲斐あって寿司職人として復帰し、この度正式に主人から店を譲られたのだという。

「是非先生に俺の寿司を食べてもらいたいんです。晦日の30日は先生の貸し切りにします。どうぞ何人でも知り合いを連れていらしてください」

と言われたが、あいにく俺には一緒に行けるような知り合いもいない。

と思ったところで奴を思い出した。

日本にいるかもわからないが、とりあえず電話位してみようか。

 

「飲み物買ってやろう」

とコンビニの駐車場に車を入れ

「俺にはコーヒーを買っておくれ」

と500円玉をピノコに渡し、公衆電話に向かう。

10回コールしても相手が出ないが、クリスマスにかけた時は留守電だった。

今は留守電ではないのだから、一度は帰っているはずだ。

20コールしたら切ろう、と思って辛抱強く数えていたら、18コール目で相手が出た。

BJ、お前か」

酒焼けしたような、聞きづらい声。

何かあったな。

 

「寿司をおごってやるが、どうだ。俺の元患者で、多分腕は日本一の職人だぞ」

なにも気づいてないふりをして問いかけたが、やはり返事は

「遠慮しとくよ」

だった。

「ピノコがお前と会いたがっている。だめか?」

とピノコをダシにしてみたが

「また今度な」

とそっけない。

これはだめだな。

あきらめて受話器を置く。

 

車に乗り、ピノコの買ってきたコーヒーを見たら、プチデザートシリーズとかいうやたら甘い飲み物だった。

ブラックって言うの、忘れていた。

飲み物は多分それなりにうまいのだろうが、タバコを吸いつけている俺には少々甘すぎた。

俺も甘いものは好きだが、コーヒーはブラック派なのだ。

そんなことをぶつぶつ思いつつ、飲み切ってしまうのが不思議ではある。

ああ、寿司の前にカロリーを入れてしまった。

 

タクやんの寿司屋は小さくて古いが、隅々まで掃除の行き届いた店だ。

「へい、らっしゃい」

と威勢良く迎えてくれたタクやんの横には一人の女性。

「あなたは確かその腕の人の奥さんじゃ」

と言うと

「はい、夫の腕が心配でリハビリを手伝ったりしているうちにほかのことでも親しくなって」

と頬を染める。

その言葉を引き取り

「先日思い切ってプロポーズしたんです。ぼくは明さんのような包容力はないかもしれませんが、明さんの手と一緒にあんたを守ってみせるからって。その結果がこれでさ」

と頬を掻いて照れるタクやん。

本人がいいならそれが一番だろう。

人生なんて何が起こるかわからないもんだ。

「それはおめでとう」

と言いながら席に着き、ピノコと二人、魅惑の寿司食い放題に突入した。

 

たっぷり食べ、ついでに飲んでしまったので帰りの運転ができなくなった。

近くのホテルに泊まろうかと思ったのだが、是非にと引き留められて2階の座敷で寝かせて貰う。

翌朝はうまいあら汁をご馳走になり、さあ帰ろうと挨拶をしたら

「今回注文をいただいていくつかおせちをこしらえたんで、よかったら先生も食べてやってください」

と立派なお重までいただいてしまった。

菓子折りでも買ってくればよかったかと思うが、ま、いい。

これはオペ代なんだから。

彼らは今日から3が日まで、働きづめで働くらしい。

今日はおせちを配り、それから夜中の初詣客に備えるのだとか。

 

お幸せに。

 

「わあ、おせち。ことしはうちもお正月できるわ」

と喜ぶピノコに

「お正月できるって?」

と聞くと

「だって先生、いっつも医者には盆も正月もないもんだって言ってるじゃない。去年もそのまえも冬休みはお仕事につれてってくれたけど、外国だからおせちなかったでしょう?」

と言われ、そういえば、と思う。

俺、正月の雰囲気が嫌いだったのだ。

クリスマスも嫌いだったけど、あれは子供のもので、俺はもう子供じゃないからと思えばなんとでもなった。

けど正月は家族のもので、どんなに大人になっても日本にいると「正月は家族で」の宣伝が多すぎ、だから無意識のうちに何か仕事を入れていたような気がする。

考えてみるとここ数年、正月は海外にいた。

今回はタクやんに誘われていたから予定を入れなかったけれど。