ケチャップ
無理やりのように奴を俺のホテルに連れ込んだ。
今日なら口論や仕事以外の話もできそうなのだ。
前からほかの事も話してみたいと密かに思っていたので、今日はチャンスだと思う。
ルームサービスでウイスキーと氷とつまみ盛り合わせを頼み、来たのをテーブルに並べる。
ポテトフライとチキンにケチャップをかけていたら、奴が
「ケチャップ、多すぎるんじゃないか」
と嫌そうな顔をした。
そうだろうか。
俺はポテトにはケチャップを真っ赤になるまでかけるのが好きなんだが。
しばらく飲んでいたら
「悪い、眠い」
と言いつつ奴がソファに横になってしまった。
すぐに寝息が聞こえてくる。
ちゃんと食べずに飲むからだ。
こいつチキンのケチャップをわざわざへずって1個食べたきりだったから。
だからもっとつまみを食えと言ったのに。
それまでも奴がそんなに話すわけではなかったが、急に部屋がしんとしたようでつまらない。
それでもちびちび1人で飲んでいたが、急に酒もつまみも味気ないものになる。
もういいや。
でも、まだ眠くない。
奴の寝顔を見ているうち、急にいたずら心がむらむらと涌いてきた。
起きた時に、奴をびっくりさせてみたい。
「ぎゃー」と叫ぶような悪さはできないかな。
いたずら書きでもしてみるか。
顔・・・はさすがに悪いかもしれないが、いつも隠れている眼帯の中なんて、どうだろう。
そっと近づき、2、3度つつく。
うん、大丈夫。
ぐっすり熟睡している。
頭を少し傾けて、眼帯の結び目を解く。
うわ、義眼でも入っているかと思っていたが、へこんでいる。
皮膚は癒着してしまっていて、もちろんまつげもなし、以前の面影はわからなくなっちまっている。
もったいない、昔はきっと色男だったろうに。
こんな風に、とペンで目を書こうとしたら、左側に顔を向かれて書けなくなってしまった。
まあいい、ここは後だ。
緩んでいたネクタイを解き、シャツのボタンもはずす。
ついでにズボンのベルトも取り、足首からズボン本体を抜いていく。
こんなことをしてもまだ起きないなんて、今日走り回ったのがよほど疲れたんだな。
ついでだ、パンツも脱がしちまえ。
さて、何を書こうかとうきうきする。
全身の筋肉をなぞってやろうか。
それとも腹に内臓を描いてやろうか。
内臓、と思ったとたんグマを思い出し、腹の傷を覗き込む。
真一文字に切られた痕。
うん、綺麗に直っている。
引き攣れもないし、ほとんど目立たない。
でも、一生残るんだ。
最初は肝臓を書こうと赤ペンを探すが、見つからない。
テーブルの上のケチャップに目が行き、これでいいか、とキャップを外す。
ケチャップって結構太いな。
まあいい、肝臓はでかい臓器だ。
外枠を書いてから中を埋めると、なかなかいい感じに盛り上がった。
うん、うまそうなレバーだ。
ペンよりこれの方がインパクトもあって面白いし、消すのも簡単なのでこれで書いていくことにする。
ソファは安い合皮だし、いいだろう。
次はどうしよう。
やっぱり落書きと言えば、ゾウさんか。
足の付け根にでっかい耳を書き、付け根あたりに2つの目。
鼻の模様を書き出したら奴が身じろぎして、ちょっと反応した。
面白い。
このまま鼻から水を出したりして。
つついて遊んでいたら育ちだしてきて、ケチャップの匂いもあり、なんかホットドックかフランクフルトみたいな気がしてきた。
思わず軽く歯を立てたら
「みぎゃ」とも「むぎゅ」ともつかない声と共に奴が飛び起き、俺の顔はケチャップまみれになった。
じっと見詰め合う。
奴は俺の顔を凝視していたまま硬直している。
あまり長いこと動かないので心配になり、にじり寄っていくと
「わーあーあーあーあーーーーーーーーーー」
とかすれた悲鳴を上げ始めた。
「大丈夫か」
と頬を触ったら手についたケチャップが奴にくっつき、又
「ひ」
と息を呑まれる。
あ、ケチャップを血かなんかと間違えているのか。
悪乗りして
「お前、酷い奴だな」
と恨めしげに言ってみたら本当に震えだし、目がじわりとうるんできた。
さすがに悪い気がして
「これ、ケチャップだぞ」
と言いざま指を奴の口に突っ込んだ。
しばらくもごもごと指を吐き出そうともがいている。
ケチャップだって信じてないな。
そういえばこいつ軍医だって言っていたから、寝ぼけて昔の事でも思い出しているのかもしれない。
そこで安楽死をし始めたと言っていた。
どんな顔してやっていたんだ。
そんな弱々しい姿を、誰かに見せていたのか。
きっとまだ二つあっただろう目をうるませて。
そっと左目のあったところに触ったら、ようやく眼帯のないのに気付いたのかあわてて手で隠そうとする。
「だめだ」
と手を掴んで外し、舌でなぞった。
窪んで中には何もない。
摘出してから時間が経ちすぎているから、きっと義眼を入れて整形しても開け閉めすることはできないだろう。
奴は全身を震わせていて、まるでひよこを手の中に包んだ時みたいだ。
どんなにそっと包んでいても、鳴き声も出せずにただ震える。
そんなに震えなくてもつぶさないのに。
俺はただ、可愛がりたいだけなんだ。
そんなに震えていると、逆につぶしたくなっちまう。
でも俺はつぶさない。
仲良くなりたいだけなんだ。
あまり奴が縮こまっているので、ここだけはやめておこうと眼帯を拾って付け直してやった。
ほっとして力を抜いた奴に口付ける。
舌を入れて、縮こまっている奴の舌を追いかける。
唾液を流し込んで、奴が飲み込むまで放してやらない。
やっと放した時には、お互い息が上がって顔が赤くなっていた。
「無理やり飲ませるな」
と言われたので、
「俺の匂いを早く覚えさせたかったんだ」
と答える。
昔誰かが俺に言った。
野良に餌をやるときには、まず自分で噛んで唾液を混ぜてから吐き出して食べさせると、匂いを覚えてなつくんだ、と。
「俺は野良か」
と不機嫌そうに言われたが、俺もこいつも野良みたいなものだと思う。
俺の匂いを覚えろ、味を覚えろ、そして少しはなついてくれ。
そう言ったら
「おかしな奴だ」
と奴がうっすら笑った。
いいかな、と奴の肌に触る。
腹に残っているケチャップを塗り広げると、息を飲まれた。
ケチャップ味の胸や腹を味わっていると、時々ぴくりと反応する。
おびえているのか。
もう本当には噛み付かないのに。
それとも血みたいで怖いのか。
「大丈夫か」
と顔を覗き込んだら
「そのオムライスを食った後の子供みたいな顔を近づけるな」
とそっぽを向かれた。
頬と目元がうっすら紅潮していて、もしかして感じていたのか、と気がついた。
ああ、こいつを気持ちよくしたい。
俺も気持ちよくなりたい。
どうすればいいだろう。
正直言って、俺はやり方をよく知らなかった。
男同士は尻を使う、ということくらい聞いてはいたが、具体的な手順となるとさっぱりだった。
あんなの出す所で入れるところじゃないだろう、と半分デマじゃないかと思っていたくらいだ。
どうやって入れるものなんだろう。
内視鏡を入れるときのように何か塗って拡張できれば。
うろうろと目をさまよわせた時、さっきのケチャップが目に止まった。
レバーを書いた分はすっかり奴の体と俺の服についてしまったが、チューブの中にはまだ沢山残っている。
塩分やスパイスが入っているからしみるかな。
でもマスタードよりはいいだろうし。
俺がケチャップを取って手に出すのを胡散臭い目で見ていた奴が、何のためのものかを知って暴れだす。
「せめて他のものにしてくれ」
と騒ぐので
「後はマスタードしかないぞ」
と言うと
「風呂場にローションとかリンスとか、そんなものもないのか」
とわめかれる。
こいつの方が俺より知っていそうだ。
「じゃあやり方を教えてくれ」
と奴を起こすと
「それは手術の代金か」
と聞かれた。
「それは別」
と言ったら叩かれた。
でも、すごく遅い春が来た気分なんだ。
折角初めてするんだから、金が絡んだら悲しいじゃないか。
「初めて?」
と問い返され
「どうも小さい頃の事故の後遺症で無精子症になったらしい。わかってからは誰とも付き合わなかった。でも勃起不全なわけじゃないし、男相手なら問題ないよな」
と言うと、1人で赤くなったり青くなったりしていたが、やがてこくりとうなずいたので、手をつないで浴室に行った。
シャワーを使いつつ
「ところで、なんで2人ともケチャップだらけなんだ」
と奴に聞かれ、正直に答えたらへたり込んでいた。
キリジャ分岐(情けないので注意。ジャキリの方はご覧にならないでください)
間先生は好きな子にとことん子供じみた意地悪をするんじゃないかという仮定のもとに書いた話。
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