俺が声を隠そうとしなかったのを見てそういうものだと思ったのか、今度はほんの少し声が出た。
丹念に、丹念に、その細胞まで改編するようなつもりでこの手は気持ちいいと教え込む。
探ってみると、こいつは前立腺に反応する口だった。
手と舌だけで往かせまくろうかと思っていたが、これなら初回でも気持ちよくできるだろう。
何しろ礼だからな。
正気に戻った時いたたまれない気持ちになるくらい、礼を尽くすと決めている。
根元を押さえ、ゆっくりなめながら中で動かし、前と後ろの連動を図る。
俺の頭にすがる手が震えだす。
我慢できずに髪を引っ張られると、歯で軽く仕置きをして。
限界を訴える声がだんだん濡れていく。
このくらい慣れれば、入れても痛みどころじゃない。
細心の注意を払って入れ、前立腺に当るよう、浅い場所で軽く揺らす。
それだけで最初の限界が来たらしく、自らを扱こうとするのを制して手を縫いとめる。
簡単に後ろだけで往ける奴はまずいない。
わめきだす様を楽しみながら大きく漕ぎ出すと、気持ちいいほど反応した。
ふふふ。
ブラックジャック、お前はこういう顔をするんだ。
目に、記憶に刻みつけよう。
お前も俺を刻み込め。
忘れられない心の奥まで。
それだけのこと、してやっているだろう?
ぐったりと蕩けた体をおざなりに拭き、毛布をかけると自分だけゆっくりシャワーを浴びた。
ちょっとした暇つぶしのつもりだったが、思ったよりずっと良かった。
最初のうちはこんな礼の仕方を思いついた自分を呪ったものだが、あのかわいげのない口からあんなふうに切羽詰った言葉が出ると、想像以上に気持ちいい。
しかしなんたってあの先生は清い生活を続けてきたのかね。
俺の見たところ、あいつはほとんどさらっぴんだ。
ものすごくもてるってうわさと、不能のうわさのどちらが正しいかと思っていたが、どちらもガセだったとは。
着替えて部屋に戻ると、こちらも着替えてリボンタイを留めているところだった。
「もう帰るのか」
と言うと
「ああ」
と答えながら上着を着る。
ふうん。
ま、男なんて欲求が去ったらさっぱりしてしまうものだが、まだ構い足りない。
何しろいつもしつこく絡まれ続けているのだ。
少しくらいバツの悪い思いをさせたくなり
「お前、まだ酒が残っているじゃないか」
と言うが
「なら歩く」
と普段通りのそっけなさだ。
だが
「腹は? つまみくらいならあるぞ」
と言うと奴が口を開く前に腹の方が
「goooood!」
と叫んだ。
決まりだな。
「いつまでも笑うな」
と文句をつけられつつ、手早く2、3品作る。
こっちもシリアスにいじめてやりたいのだが、妙に笑いのつぼに入ってしまってもうだめだ。
「お前には口より体に聞いたほうがずっと早いようだな。その口は天の邪鬼すぎる」
と言いざま唇を奪う。
うまく不意をつけたらしく真ん丸な目を見つめつつ、舌を差し込む。
あわてて目をつぶらなくてもいいじゃないか。
舌をつついて絡ませると、おずおずと答えながらひじの辺りにしがみついてくる。
「お前こっち方面はかなりうぶだな」
と笑いかけると
「いくらでもからかえよ」
と急に鉄面皮になって言われた。
変な奴。
からかわれるのが嫌なら、経験を積めばいいだけの話じゃないか。
それとも少女趣味に「赤い糸の伝説」でも信じ続けていて、「たった一人の人」が現れるまで純潔を貫くつもりだったとか?
だったら残念、もうお前の純潔はいただいたよ。
とにかく食おうということにして、つつきながらもう一度酒を勧める。
さすがに飲まないかと思ったが、勧められるとつい飲んでしまうらしい。
よほどの酒好きか、それとも素面でいられない気分なのかもしれないな。
適度に腹が満たされたところで
「今日の感想は?」
と問うと
「びっくりした」
とつぶやいた。
「びっくりした?」
と問うと
「こんな風に自分が反応するとは思ってなかった。お前には逆に借りができたな。言いたくないが、一応礼を言っておく」
と自分の手を見つめている。
訳が分からなくて問い返すと
「俺なんてこの顔、体に性格だ。小さい頃から気持ち悪がられ続けていたし、それでいいと思っていた。俺はこの傷を誇りに思っているし、俺にはオペの腕がある。どうせみんな何かしら不満や不足を抱えているものだし、俺にとってそれがセックスでもいいか、とな。だからお前が起こした気まぐれに感謝した、と言ったんだ。」
と言った後、ぐいとグラスを開ける。
目元を赤くしながらふうとため息をつくのは、よほど言いにくかったという事だろうか。
馬鹿かこいつは。
しばらくあっけに取られた。
○嬢や○夫人がかなり本気で迫ったのに、振られたというのはかなり信憑性のある筋のうわさだぞ。
いや、俺は別にこいつのストーカーな訳ではなく、こいつのうわさは裏の世界では本当にたくさん流れてくるのだ。
だがこれほどまでに様々なうわさが流れていたのに本人はどれとも違っていた。
もしかして、それはこいつをよく知る人間がほとんどいないということなのだろうか。
だからうわさだけが一人歩きする。
小さい頃から気持ち悪がられ続けたと言っていた。
この顔、体というのは、あの無数にある傷跡を指しているのだろうか。
そんなの、陰毛を焼かれた俺のほうがよほど無様だと思うのだが。
「顔で恋愛するんだったら人類なんてずっと昔に滅んでいるだろう」
と言っても
「そいつらは性格がいいんだろう。時たま戯れを仕掛けられたこと位あるが、どうせ笑われるものにされるだけなのに、乗る気になんかなれないさ。こんな生業をしながら誰かと付き合えるなんて思っていないし」
と端からあきらめきっている様子。
こいつの鏡は自分自身だけを醜くゆがめて見せるのだろうか。
こいつはトラウマになんて縁がない、強い、強すぎる男ではなかったか。
「じゃあ俺は?」
と問うたら初めて動揺を現した。
「悪かったと言っているだろう。せいぜいからかえよ。チャンスだと思ったんだ。もしかして、貸しのある今ならお前も我慢してくれるかもと思った。お前は来るもの拒まずだって聞いたし、このごろは言い争いだけじゃなくこんな風に話したり飲んだりできるようになったから。
これでもう会いたくなくなったなら仕方ない。だがお前が安楽死を続ける限り、俺と完全に縁が切れはしないからな」
とすごんで見せる、それは脅迫のつもりなのだろうか。
馬鹿な男だ。
だが心の声が、馬鹿はどっちだと嘲笑う。
お前はなぜ日本に居住することにこだわる。
日本国籍を持たない人間に、日本という国は冷たい。
こんな国にいるから、今回のようなことに巻き込まれるんじゃないか。
お前はなぜ広く浅く、つまみ食いばかりを繰り返す。
そんな事、したって虚しいだけだと知っているのに。
お前の仕事を理解し、国籍を得るためだけの結婚でもいいと言ってくれた女だっていただろう。
いつも相手に無理を強いないお前が、なぜ今日はあんなに泣き喚かせる真似をした。
どうせ1度きりなら後々までネタになることをして何度も思い出させようとして、卑怯な真似をして。
うるさい。
こいつに自信を持たせたら、とてももてるようになることだろう。
無免許なんて関係なく、幸せにしてくれる女が出てくるかも。
だが俺はそこまでお人よしじゃない。
「そっち行っていいか」
と言うと少し横にずれたので、一緒のソファに座る。
肩に手を回し、体が硬くなるのを
「もうしないから」
と言いつつ引き寄せる。
「お前、これからも俺と付き合いたいか」
と聞くと少々目が泳いだ後
「ああ」
と言ったので
「なら今度来るときはそんなよれよれのシマパンじゃなく、少しはセクシーな下着で来な」
と言うと急に腕から出ようともがきだした。
もちろんそんなことを許す俺じゃない。
その憤慨する顔がおかしくて、くすくす笑いが止まらなかった。
なぜか『探索行』の二人ならセオリーどおりのキリジャになる、と思い込んでしまったのは陽気のせいでしょうか・・・。
感想、突っ込みなどいただければ幸いです。