(下)
こ、こ、これは接吻。
一瞬で酔いが飛び、だが動けずに口内に舌が侵入するのを感じていたが、片方の手が腰から尻を撫でるに至って身体機能が働きだし、ベッドから転げ落ちる。
「ふん、ちょっとは酔いがさめたか。今日の仕打ちに傷ついているのはお前さんだけだと思うなよ。俺だって患者をかっ去られているのは同じだ。しかも俺なんて存在すらないように扱われたんだからな。男のベッドに断りなく入るな。据え膳だと間違われるぞ」
一緒に落ちた毛布を拾いながら冷たく言う男に
「なんだと。俺のどこが」
と詰め寄っても
「こら。こっちは気が立ってるんだ。今丸々太った羊が近くを通りかかったら、オスメス見境なくのど笛に喰らいつきたい気分なんだよ」
と言いつつさっさと布団にもぐりこんでしまう。
「くさくさしているのはこっちも同じだ。俺にはお前さんが葱担いだ鴨に見えるね」
ずうずうしく再度布団をめくり上げたのはまだ相当酔っていて、もう一度人間にしがみついてみたいと思ったからだ。
思えば俺は本当に体同士の接触がない日々を過ごしてきた。
時々患者を抱き上げるがあれはちょっと違うし、ピノコはなりが小さくても18歳だと主張する女の子だから、わが子を抱きしめるようにべたべたするのは気が引ける。
多分全力で誰かにしがみついたのはそれこそ子供の時以来で、俺はその体の確かさ、硬いのにちゃんと血が通った温かさをもう一度感じてみたかったのだ。
酔っていても醜態を見せていい奴といけない奴の区別くらいつけられなければ生きていけないが、その時の俺にとって、こいつは醜態を見せても平気な相手だった。
一番の理由はこいつ相手にいまさら取り繕っても仕方ないとどこかで思っていたからだろう。
俺はこいつにあくどい真似を繰り返したし、ガキみたいに感情を抑えることもできずに怒鳴ったり優越感に浸ったりし放題だ。
それだけでなく、俺自身もこいつの醜態を見ている。
極限状態のこいつを知っているから、こいつには何をしても弱みにはならないという卑怯な安心感があった。
再度ベッドにもぐりこみ、落とされないように男にしがみつくと、奴は胸を絞るようなでっかいため息をついた。
そして少しベッドを詰めたので、もう落とされないだろうとやっと安心して腕の力を抜く。
「お前さんは本当にばかだ。ただの飲み友達でがまんしておこうと思ってやったのに」
びっくりするほどやわらかく髪を梳かれ、気持ちよくてまぶたが下がった。
「いや、ばかなのは俺か」
そのまま体をまさぐられ、くすぐったくてのどの奥が鳴る。
そういえばゲラが昔「真っ暗ん中に男二人でいるとホモみたい」とか言ってたっけな。
俺達も男二人でこんなことやっててホモみたい。
なーんちゃって。
正直、男は早熟な奴がしごくのを見たり、奥手の奴のを無理やり手伝ってやったりなんて、特に子供の頃は当たり前にやるし、俺もされたことがある。
けど酔うと大人同士でもやっちゃうんだなあ。
なんてのんきに思っているうちに男の手が服の中にもぐりこんで来、あ、これは洒落にならないかも、と少々焦る。
こういう時、俺だけが早漏で終わっちゃ困るのだ。
こいつの奴も何とかしなくちゃ、とローブの分け目から手を入れてまさぐると、まだ触ってもいないのにこいつ勃ってる。
しかもでかい。
うわ負けた、と思いつつ大きさを確かめようとまさぐるとなんだか余計に大きくなる。
「ふうん、大胆だな。そのまましてくれたら入れないでもいいぜ」
耳の中に声をねじ込まれるような衝撃に、腰が揺れる。
この男、絶対に女殺しだぞ。
その気のない男の俺でも今、耳から侵される気がした、と思う間に耳をなめられ、産毛がべっとり耳にへばりつくのをリアルに感じると同時に猛烈な射精感が沸き起こって。
ふと目を開けると、カーテンが薄明るくなっていた。
頭が痛い。
二日酔いだ。
だからってまあ変な夢を見たもんだ。
ほら、キリコは隣のベッドで眠っている。
俺が夢の中、きっちりベッドメイクされていたのに癇癪起こしたほうのベッドで。
膀胱の悲鳴を感じてベッドから出ると、ズボンがすとんと床に落ちた。
酔ってこいつに介抱されたらしく、ズボンもシャツも前がはだけられたままだ。
あの夢、どこら辺まで現実だったんだろう。
夢と同じツインルームにいるってことは、あいつにわざと寄りかかったり絡んだりしたのは事実なんだろうな。
うわ、恥ずかしい。
トイレで勢いよく放尿し、しまおうとしてふと一物の形状に違和感を覚え、もう一度取り出してまじまじと見ると、俺の一物が芋虫になっていた。
マジックの横縞の先端に顔が書いてあって、尿道が口だ…。
「キリコ、何だこの落書きは」
乱暴に奴を揺すり、出したままの一物を指差すと、だるそうに目をこすった男は
「昨日お預けを食ったから、とりあえず予約を入れておいたんだよ」
とむっくり起き上がった。
「え」
「何だ、気づいてないのか? ほらここに俺のサインがあるだろ」
出しっぱなしの一物を持ち上げられ、一緒になって覗き込むと、裏側に「Chirico」と美しい綴りでサインがしてある。
男はうーんと伸びをすると
「お前さん、自分だけ気持ちよく往った途端がーがーいびきかいて寝るんだから。相手に失礼極まりないぞ。しかも俺の陣地をどんどん侵略するし。結局俺がベッドを移る羽目になったんだから、今度はたっぷりサービスしてもらわないと」
と立ち上がって俺を見下ろす。
キリコが当たり前のように俺の頭を包み込んでキスしてきた。
キスなんてご無沙汰のはずなのになぜか俺の口に馴染み、あまつさえ舌が当たり前のように奴の舌を受け入れ絡みだす。
腰や背中を軽くなぞる手の感触にも鮮やかな覚えがあり、いつの間にか俺の手が奴の背中にしっかり回っている。
何で俺、この胸板が思ったより厚くて驚いたことなど思い出すのだ。
後どんなことを忘れているのだ。
急に頭痛が激しくなった。
「酒の上の過ち」「酒に飲まれる」「酒に勢いを借りて」「酒は飲むとも飲まれるな」
様々な慣用句が浮かんだが、「酒は本心を表す」が浮かんだところで考えるのを止める。
俺も男。
なし崩しの威力にある程度まで巻き込まれたら、もう後戻りが出来ないのだ。
こうなったら行くとこまで行ってやる。
ようやく痛みも麻痺し、いい感じに酩酊しながら思う。
こんなところで童貞失うとはなア。
それともやられる側だから処女を失うのか?
いや、処男?
なんだそりゃ。
実はキリコも泥酔していたのを知るのは、一戦の後、糸が切れたように奴が眠りについた時である。
この野郎、俺より奇抜な落書きしてやらないと、と思ったのだが体に力が入らず、俺も撃沈。
奴の腕枕は固くて寝づらかったが、居心地は良かった。
男はくーとこーの中間くらいの寝息を立てている。
穏やかな寝息を聞いていると、俺まで眠くなってきた。
数時間後、現実に戻った時にはお互い飛び退ってベッドの両端から転げ落ちてしまうくらい驚くのだが、その時の俺は微塵の疑問も覚えず男に擦り寄って目を閉じた。
コカチン様のチャットにお邪魔してお題をリクエストした時、「酒に酔って羽目を外す」所をうちのBJで見たいと逆リクエストされました。
面白そうなので書いてみましたが、二人ともちょっと飲みすぎですね^^;
酔った時の気分を追求していたらBLでなくただの下品なおっさん達になってしまい、美しくなくてすみません。
コカチン様、楽しいリクエストをありがとうございました。