(下)
最初の内は恐る恐るだった指が自信たっぷりになっていくうち、こちらの余裕がなくなっていく。
しかしまあ、この年になって誰かに組み敷かれることになるとは。
若い頃にこんなことがなかったとは言わない。
けれど今の俺は中年真っ盛りなのだ。
この男、本当にこんなことして楽しいんだろうか。
そんな風に思っていると、突然奴の指が俺の口をこじ開けて入ってきた。
口を閉ざしていたのが気に食わなかったのか、それとも濡らせと言うことだろうか。
遠慮ない指をえずきそうになりながらも舐め回していると、ズボンの上からまさぐられた。
本当にやるんだなと妙に感心しながら奴の前も下ろして下着をずらすと、まあ勢いのいいご挨拶だこと。
びんびんじゃないか、この変態。
「何だと、お前さんこそこのグロテスクな代物は何だ」
としごかれるのに耐えながら
「俺のは生理的な反応って奴だね」
と返す。
お前さんのそれなんて俺を見ての反応だろう?
どう考えたって老け専としか・・・いや、これ以上自分を卑下するのはやめよう。
このまましごき合って終わればラッキーと思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。
俺がちょっと舐めただけの指で肛門を突き通されそうになって、あわてて騒ぐ。
「そのくらいの湿り気で何とかなると思っているのか。やめだ、すぐやめ」
と大げさにわめいていると、強引な口付け。
む、こいつさっきより1ランクアップしている。
喉の奥までこじ開けられて息もつけない感じ。
息切れしながら脱力していると、その間にかばんをごそごそ漁っていた男が勝ち誇ったように軟膏を取り出して見せた。
わめけば何とかなるかと思ったけど、やっぱりそこまで使ってやるのか。
そりゃあまあ500万円コースなのだから、なに使われたってこっちは文句が言えないんだけど。
最後の足掻きで
「気持ち悪い」
とか
「もうちょっと加減しろ」
なんて言えていたのは最初のうちだけ。
天才外科医といっても特別愛撫がうまいわけじゃない。けど
「この感触なら内部に傷ひとつないきれいな腸しているんだろうな。服を着ていると死人みたいなのに、きれいな内臓しやがって。この肌の色、さっきより赤みが増しているんじゃないか? 酒のせいだけじゃないだろう」
などと言いつつ指を動かされたら、言われたほうは口をつぐんでいるしかない。
今まで知らなかったけどこの先生、かなり気障だ。
俺が女ならこんなこと言われたら引くだろうけど、あいにく俺は医者なので、こういう殺し文句は有効らしい。
お恥ずかしいが体に力が入らなくなる。
だが、夢見心地な気分はすぐに終わった。
指でなく本体が入ってきたのだ。
体がぐにゃぐにゃになっていたのですんなりいけるかと思ったが、途中で頓挫。
それはそうだ。
さすがに俺だってここまで使ったことはなかったから、一度力が入るとどうすればそれを逃せられるか見当もつかない。
「腹の力を抜け」
と言われても、もうどれが腹筋なのかもよくわからん。
焦れた男が強引に進めるので脂汗の出る思いだ。
それでも何とかおさまりこちらも何とか対処できそうな気がしてきた時。
「あ」
という言葉とともに何ともいえない気まずさと感触。
あーあ、終わっちゃったんですか。
とは言えない、気の毒で。
きっと俺を気遣っているうちに我慢できなくなったんだと思うと、余計悪い気がするし。
慣用句の「目が泳ぐ」って今のこいつみたいなのを指すんだろうな。
いつもと同じ顔なのに、困っているのがありありとわかる。
さっきまで押せ押せの態度だったからそんな態度が余計にかわいい。
何度も言うが、俺は酔っていたのだと思う。
この男とかわいいという言葉ほどかけ離れた言葉はないというのに、俺はその童顔とか初めて見る困った顔なんかに惑わされてしまったのだ。
俺から抜いて顔を背け、ティッシュで拭いている男の上にのしかかり、焦る男に
「俺のはほったらかしかよ」
と挑発する。
俺のに触れようとする手をやんわり掴み
「500万円分なんだろ。どうせなら両方楽しめよ」
とわざとらしく股の間に足を入れて女にするようにぐりぐり刺激すると、ほんのちょっと抗った体がおとなしくなり
「ふうん本当に500万分になるのか?」
と挑発的に笑いやがる。
そこまで値が張るかは貴様しだいだが、努力してみようじゃないか。
普通酔うと性欲はあっても回数は行かないものだが、なぜか今回の俺には当てはまらなかった。
一仕事しても、しばらくするとまたなんとなく催してきて離れがたい。
結局手持ちのスキンがなくなるまでし続けてしまった。
特別こいつのことをこういう風に意識したことはなかったはずなのに、なぜだろう。
傷が気に入った、なんて理由じゃないはずだけど。
最後の頃にはお互いへろへろで、後始末もそこそこに泥のように眠る。
といきたかったが、そうは問屋が卸さなかった。
明け方、腹痛で目覚める。
訳のわからない、差し込むような痛みだ。
這うようにトイレに行き、脂汗を流しながら用便する。
下痢だと思ったが、出てきたのは精液の残滓だった。
1回量がこんなに少なかったはずはないからまだ残っているのか、それとも吸収してしまったのか。
腹痛が治まらず、べそかく思いでシャワー浣腸を試みたが、やはり吸収して炎症でも起こしたのだろう、腹痛は治まらない。
あいつめ、俺はちゃんとスキンを使ったというのに。
こんなに痛むとは、ものすごく悪辣な精液が詰まっていたに違いない。
毒だ毒、あいつの怨念の詰まった毒素をそのまま注がれてしまった。
こんな痛みはグマ以来だ。
何とかシャワー兼トイレから出られたのは、もうすっかり朝のこと。
もちろん奴はまだグーグー寝ているのだ、人の気も知らないで!
とても立っていられずベッドに倒れこみながら
「起きろ! お前さん、医者の癖にスキンもつけないなんて最低じゃないか。俺は明け方からずっと苦しんだんだからな」
と揺り起こすと奴さん、しばらくとろんとした顔を向けていたが、不意にしゃきっと目を見開いたかと思うと飛び起き・・・ようとしてまた倒れこんだ。
しばらくうつぶせの姿勢で何かを耐えていたが
「腰が痛い」
と絞り出すような声。
結局俺たちはフロントに連泊を頼んで、その日は昼まで撃沈していた。
腹が減って仕方なかったが、部屋の惨状がひどくてルームサービスも頼めなかったのだ。
昼までに交わした会話は
「腹が減ったな」
「そうだな」
「お前何か買って来れないか」
「お前は無理か」
のみ。
奴の腰痛はどう考えても俺の仕業。
昨晩のことを考えれば考えるほどいたたまれない気分になって、とてもじゃないが会話を続けることもできやしない。
何で昨日はあんなに励んでしまったのだろう。
この男に性的な意識なんてしたことなかったはずなのに。
確かにグマのオペの後のあの数日のことは忘れてないけど。
昨晩飲んだ時に悪い奴じゃないなと思ったのは事実だけど。
もしかして、心の奥底にそんな願望があったのだろうか。
願望も何も、実は使われた軟膏が実験中の媚薬だったのだと知ったのは、すっかり奴が俺の家を第二の自宅と決め込んで終電近くに転がり込んだり、自殺志願者を置きに来るようになったりした後のことである。