探索行その後2
奴とそういう仲になってしまった。
正直、俺は血迷っていたとしか思えない。
一番弱みを握られてはいけない相手の腕に飛び込んでしまうなんて。
でもあの手を広げられたとき、俺はそれに抗うことができなかった。
まるで奴が行方不明になったとき、探し出さずにいられなかったように。
奴の裸体を見せられたとき、あの時磔になって女にいいようにされていたことを思い出し、言われるままに奴に触った。
そうしたらたがが外れてものすごくいやらしいことも自分からした。
まるで発情期の犬と変わらないような真似。
なのに奴のほうがもっとずっといやらしかった。
思い出すとやばい気持ちになるので記憶から締め出すようにしているが、夜、寝る前になるとついあれこれ思い出してしまい、奴をおかずにしてしまう。
俺、10代の男みたいだ。
いや、10代の頃のほうが色々忙しくてこんなに溜まったりしなかった。
あの手と、あの目と、あの声と。
どうしよう。
このまま今度会ったとき、俺は毅然と言い合えるだろうか。
なかった事にできるだろうか。
そんなことばかり心配していたが、次に実物に会った時、俺は驚くほど冷静だった。
いつも患者がかち合うと頭に血が上って必要以上にヒートアップしてしまうのに、冷静に話し合うことができたのだ。
絶対に何かからかわれる、患者の前でばらすまではしなくても、いたたまれなくなるようなことを言われたらどう言い返すかとシミュレートを繰り返していたが、そんなことも全くなかった。
今までよりもほんの少し穏やかな関係。
それを手に入れられるなら、夜毎の罪悪感くらいなんでもない。
そうして渾身のオペが終わり、患者の様態も安定を見た。
いつもここで出て行く奴が、替わりに俺を酒に誘った。
こんなこと、今までない。
だって俺は奴の患者を横取りしたのだ。
こういう時は、いつもポーカーフェイスの下から悔しさをにじませていたのに。
そこらの居酒屋で、食いかつ飲んだ。
俺は長時間のオペの間も何も食べないので、ものすごく腹が減っている。
途中で中断する頭がなくなるのだ。
ピノコと二人きりの時にはあまり疲れて万一があってはいけないので途中で中断することもあるが、今回のように助手を貸してもらえるようなときには極限まで集中してしまう。
最初のビールがまたうまくて。
気がつくとキリコに肩を預けてホテルの部屋に入るところだった。
急激に酔いが冷める。
「何だ、気づいたか」
と言う奴からさりげなく離れようとしたが、そのまま抱きしめられてキスされた。
これが気持ちよくて、困る。
まだ酔いでボーっとしているせいで避けられないのだ、と自分に言い訳しつつ、その舌の感触を心ゆくまで味わう。
この間の追い上げられるような奴でなく、ねっとりと性感を高められるような、それ。
また頭がくらくらしてくる。
「まだ酒が残っているか」
と言う声にはっと気づくと、ベッドの上で服をくつろげられていた。
「お前まさか」
と飛び起きると
「寝込みを襲うほど飢えてない」
と憮然と言われる。
そうだ、それは俺の方。
なんていやらしい夢を見てしまったのだ。
寝言で変なことを言っていないといいのだが。
「風呂、今俺が出て、新しく湯を張っているぞ」
と言われ、俺も入ることにする。
風呂に浸かれば酒も疲れも抜けるだろう。
寝巻きやタオルを確認していると
「ちゃんと綺麗にしてこいよ」
と尻を触られた。
びっくりして飛び上がると
「何だ、さっきはすごくいいノリだったじゃないか」
とにやけられる。
じゃあさっきのキスは現実か。
「さあ行った、行った」
と背中を押され、追い立てられるように風呂に行く。
付き合うって、そういう意味だったのだろうか。
俺はあの時、今までのように話ができるだけの付き合いができればそれでいいっていう意味で。
だってあの時、もうしないって言わなかったっけ?
妙に混乱しながらも万一のことを考えて念入りに身づくろいした。
体の中まで念入りに。
俺、なに考えているんだ、絶対に自意識過剰だと思いながらも期待が膨らむ。
俺はオナニーを覚えたての餓鬼なんだろうか。
いや、今日は奴の患者を横取りしたのだった。
きっと俺の薄汚い心は見透かされている。
こんな風に期待させておいて、どん底に落とされるに違いない。
もし何もなくてもがっかりした顔を見せないように。
途中で放り出されても未練がましくしないで、とにかく外に出ちまえ。
後は・・・。
対処法を考えていたら、目がさえた。
ノックされ
「おぼれてないか」
と声をかけられ、あわてて外に出る。
つい長風呂になってしまった。
ベッドに座っている奴の前に行くと
「ふうん」
と頭から足までじろじろ見られた。
そんなに見たって俺が何か変わるわけじゃない。
じろじろ見たら尻尾でも生えてくるとでも思っているのか。
狸じゃないぞ。
そう言うと
「いや、変わるね。顔つきが変わる。これから何するか考えろよ。俺に何されたいか考えてみろ。そんな透かした顔、できなくなるから」
とニヤニヤされる。
締め出していた前回の記憶がそのニヤニヤと共に思い起こされ、顔がこわばる。
大丈夫、まだ顔は赤くなってないはず。
俺はポーカーフェイスが得意。
顔色を変えないのが得意だろ。
だが立ち上がった奴が俺の腰を引き、奴の股間のものの存在をあからさまに感じた瞬間、俺のものも急激に育ち始めた。
「やっぱり体に聞いた方が早いな」
とうそぶく顔を見ていられずに目をそらしたら
「ほら、変わった。仕事は終わったんだから、そういう顔を見せな。気持ちいいこと、したいだろ」
とまるで女にするように髪をすかれた。
畜生、年季の差を感じるぜ。
「ま、今までみたいに逃げないだけでもいいがね。ずいぶん積極的じゃないか。何だ、ちょっとは自信が持てたか」
と言われ、そういえば、と思う。
「お前がゲテモノ好きらしいとわかったからな」
と言いつつ、本当にゲテモノ好きなのか、面白半分なのか、と少し寂しい気持ちになる。
いや、それならそれでもいい。
ほんのちょっとでもこういう時間が持てるなら。
ちょっとだけでも。
ベッドに寝かされ、寝巻きをはだけられて
「何だ、ボクサーか。まあこの間よりは進歩したな」
と上からさわさわなでられた。
実は今、俺のたんすに今までのシマパンは1枚もない。
家に帰った後、ピノコに
「今のパンツはみんな古くなってきたし、たまには違うのも穿いてみるかな」
と言ったら
「先生がおしゃれになるのを待ってたの」
とどこからか出るわ出るわ。
デパートで自分の買い物をするついでに衝動買いしていたらしいが、なぜかビキニとか「天晴!」と大書されているのとか、とんでもないものばかりだった。
あいつ、俺のことをなんだと思っているんだ。
その中で今日はちょうど一番穏やかな色のボクサータイプを穿いていたのだ。
「天晴!」の日じゃなくて本当によかった。
もどかしい刺激が我慢できなくなり、身じろぐとふふと笑われ
「どうしてほしい?」
と聞かれた。
どうしてって言われても、何て言えばいいんだ。
単刀直入に「じかに触ってくれ」と言うのは却下だろうか。
それとも「お前のも触らせろ」とか。
あまりに即物的な思考しかできない自分に自己嫌悪。
せめて少しはこいつを喜ばせるようなことを言ってやりたいが、女ならなんて言うんだろう。
ぐるぐる考えていると
「ま、じゃあお任せでいいな」
と身ぐるみはがれた。
正直、どこを触られても気持ちいい。
この間はどこを触られても怖かったのに、気の持ちようでこんなに変わるものだろうか。
たった1度のことなのに、あの1回で俺はこの手が気持ちいいと覚えこまされてしまった。
残酷に我慢を強いられもしたのに。
今回はそこまで苦しむ前に天国へ。
出したものを吐き出して見つつ
「お前、この間みたいに濃くないな。自信がついて他の女とやったのか。うまくできたか」
と聞かれ
「そんなこと、あるわけないだろう」
と怒ると
「じゃあこの間のことを思い出して抜いていたな。この間なんてたまりすぎて茶色っぽかったのに今日はさらさらだぞ。そんなに俺が忘れられなかったか」
とニヤニヤとからかわれた。
ここは黙秘だ。
と思ったが
「別に女がいいならいいんだぞ」
と言われるに至って我慢できなくなり
「ああ、お前を想像してやりまくったよ。来る日も来る日も寝る前お前をおかずにしたよ。お前なんて俺の頭の中じゃどろどろのぐっちゃぐちゃだ。もてない独身男なんて気持ち悪いんだからな」
と啖呵を切る。
「気持ち悪かったらそう言えよ。それでもこの間のことはなくならないからな。お前は縁が切れたと思っても、俺の想像の中で何度もやってやる」
と言いつつ自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。
そういうことを言いたいんじゃないんだ。
俺に女なんて出来るはずないし、そんな奇特な奴がいたとしてもお前の方がいいって言いたいだけなのに。