特定保健用食品

(下)

 

 

間が持たんな、と思っているうち、男の手が胸のあたりをさまよい始めた。

そんな所触られたってくすぐったいだけだ。

普段触れられることがないせいかどこを触られてもこそばゆくて、参ったなと思っているうち思い切り乳首をつねりあげられた。

思わずわめくと男の瞳がうれしそうにきらめく。

こいつこんな時に報復か。

なら、と男のシャツの裾を思わせぶりに引き抜いて手を差し入れる。

ちょっとさわさわわき腹をくすぐりながら体を引き寄せ、乳首に触れたところで思い切りひねり返す。

のしかかった体が飛びのいたので身を起こすと、シャツを脱いで大げさに痛がる男。

いや俺の方が痛かったと見せにかかると今度は乳首にむしゃぶりつかれてソファに逆戻り。

けど背中が痛いなんて言っている暇はない。

噛まれたり吸いつかれたり引っ張られたりして痛くてたまらないのに、その後優しく舐められると胸だけじゃなく腰までどんどん痺れていく。

それどころかしばらくすると痛いくらいに引っ張られるだけでも体に甘い痺れが走るのだ。

これ、本当にまずいんじゃないか。

 

両方とも吸われたりいじられたりしている内どんどん訳がわからなくなっていく。

馬がお互いのいななきに相乗効果で興奮していき、ある瞬間ぶつかり合う。

俺たちはまさにそんな状態だった。

俺はまったく本気じゃなかった。

奴も以前からチャンスを狙っていたなんてことは無いだろう。

それこそ風が吹けば桶屋が儲かる、なんていうほどの偶然から始まったはずのことなのに、俺は興奮しきっていた。

下半身もそうだが、それ以上に胸の奥が。

考えてみれば俺はこいつが気になって仕方なかったのだ。

乗りかかった船、どうせなら行くところまで行ってやろう。

女相手でないなら子供が出来た、できないなんていう煩わしい目に遭うこともないし、組み敷かれる立場なのだけはちょっと解せないが、ま、これも経験の内だ。

なんてこと思ったか、思わなかったか。

その時の俺は目の前の出来事に対処していくのに懸命なだけで、次に来ることが具体的にどんなことかなんて余り考えていなかった。

 

「ほら」

と手を引かれてベッドに向かう途中ズボンが落ち、いつの間にか前がはだけられていたのに気づく。

本当にやるんだな、と思うと勝手に身がすくむが、引くつもりはない。

報復か嫌がらせか好奇心か気まぐれか。

どれでもいいか。

どうせ俺だって似たようなもの。

ただ気になるだけで追いかけ回し、留置場までぶち入れたのだ。

この男は命に別状あることをするとも思えないし、最悪でも恥ずかしい写真を撮られてばらまく、と脅されるくらいのものだろう。

そのくらいのことなら、もみ消せる程度の金と人脈は持っている。

 

色気ないことを考えていたら

「余裕だな」

という声とともに急所を握りこまれ、苦痛にうめく。

男はしばらく俺がじたばたするのを嬉しそうに見下ろしてから手をゆるめ、やわやわ触りながら首筋に吸いついてきた。

きゅ、という小さい痛みに

「痕を付けるなよ」

と言うと

「そういうの、嫌いなんだ?」

と言いながらほかの場所にも吸いつきだした。

くそ、薮蛇か。

 

それでもいい気分になったところで男が離れ、戻ってくると俺の下にバスタオルを敷いた。

「おいおい、本格的だな」

と揶揄すると

「本格的だよ」

と何かクリームのような容器を出してみせる。

「俺のハンドクリームだ。メントールは入ってないからこれでいいだろう。俺は男は初めてなんでな、加減がわからないから痛かったら言えよ」

と言った男はクリームにずっくり手を入れて指を真っ白にすると、俺の尻に塗りたくり始めた。

丁寧にしわを伸ばされる感触があり、指がゆっくり入ってきて、俺の中を探りだす。

なんとなく痛いんじゃないかと思っていたが、酔っているせいもあってか痛くはなかった。

ただ気持ちが悪いだけだ。

セルフオペの時なんかは局所麻酔だから、中に手を入れるとあちこち引っ張られる感触が体内にもあって、今ここを切るところだというのが手や鏡だけでなく感覚でもわかるのだが、そんな感じともちょっと似ている。

しばらく内部にクリームを塗りつけていた指が一度出、次に入った時には圧迫度が増している。

ごつごつした、男の長い指。

でも意識して力を抜いていれば、まだ平気だ。

実物はもう少し太いにしても指ほど節くれ立ってはいないのだから、案外楽勝かも。

 

というのはただの酔っ払いの思考だった。

 

先端は何とか入った。

ぎゃ、と思うほど太かったけど。

問題はそのあとだ。

耳の奥でみりみりみしみし音が聞こえる。

それは中に入る摩擦音なのか、それともがばと持ち上げられた下半身から血が逆流した音なのか。

何がなんだかわからない。

ただ負けられない、負けたくない、ここで音を上げたら男が廃る、というわけのわからない対抗心で男の腕にしがみつき、食いしばった歯を解こうと試みる。

痛いなんてもんじゃなかった。

けれど変な話だが、男が熱くて無我夢中で、それが嬉しくてたまらなかった。

 

この死神の中にはこんな熱さが隠れていたのか!

 

痛みと喜びに思わず呻き、そんな俺に心配そうな顔を向けて動きを止める男に

「俺のオペは高いんだ。きちんとサービスしてみせろ」

とか

「そんなのがお前さんの礼かい」

などと憎まれ口をきく。

心配なんてされたくない。

そんなのよりさっき入って来た時みたいな夢中な顔をしろ。

どんなことをしてもぽっかり開いた俺の胸の穴をお前で埋めろよ。

 

男の物は痛いというよりすごい圧迫で、動かれると身体の中身が引きずり出されたり押し込められたりするような気がして快感どころではなかったが、恐ろしく充実したひと時ではあった。

このダイレクトな感じは、あのグマのオペを思い起こさせる。

あのとき俺はこの男の腹に手を突っ込んで興奮したものだが、今度は俺がさんざん腹の中を探られているのだ。

いや、探り、取り込んでいるのは俺の方かもしれない。

一方に麻酔が効いてない分共有できるこの体験は悪くない。

 

放出を受けたときには

「やっとゴール・・・」

と大いにほっとしたのも事実だが。

いや、男同士ってのは大変なもんだ。

確かに悪い経験じゃなかったが、体はきついね。

ついでに重い。

けどこうやって俺をギュウギュウ抱き込みながらハアハア息をしている男ってのは悪くない。

目の前の白い肌がピンクに染まり、銀色の産毛が濡れてぴったりくっついている。

入れられ続けて感覚が麻痺したのか、時々俺の中でぴくんぴくん動くものも、このくらいのサイズならもうちょっと入っていても大丈夫な気分だ。

 

だが、しばらくすると男は腕を解き、肘で起きた。

男は抜こうとして初めて俺のが萎えてしまっているのに気づいたようで

「悪かったな」

と言いながらいじりだす。

凶暴を吐き出した後とはいえ、奴のそれが入ったまま俺の前立腺を圧迫し続けているせいか、女に入れるのとは少々異なる快感があり、身悶える。

それまでの痛みがきつかった分快感は貴重。

俺は断じてマゾの気はないと思うが、散々苦しんだ後の快感はランナーズハイに似ていて、ちょっとヤバイ。

精が上ってきて出そう、ああ出る、と無意識に腰を揺すっていると手が離れ、なんだよ、薄目を開けると奴は真剣な顔で俺の腰を抱えなおすところだった。

 

外見がどうでも、本当にこいつは俺より若い。

よくわかった。

身に沁みた。

 

翌朝、そそくさと着替えする男をベッドの中から横目で見つつ

「住所と電話を教えろ。後で色々請求するから」

と言うと

「支払うものなんかないね」

と言いながらもベッドサイドのメモ帳にさらさらとしたためてちぎってくれた。

ドアがパタンと閉まるのを聞いてからもそもそベッドを出、身体をぎしぎし言わせながらシャワーを浴びる。

午後には昨日の母親を診ると決めているのだ。

さっぱりしてから着替えると、もうまったく昨日と変わらない俺の出来上がり。

 

上着を着る時、内ポケットがかさりと鳴ったこと以外。

 

 

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