一緒にシャワーを浴びたあと、リンスを持って

「どうやるんだ」

とわくわくしている奴を見たら、ちょっと疲労を覚えた。

念の為

「ところでセーフティセックスの用意はしてあるんだろうな」

と聞くと、案の定きょとんとしている。

お前も医者だろうが。

 

「コンドーム、まさか使わずにしようなんて思ってないよな」

と言うと

「そんなの今まで必要だと思ったこともなかったから」

とそっぽ向いてもごもご言い訳をしている。

どんなにいらないと思っていても一応持っているのが男のたしなみのような気がするが、三十路になって初めてなんだったら生涯縁のないものだと思っていたのかもしれない。

「・・・俺の上着の内ポケットの中」

と教えるとタオルを巻いて出て行ったので、大急ぎでドアの鍵を閉める。

「おい」

とドアを叩かれるが

「準備しておくからケチャップの始末でもしておけ」

と怒鳴っておく。

前戯の一環としてならともかく、観察されながらの準備なんて冗談じゃない。

 

本当になんてことを承知してしまったのだろうと思うが、うなずいてしまったものは仕方がない。

初めてと聞いて「・・・哀れな」と思ったのも事実だが、さっき血まみれ(本当はケチャップだったが)の奴を見た時の事を思い出すと、今も手の先からしびれてくるような気がする。

あの時俺は、絶望したのだ。

 

思えば今まで大切な人、失いたくないと思った人は、ほとんどこの手で引導を渡した。

父、一番仲の良かった戦友、唯一親身になってくれた上官、俺が一番おかしかった時にそばにいてくれたあいつ。

妹のユリが嫁いで他人のものになった今、もう大切な人を殺すことはないと思っていたのに、奴を手にかけたと思ったとき、恐ろしさと絶望で悲鳴が止まらなくなっていた。

 

酒のせいだと思っておくが。

 

そう、こんなの酒の上の過ちって奴だ。

奴にされる、と思うからおかしくなるんだ。

指導、そう、初めての奴に経験者が指導してやるだけだ。

どうせならうんと悪乗りしてやってもいい。

さっきはさんざん酷い目にあったんだから。

だから心を広く持て。

 

そういえば、奥手な奴が強烈な体験をするとハマると聞いたことがあるが、本当だろうか。

思い切りいい思いさせてやったら、奴は金もあるし夜の帝王になったりして。

今までストイックなうわさばかりが流れてきたが、急に女狂いになったりしたら面白いかもしれないな。

よし、ちょっとがんばってみよう。

 

俺は酔っていたので、とても考えなしだった。

奴の親父さんがおふくろさんを捨てたので自分は絶対浮気をしない、と誓っていると知っていたら、俺はその場から何とかして逃げていただろう。

せめてすごくつまらない経験になるように仕向けたのに。

 

後日深く後悔するとは露とも知らず、俺は墓穴を掘り始めたのだった。