探索行その後
あいつを呼んだ。
「何で俺が」
とぶつぶつ言っていたが、きっとすぐ来るだろう。
あいつはいつもそうだ。
口では色々言っても、どんな憎らしい顔をしても、俺の誘いを断らない。
いつも最後は逃げるくせに。
でも、もう今日は逃がさない。
もともと去るものは追わない。
テリトリーに入ってきて、でも決定的な動きを察すると逃げる男に、だから俺は少し隔意をもって接して来た。
でも、こんな危険を犯してまで近づいてくるような奴に遠慮はいらない。
多分、単に一歩を踏み出せずに怖じ気づいているだけだ。
あの、豪胆な、黒医者が。
車で来ているのが明白な男に、水割りを出す。
俺の誘いに、文句を言いつつ口をつける男。
飲んだな、お前。
これでお前はうなずいたと一緒。
さあ、楽しもうじゃないか。
この間はお前のお陰で九死に一生を得た。
その感謝の気持ちを存分に味あわせてやろう。
世間話のようにこの間のことを話しながら、間合いを計る。
この、憎らしい口。
憎まれ口しか叩けないのか。
そんな風にしか人と接することができないのか。
けれど白々しい誘いの言葉を言うと、ごくりとのどが動いた。
ほら、と手を広げると、ふらふらと立ち上がる。
おいで。
気持ちよくしてやるから。
ほら。
俺の前まで来て、でもどうすれば判らないような顔をした男をもう一度手招きし、前かがみになったところを引き寄せる。
俺の上に乗り上げる形になった体は、でも俺に触れるのをためらうのか両手をソファの背に突っ張ったまま。
その背と首に手を回してゆっくり引き寄せると、あわてたようにぎゅっと目をつぶった。
そんなに歯を食いしばらなくてもいいのに。
おかしくて吐息が触れ合う距離で、でも触れずにいると、そっと瞳を開く。
その目を覗き込みながらキスをした。
いつも絶対に自分からそらさないはずの目が、すぐに閉ざされてしまう。
歯も食いしばったまま。
もしかして、こいつはあまり遊んでいないのかも。
少々意外だ。
金持ちの独身男、しかもいわゆる上流階級と交わる機会が多いのだから、これだけのルックスなのだから引く手数多のはずなのだ。
このまま強引にねじ込むのは趣味ではないので、唇の感触をのんびりと楽しんだだけで一度解放。
男はすぐさま乗り上げた俺から離れ、口をあけて息をしている。
もしかして、呼吸も止めていたのか。
存外かわいい奴だ。
こちらも立ち上がり、部屋のドアを開けると
「何処へ行くんだ」
とあわてたような声。
「診察、してくれるんだろう?」
と顎で出ろと合図する。
急いで付いてくる時、わざわざ自分の診察かばんを持ち歩く律儀さ。
診察と言っても、行く先は俺の寝室なのに。
「どうぞ」
と入れると中を見て
「お前、ここは診察室じゃないぞ」
とぼけた発言をしている。
当たり前だ。
「それで何処から診察してくれるんだ? 上半身から脱げばいいのか」
とさも当たり前のように聞いてやると、慌てたようにうなずくので脱いでいく。
ベッドに座る俺の前に陣取り、かばんから聴診器を出そうとする相手の手を触って止める。
「何だ」
と不満そうな目を見つめつつその手を自分の胸に持っていき
「触診でお願いするよ」
と触らせる。
薄い茶色の虹彩が一瞬赤黒くなったように感じたのは、瞳孔が急に狭まったせいだろうか。
そのまま触らせるに任せる。
やつは平静を保とうとしているようだが、傷跡を辿るうちに少しずつ興奮してきたようだ。
それを見計らって
「下も?」
と聞くとこくりとうなずいた。
男の前で一度立って、ベルトとボタンを外す。
ファスナーをわざとゆっくりおろし、ズボンを落とす。
魅入られたように見つめる男の視線を浴びながら下着を取り、全裸に。
奴はまず下半身のやけどの跡に注意が行ったようだった。
成人男子なのに陰毛の無い状態は妙かもしれない。
植皮までは必要なかったが、デリケートな部分の為炎症がなかなか引かなかった。
「ここ、毛穴がふさがっている。中で毛が生えてきているから、痛いだろう」
と触れるのは、もう医者の顔。
今度こそ診察かばんを開け、手早く針を取り出すと軽くつつき、中から陰毛をピンセットで引き出していく。
おもしろいのでそのままされるに任せていると、熱中しているうちにどんどん顔が俺の体に近くなってきた。
まるでフェラチオでもされているような光景に不埒な想像をするに任せる。
俺の変化にやっと気づいた男が目を上げたところに
「そっちも機能するかしっかりと調べてくれよ」
と言うと、少しためらった後手で触れてきた。
「ついでに口で」
と言っても
「馬鹿野郎」
と言うだけ。
でも触っていくうち遠慮がちだった手が大胆になっていく。
しばらく相手の頭をなで、俺の手に慣れた所でそっと誘導すると、今度は素直に口を開いた。
とりあえずこいつは男を喜ばせた経験はなし。
結構すごい男遍歴のうわさが流れていたが、全部ガセか。
ま、今までの逃げ方からそうだろうとは思っていたが。
それでももともと器用な男だから、誘導するうち少しずつ勝手がわかってきたようだった。
出す瞬間だけ頭を固定し、その口を犯す。
暴れても押さえつけ、だが出し切るとすぐにティッシュを抜いて吐き出させた。
えずく奴の目は苦しさのせいか潤んでいる。
「ほら、よくやった。今度はお前にしてやろう」
と言いつつ、服を剥ぐ。
まだ今の苦しさが残っているのか、抵抗はない。
ズボンのボタンを外す時だけ慌てたように手を押さえられたが、目をのぞきながら
「ん?」
と聞くと力が抜けた。
ズボンも下着も取り去ったところでベッドに腰掛けさせ、靴下を脱がせる。
そのまま足先に接吻すると
「何を」
と足を引き抜こうとする。
それを許さず足の指を一つずつくわえ、口の中で転がす。
舌を突き出して指の股を丁寧になめる。
緊張でか、興奮でか、男の足の裏がじんわり汗ばんでいく。
本格的にと思い、ベッドに倒してのしかかると初めて奴がもがいた。
「俺は、こういうのは」
とこの期になってじたばたするなんて、本当にこの男らしくない。
どんな時でも傍若無人な男なのに。
俺とするのが嫌、という訳はない筈だ。
好意がなければこの間のような「長い散歩」をするわけないし、性的な交わりが嫌なら今までのどこかずっと前にそう言った筈。
男同士は初めてらしいから、そっちの心配だろうか。
「心配するな。この間の礼に思い切り気持ちよくしてやるから。男同士だってやりようによっては女となんて目じゃないくらいよくなれるぜ。お前は礼を受ける側なんだから、いつも通りふんぞり返って享受していろよ」
と笑いかけると
「そのにやり笑いはやめろ。気持ち悪い」
とそっぽを向かれた。
だがさっきまでのこわばりが少しだけ抜ける。
緊張で軽く鳥肌の立つ体をまさぐる。
触れ合いに全く慣れていない体だった。
触れられること イコール 攻撃という習慣がしみ込んでしまっている男の体をほぐすのには時間がかかった。
セックスなんて自分の急所をさらしあう行為だ。
さらすことが出来ずに体が逃げをうとうとするのを、だが奴は意思でねじ伏せようとあがいていた。
そう、この男は俺の手を欲してもいた。
俺に触れられたい、触れてみたいと今までもいつも目で訴えていた。
それでも体が逃げを打つので今まで触れもしなかったが。
あまり過剰に反応するので逆に俺のことを触るよう、促す。
さっきの触診のせいで俺に触ることには躊躇がなくなったらしいので、好きに触らせて表情がほぐれるのを待つ。
なるべくその手の動きに反応すべく気持ちを昂ぶるに任せていたら
「これ、俺のせいか」
とそっと握られた。
「他に誰がいるんだ」
と言うと何とも嬉しそうな顔をする。
そんな顔初めて見た。
「お前もすぐにそうしてやる」
と言いつつ、もう一度愛撫にかかる。