(下)
服を脱ぐのも脱がせるのももどかしく、ただ背をさすり、髪に手を差し入れて頭の形を味わう。
男が俺のシャツの上から乳首をまさぐり、尻を掴み、その手を前に回すのに合わせて脚を開き、男の胴体をぎゅうと締める。
男の唇が俺の口から離れ、耳や首筋を軽く噛んだ後
「辛い」
と吐き出してまた口に吸い付く。
そうだ、まだ海水に浸かったまま、手すら洗ってない。
きっと体中潮を吹いているんじゃないか、と頭の片隅で思いつつも、もっと触れ合いたくて男のシャツをズボンから引っ張り出し、中をまさぐる。
口中の舌の動きとズボンの上からのもどかしい刺激に耐え切れなくなり、首をわずかに振りながら背中に爪を立てると、不意に体を押しのけられ、体の回りに寒風が入った。
消えてしまった重みに驚いて目を開けると、男がズボンの前をカチャカチャやっている。
「お前も」
と言われ、あわてて前をくつろがせると、裾を引っ張られて半分宙吊りになりながらズボンを脱がされ、そのまま下着も剥ぎ取られた。
「潮、吹いてる」
とウェストのあたりをなぞられる。
「何度も海水をかぶったからな。嫌か」
と聞くと
「お前さん、絶対後でひりひりするぞ。俺の手だって、潮まみれになっちまったから」
と中指を口に突っ込まれた。
辛い。
目をつぶって塩分を舐め取り、そのまま唾液をまぶしつけているといきなり引き抜かれ、俺のものをむずと掴まれた。
すばやく擦られ、息を呑みつつも男のものを掴み、同じようにする。
先の敏感な部分を親指で擦られ、ビリビリする刺激に声を立て、けどもっとと思う。
「ち、やっぱ炎症起こしそうだ。しゃぶれよ。お前の体で甘いとこなんて、口の中しかないんだから」
と言われ、体制を変えて男のものに舌を這わせる。
俺はどちらかと言うとこういうのには潔癖症で、女の物だって口をつけたりしなかったもんなのに。
それはそれ自身の匂いや味がどうのと言うより、とにかく辛くてしかたなかった。
俺の手がべたべた絡んだ証拠だ。
とにかく刺激の元を舌で掬い取り、本来のものにしてやらなければ。
丁寧に舌を這わせていると体を引っ張りあげられ、男の顔をまたぐ形に大きく足を広げた格好を取らされた。
先端に男の息がかかり、何だ、と思う間に思ってもいなかった展開になった。
わざとかそうでないのかわからないが、まぶされ啜られる大きな音が響く。
太ももをがっちり掴まれて足を閉ざすこともできず、腰だけがくねってしまう。
終わりの時を予感しながら、俺も相手の解放を促す。
口いっぱいになったものをどうしようかと考えていると、ティッシュを数枚渡された。
吐き出し、軽い虚脱感にぼうっとしているうち、手を引かれ、気が付くと俺はシャワー室に入っていた。
「続きするだろ? なら洗おうぜ」
と言いながらシャワーヘッドを外す男の手元を見るうち、男の言う洗う場所が体の表面だけじゃないことに気づく。
思わず逃げ腰になる俺の手首を握り
「このままやったら、お互いに炎症どころじゃない。女相手とは違うんだ。広げとかなきゃな」
と楽しそうに笑う男。
自分でする、と言ったが聞き届けられなかった。
シャワーヘッドを取ったものを当てられ、腹が膨れるほど湯を入れられた。
意地になって便座に座らずにいると、局所をまさぐられ、括約筋が緩んでしまうのがわかる。
結局
「座るから」
と泣き声を立てて便器に座り、目を硬くつぶって用足しした。
「あんたでも羞恥心があるんだな」
と言われ、きっとして目を開き睨みつけた相手の目には、だがあざけりの色はなく単に事実を面白がっているだけのようだ。
確かに、ようはただの排便なんだから、男同士恥ずかしがることなんてないはず。
特に、これからそこに直に触りあおうっていっているんだから。
腹をマッサージされて何度かに分けて湯を搾り出す。
「こんなに入れるんじゃなかったな。悪いが明日腹を下すかもしれないぞ」
と顔を覗き込まれ、俺もこいつも所詮情緒のない医者なんだなと思う。
改めて二人してシャワーを浴びた。
狭いバスルーム、ちょっと体を動かすと薄いシャワーカーテンを突き破り、回り中湯だらけにしてしまうが、仕方ない。
体中泡だらけにされてそっと擦られ、官能がそこここに溜まっていく。
湯を掛けられ、きれいになったところで
「うん、もう辛くないな」
と軽く耳を齧られた。
それだけで、もうゾクゾクする。
頭の片隅をこんな年下相手に、とか商売敵に弱みを見せて、なんて言葉が掠めるが、そんな思考も俺を煽る元にしかならない。
ベッドに寝転がった当初はさっき落ちた細かい潮粒がじゃりじゃりする、とか敷きこんでしまった布団の端が背中に当たる、なんて思ったが、しばらくするととにかく熱くてもどかしくて、こんなに焦らすな、という心の声で一杯になった。
さっきあんなに性急だった手はただただ俺を煽るばかり。
俺が奴に手を伸ばそうとしてもやんわり断られ、そのまま封じられてしまう。
握り締められたり、指に舌を這わされたりするだけで、なぜ力が抜けてしまうのだろう。
俺の手だというのに。
何かを塗りこまれて、それ以上に指であちこちいじられたせいで、俺の感覚はおかしくなってしまっている。
今なら何を入れられても全然大丈夫だと思う。
奴自身だって苦しいんじゃないかと思う。
なのに、男は何かを待つようにひたすら俺を追い詰めるだけで、最後までなだれ込もうとしない。
もう、来てくれ。
口に出したくはなかった。
この間のは、あくまで奴が手を出してきたのに応えただけだ。
どこかでそんなふうに言い訳してきた気がする。
けど、言葉に出さないといけないんだろう。
俺が粉をかけたんだから。
かすれた声で言うと
「何?」
と問い返された。
2度目はもう少ししっかりした声が出たはずだが
「聞こえない」
と言われた。
3度目の正直、もう声が震えるのを隠すことができない。
一番聞こえづらかったはずの声に反応され、今までのも聞こえたんじゃないか、と気づいた時には俺は嵐の中の木の葉の気分だった。
どっと押し寄せる圧力。
男の荒い息遣い。
汗の匂い。
かすかにさっき使ったシャンプーの香料の匂い。
さっきまであんなにもどかしかった男のしぐさが信じられないほど、圧倒的ですさまじい勢いに翻弄され、切れ切れに何かを口走る誰かの声。
あれは心の中で思っているのか、それとも俺の声なのだろうか。
わからない、けどもうどうでもいい。
俺は生きている。
こいつも生きている。
俺達には今がある。
今があるのだ。
朝起きると、憑き物は落ちていた。
せっぱ詰まった気持ちは失せ、ちょっとあちこちギクシャクするが、それだけのこと。
べとつく体が気持ち悪いと思い、裸で寝る男を見て、これからどうやって金借せと言うかな、と思案する。
後朝の別れなんてくそ食らえだ。
シャワーを浴びているうちに、奴は着替えを終えていた。
貸してもらったズボンはむかつくことに、ウェストがぴったりなくせ、裾を2回も折り返さなくてはいけなかった。
流石に上着の袖は折り返せないのでシャツのみ借りる。
中途半端に折り返すといかにも「だぶだぶ」なので腕まくりしてごまかす。
車で送るかと問われたが、辞退して電車代だけ借りた。
そこまで借りは作れない。
そのまま出て行こうとしたら
「ちょっと待て」
と引き止められた。
男は俺が腕まくりと共に外していた第1ボタンをきっちりつけた後、自分がつけていたネクタイを外し、俺の首に巻いていく。
「痕が見える」
と言われ、思わず首筋に目をやる隙に、唇を奪われた。
ほんの、軽く。
列車に乗っている間、巻かれたネクタイから奴の香りが漂ってくる気がして、落ち着かなかった。