ニューヨークにて(BJ編)

 

 

「起きろ! お前さん、医者の癖にスキンもつけないなんて最低じゃないか。俺は明け方からずっと苦しんだんだからな」

そんな声と共にユサユサ揺すられ、俺は目を覚ました。

何だ誰だ、せっかくいい夢見ていたのに。

覚えてないけど、とてつもなくいい夢。

だが俺を起こした声とその内容に、次の瞬間、覚醒する。

脳内に次々と展開される男の艶姿の記憶に驚愕して飛び起きようとした途端、体の中心に起こった激痛に崩れ落ちた。

腰が痛い。

何だこれは。

 

昨日はひょんなことから奴とオペして、それから飲んだ。

正直、知り合った当初はこいつのことを死に神そのものの、感情なんて凍りついたつまらない奴だと思っていた。

だが付き合っていくうちにこいつも後悔したり打ちのめされたりするただの人間なのだとわかってきた。

それどころかグマのオペをした時なんか、のた打ち回ったり目の前で兄弟げんかまで繰り広げてくれたりと、感情の出血大サービスだった。

今までとのギャップに目のくらむ思いだったのに、今回のこれだ。

真っ青になっておたおたしたり、闇雲に駆け出したりしながらワーワー叫んでいる男が新鮮でならなかった。

こいつはまだまだ面白いもんを隠し持っているかもしれない。

そんな好奇心からの飲みだったが、こいつとは店の好みも酒の趣味も合う。

その晩は1人飲みが主な俺には珍しいほど楽しいひと時だったのだ。

 

だから店が看板になっても離れがたかった。

俺のホテルに奴のかばんを置いてあるので一緒に歩く。

街灯を通り過ぎるたびに並んだ影法師が行ったり来たり。

そんなのを横目で見ながら

「ふふ、どうやってお前さんに代金を払ってもらおうかな」

と言いつつよろけた振りしてもたれかかってみても

「いい加減にしろ、この酔っ払い。俺は金なんか払わないぞ」

とか

「こら、そんなによっかかるんじゃない、歩けないじゃないか」

なんて言いながらも脇に手を入れてちゃんと歩かせようとしてくれる。

「ああもう、お前さんがこんなに絡み上戸だったとはな。何が孤高の医者だ、まったく」

ぶつぶつ口の中で愚痴りながらも口元が笑っているから遠慮せずにわざと体重をかけて歩くうち、本当に靴底が何かに引っかかった。

 

がち。

2人してベッドに倒れこんだ瞬間顔がぶつかり、目から火花が出る。

痛ててて。

一瞬悪い事した、と思ったが謝る前に

「今がちって言ったぞ、おい。なんだお前さん、倒れるんなら俺まで巻き込むんじゃない。歯がぶつかったじゃないか。もし歯が欠けたらどうしてくれる」

と体の下でわめきたてられたので、カチンと来て

「うるさい口だな」

とわざと音を立てて唇を奪う。

怒るかな、と思ったが男は

「なんだ、体で払えとでも言うのか?お前さんにそんな趣味があるとはね」

なんて言いながらへらへら笑うだけ。

俺にそんな甲斐性はないと決めてかかっているわけだ。

それが妙に悔しくて

「それもいいかな」

と冗談に乗ってのしかかる。

せめてこいつが慌てる顔を見せるまで、つき進んでやろうじゃないか。

 

雰囲気よろしく髪だの顔だの触ってやってもくすくす笑うだけなのに業を煮やして唇に吸い付いてやる。

ピノコをイメージしてヂューッとやっていたら頭を軽くはたかれ、しぶしぶ止めると

「すっぽんか、何だそのキスは。キスってのは・・・こうだ」

とすごい見本をお見舞いされた。

しばらく

「なるほど、こうか」

「もうちょっと、こう」

と指南を受けているうち、特に下半身が引き返せない感じになっていく。

 

誓っていうが、奴のかばんを俺の部屋に置かせた時にこんな下心はこれっぽっちもなかった。

大体こいつを性的にあれこれしようなんて思ったことは多分ない。

性的にでなく俺の言うなりにさせてやりたいと望んだことは何べんあったかわからないほどだが、それは仕事上だけでの話だ。

そのはずだ。

だが俺はそろそろおふざけはおしまい、という雰囲気を察した途端、奴の腕を押さえて

「俺の心臓のオペは最低でも500万だ。お前さんを500万で買ってやろうっていうんだ、値段に文句はないだろう」

なんて、まるで金をカタに女をいたぶる悪代官みたいなせりふを吐いていた。

わー、大後悔。

俺ってなんてやな奴なんだ! 

けしからん!!

とこっちは自分のせりふに自己嫌悪しているって言うのに、この男

「そりゃあそこに文句はないが、お前さん、しらふになったら後悔するんじゃないか?」

なんてあばずれみたいなことを言うのだ。

 

興奮のあまり頭の中のどこかの壁がどっかん! と破裂した。

 

「そんなこと言っていられるなら付き合えよ。なまっちろい体しやがって。最高の外科医がお医者さんごっこしてやるぜ」

思い切り低い声ですごんでみせようと思うのだが、駄目だ、ネクタイを抜くのが楽しい。

ボタンをはずしてやりながら

「ほら、脱げよ」

と催促すると寝転んだまま片腕ずつ抜いていくのが、妙にいやらしい。

しかもこいつなんてこの間みたいに青白い不健康な肌しているのだろうと思っていたのに、あの時はグマのせいであんなにくすんだ色だったのか、それとも酔っているせいか。

血色のいい肌に感動しながらも、それを出すのがしゃくで

「何だ、今日はお前さんも酔っているんじゃないか。顔には出てないのに体はほら、ほんのり赤い」

と揶揄してみせるが、奴め俺の手を取って

「当たり前だ、こんなのしらふでやってるか。お前さんだって手のひらが赤いじゃないか」

なんて言いながら指先に唇を寄せる。

 

頭の中は大パニックである。

かろうじて

「言ってろよ。そんなこと言ってられるのは今のうちだぜ。俺の神の手をじっくり味合わせてやるから」

と凄んでみせたが

「おおこわ。お手柔らかに頼みましょうかね」

という男は余裕の笑みを浮かべているのだ。

悔しい。

その分猛る。

しかしやっぱりなんだか変だ。

こんなにとんとん拍子に事がうまくいくなんてこと、あるのだろうか。

 

もともと猜疑心の強い俺は、さっきまでしこたま飲んでいたことを思い出した。

そうか、夢か。

飲んだ後にたまに見る願望丸出しの夢、俺はあれを見ているに違いない。

でも俺、こんな願望持っていたんだろうか。

 

そんなことを疑問に思いつつも、俺は自分の積極性に感心していた。

普段俺は夢の中でも逡巡を繰り返しているので、起きてから思い出して悶々とすることがあるくらいだ。

こうなりゃ夢でもいい。

行き着くところまで行ってやろう。

そう決心を固めると、お互いの素肌の部分を増やしながらその肌を探っていく。

俺の夢だというのに、男はまったくおとなしくない。

願望の中でくらい従順でいてくれてもいいのに、勝手に俺のタイを外し、シャツをめくった端から手を入れて背中の傷跡をなぞるのがわかる。

「何だ、この傷。俺ばかりじゃなく、お前も見せろ」

とシャツを引っ張られてしぶしぶ脱ぐと

「すごいな」

とうっとりさすられた。

「なにがだ」

と問うと

「これ、何の傷だ?」

と聞き返される。

ちぇっ、せっかくいい雰囲気だったのに、夢ってうまくいかないもんだ。

しぶしぶ

「子供の頃、不発弾が爆発してばらばらになったんだ」

と言いつつ男の顔をうかがうと、案の定

「お前さん、本当にいぎたないんだな」

というあざけりの言葉。

 

ああ、そんな言葉、慣れてるさ。

でもこんなときに言うこと、ないじゃないか。

頭に来て何か言ってやろうとしたが

「お前さんのタフで死にそうにないところはいいな」

と目を細めて傷を辿る表情を見ているうちに怒りのエネルギーがむらむらした妙なものに変換されてしまう。

何だこいつ、傷マニアか。

でもそれならそれで好都合ってもの。

そのまま男の首筋にむしゃぶりつきながら反応をうかがうが、くすぐったそうに笑った男はもう何も文句を言わず、流されることにしたようだった。

 

 

 

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