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(下)

 

 

寝苦しい夢を見た。

俺は顔の見えない美女とベッドインするところだった。

顔が見えないのに何で美女かと聞かれても、夢なんだから仕方ない。

俺がベッドに寝転んでいると、シャワーを終えた美女が近づいてきた。

シャワーを浴びてきたはずなのに酒臭い。

「だって酒風呂ですもの」

ああ、そうだっけ。

 

美女が俺を見下ろす。

軽くウェーブのかかった豪奢な髪がもこもこと膨らんできて、いつの間にか女は犬になっていた。

大きな犬が俺にじゃれ付こうと隙を狙っている。

犬は嫌いじゃないが、如何せん相手がでかい。

あいつにじゃれ付かれたら顔中舐められべとべとになる。

いや、こいつ犬になっても発情しているから別のところを舐められる。

目をそらせちゃ駄目だ。

そらせたら、ほら無理やり俺の場所をぎゅうぎゅう押して押して押しこくって…

 

あれ。

 

わき腹をぐいぐい押されるのが夢でない気がして布団をめくると、ツートンカラーの毛が見えた。

酔っ払いが俺を突き落としてベッドを占領しようとしている。

「おいブラックジャック。お前のベッドはそっちだ。ここは俺だ」

と肩を揺するが、この酔っ払い、逆に俺にしがみついて

「いいじゃないか、ここで寝ても」

と離そうとしない。

俺の胸に頭をこすりつける様にしてむずがるしぐさが犬みたいだ。

普段は絶対に懐きそうにないのに。

 

しつこく安楽死を止めろと言い募る、煩い男。

こいつも頭ではわかっているはずなのだ。

悪人に闇医者が必要なように、俺を必要とする人もいるってことが。

 

さっき酔って

「安楽死なんてしなければいいのに」

とふて腐れていた男は、いつもとちょっと様子が違った。

俺の信念が許せないと言うよりまるで俺の身を案じてでもいるみたいに見えて、だから普段のように煩わしいと思えず、ずっと繰言を聞くはめになった。

 

たっぷりとボリュームのある、ツートンの髪が胸元で動く。

白髪のように硬くてごわごわな印象があったが、触るとまだ若者の手触りを保っていた。

そういえば黒髪の部分にはまだまったく白髪がない。

 

ふと他の部分に興味が湧いた。

俺はべつだん男色の気はないが、来るもの拒まずだったので男と寝たことがないわけじゃない。

その度に己はゲイじゃないなと再確認するのだが。

この男なら抱こうと思えば抱けるかもなと思う。

こいつはベッドでどんな振る舞いをするんだろう。

 

そんな剣呑なことを俺が考えているのも知らず、のんきに人を抱き枕に寝ようとする男を見ると腹が立ってきた。

「この酔っ払いが」

と軽く小突いても引く気配はなし。

こいつこんなにしがみついておいて、俺の勃起に気づいてないんだろうか。

それとももしかして、これがこいつのアプローチなんだろうか。

 

ぎゅうぎゅうしがみつく腕から体を引き抜き

「お前さんがいけないんだからな」

と言いざま唇を奪った。

半ば覚悟した吐しゃ物でなく歯磨き粉の味の口内を考えるに、一連のこれはアプローチだったのかと一瞬思ったが、尻を撫で始めるとすごい勢いで飛び退ったので違うだろう。

勢い余ってベッドから転げ落ちた男を見て溜飲を下げる。

ザマミロ。

 

「ふん、ちょっとは酔いがさめたか。今日の仕打ちに傷ついているのはお前さんだけだと思うなよ。俺だって患者をかっ去られているのは同じだ。しかも俺なんて存在すらないように扱われたんだからな。男のベッドに断りなく入るな。据え膳だと間違われるぞ」

男と一緒に落ちた毛布を拾いながら親切に忠告してやっているのに

「なんだと。俺のどこが」

と言いながら俺の肩を掴もうとするこの男は、どんな精神構造をしているのだろう。

「こら。こっちは気が立ってるんだ。今丸々太った羊が近くを通りかかったら、オスメス見境なくのど笛に喰らいつきたい気分なんだよ」

と言いつつさっさと布団にもぐりこんで、ないことにしてやろうと思っているのに

「くさくさしているのはこっちも同じだ。俺にはお前さんが葱担いだ鴨に見えるね」

と言いながら又毛布をめくって隣に入り、しがみついてくる。

 

ため息をつきながら、酒場の光景を思い出していた。

安楽死を毛嫌いすると言っても、こいつの態度は例えば白拍子とは全く違う。

 

好きの反対は嫌いじゃない。

無視だ。

全くの無視だ。

俺なんか石ころほどにも視界に入らない。

 

じゃあ無視じゃないって、なんだ。

 

ベッドの端に詰めると、もう振りほどかれないと知ったのか男の力が緩んだ。

ゆっくり覆いかぶさって髪を梳くと、気持ちよさそうにまぶたを閉じる。

そのまま体をまさぐっても、男はもう抵抗しなかった。

こんなに素直なのは、きっと酔いが残っているせいなんだろうな。

明日後悔しないといいんだけど。

俺も、お前も。

 

シャツの裾から素肌を探ると、思ったとおり男の肌にはいくつも軽い凹凸があり、所によっては触り心地すら異なる部分もあった。

冬は傷跡がしくしく痛むだろうな、と思い、だから普段から厚着なのだろうかとも思う。

男は

「俺達、男同士でこんなことやっててホモみたい」

とか何とか言いながらくすくす笑い続けている。

ズボンの前を掴み、軽くこれからすることを知らせて前立てを外し

「どこまでやったらホモなんだ? こうか? それともこんなんじゃまだか?」

と言いつつじかに触るとさすがに身をすくめて逃げようとしたが、そうは問屋がおろさない。

冗談じゃないんだとあわてる様が新鮮で、体重と片手で押さえつけながら残る片手でじっくり攻めていると、奴の手もガウンを割って俺に絡みついてきた。

大きさを確かめるようにおずおず撫でまわす様がこういう経験の薄さを感じさせ、なぜだかときめく。

「そのまましてくれたら入れないでもいいぜ」

と取っておきの声を耳に吹き込むと、面白いほど体が震えた。

あ、こいつ耳が弱点だな。

逃げを打つ体を抱きしめてさまざま耳に吹き込むと、どんどん頬が赤くなる。

その様が普段と余りに違いすぎて、ほかにはどんな反応をするのだろうと夢中になった。

 

ちょっとしつこすぎたのか、それとも過度のアルコールのせいか、昇天と共に爆睡された。

 

しまった、と思った時はもう遅い。

軽くはたいても駄目、鼻をつまんでも苦しげにばたばたした後

「がー」

と寝息をいびきに変えただけだった。

これはもう、続きは無理か。

まあ、今ならまだジョークで済むんだ。

そのほうが後々いいに決まっている。

と思いつつも、下半身が何とかしてくれと煩わしく叫ぶ。

いっそ一人で続けてやろうかと思ったが、それも侘しい。

だがどうにも気持ちが収まらず、冷蔵庫を覗くとビールが入っていた。

プルタブを開け、大きくぐびりと飲み込みながらいらいら辺りを見回していたら、部屋の隅に何か落ちていた。

 

油性ペンだ。

気まぐれに拾い上げ、ビール片手にペン回しを繰り返している内、ちょっとした賭けを思いついた。

ここにいる間に奴が気づいたら俺の勝ち、そうでなかったら今日のことは酒が見せた夢って訳だ。

放出を終えてぐったりした奴のものを軽く掴んで裏側にサインしながら、ま、こんなの絶対気づかないだろうけどなと自嘲し、なんだか悔しくなってほかにも少々いたずら書きをする。

せめて家でびっくりしろ。

これだけ酔っているんだ、起きたらさっきのことなんて夢にまぎれて全部忘れているに決まっているんだから。

 

ビールだけでは酔えずにウィスキーの小瓶にも手を出したが、先ほど格別にうまい酒を飲んだせいかただアルコールがツンと鼻についただけだった。

奴と同じベッドに寝る気にならず、もう一つのベッドに寝ることにする。

何でこんなぎちぎちにベッドメイクするんだろう。

これじゃあ毛布を引っ張るとシーツまで取れちゃうじゃないか。

 

うつぶせになり、冷たいシーツに頬と下半身をこすりつけて気持ちを落ち着け、睡魔が訪れるのを待った。

元来眠りが浅いので、なかなか寝付けず苦労する。

やっとうとうとしながら、又妙な夢を見た。

夢だと知って見る、願望の夢だ。

 

キリコ、キリコ、と俺を揺すり起こす男はしどけなくシャツをはだけ、あろうことか腰のシークレットゾーンを顕にしていた。

そしてまるで触ってくれと催促するように腰を指差し、なんだこの落書きは、と言う。

ああそれは予約を入れておいたんだ。

ほらここに俺のサイン入れておいただろ、と言いつつ起き上がり、おとなしいのをいいことに髪に触れ、そのまま頭を包み込んでキスをした。

相手が素直に舌を絡ませるのに夢を実感して、やはりな、と思う。

俺、深層心理でこんなことを望んでいたのか、と己のことながらあきれる思いだ。

こんな妄想を当の本人が知ったら怒るだろうな。

現実に出来ることじゃないなら、せっかくの夢だ。

せいぜい楽しんでおこうとベッドにもつれ込み、お互いの快感を追うに任せる。

 

リアルすぎる感触。

リアルすぎる呻き。

これは先ほどの記憶のせいか。

それともあの記憶すらすべてが夢だったか。

すべてが曖昧なまま、ただ強烈な感覚に身を委ねて。

 

 

腕が冷たい。

まるで血が通っていないみたいに痺れている。

ああ、又腕を出して寝てしまったんだな。

俺も年なんだから、冷えには気をつけないと。

腕を布団にもぐりこませようとしたのだが、なぜか出来ない。

まるで磔にでも遭っているような重さにしばらくもがいていると、腕の上で何かがもぞもぞした。

眠い目を無理にこじ開ける。

至近距離で俺を見返す赤茶色の瞳が大きく広がり。

 

驚いて飛び退ったら、その空間にはベッドがなかった。

したたかに体を打ちつけ、その痛みにこれが現実だと知る。

同衾したのか。

いや、同じベッドに寝ただけか。

大きな犬の夢、あれが現実には奴が入ってきたところだったのか。

 

現実逃避を試みたが、落ちた拍子にひっくり返ったごみ箱から

「用済みになったらすぐに捨てるのかよ」

とばかりに恨みがましく転がり出てきた使用済みのコンドームが目に入ったので果たせなかった。

 

ベッドの向こうに転がり落ちた男のうめき声がする。

この頭痛は二日酔いのためだけじゃないな。

あやふやな記憶を何とかかき集めようとしながら、俺は運命の歯車が大きく動くのを感じていた。

 

 

先日の話を書いたら、キリコのほうはどんな風に思っていたのかが気になり、突っ走ってしまいました。

まったくその気のない2人を書くのが私は楽しかったのですが、いかがだったでしょうか。

一言感想いただけると嬉しいです。

 

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