バザー (上)

 

 

「これ、先生から先生にだって」

ピノコが幼稚園から1枚の手紙をもらってきた。

題名は「バザー役員の活動が始まります」。

嫌な汗が背中を伝う。

とうとうこの日が来てしまったか。

 

ピノコが幼稚園に入るまで、俺は幼稚園に無知だった。

幼稚園ってのは月謝を払えば10時頃から2時頃まで子供を見てくれるもの、位の認識しかなかった。

保育園との区別もついてなかったし、幼稚園によって教育方針とやらがまったく違うってことも知らなかった。

彼女は幼稚園を3度変えている。

最初の3つは程度の差があれ、早期教育に熱心なところだった。

いわゆる「お行儀の良い、先生の言うことをはいと聞く」「みんなと同じことを同じようにできるようにする」生活は彼女のお気に召さなくて、すべてすぐ放校扱いになった。

 

幼稚園を辞めてしばらくはせいせいしたようにしている彼女だが、少しすると段々元気がなくなってくる。

俺と二人きりの生活がさびしくなるのだ。

何しろ俺は家を空けることも多いし。

彼女にとっては小便くさいガキどもでも、やはり人とかかわれる環境は貴重なのだ。

 

4度目の幼稚園は、知り合いの寿司屋の大将が教えてくれた。

その幼稚園は、最初のうちはほとんど強制をしない。

小さい組は朝礼の時間も遊んでいるが、だんだん大きい組のやることを真似したくなる。

それからでも十分、1学期たつ頃には幼稚園の決まりを覚えられるのだという。

年長の3学期になるまで字も教えないが、その代わり教室で蚕を大量に飼って世話をさせたり、どんぐりを何時間もコンクリにこすり付けてどんぐり笛を作ったりするんだそうだ。

彼の娘もそこで伸び伸びと育ったと聞いて、ここが最後という気持ちでピノコを連れて行った。

 

最初のうち、やはりピノコは浮いていたようだが、最初に軽く事情を話していたせいか、フリーの先生がしばらくピノコのクラスに常駐してくれたらしい。

朝礼や工作の時、一人でうろうろしていても視界に入っている間は放っておき、適当な時間が経ったら

「そろそろいこっか」

とピノコを迎えに来てくれる。

ピノコが

「先生のオクタンだ」

とか

「本当は18歳なの」

と言っても笑ったり怒ったりせず話を聞いてくれる。

そのおかげか彼女も園児扱いされる屈辱はあるにせよ、今度はやめると言い出さなかった。

それどころか、俺にもほかの親のようにもっと園にかかわってほしいとすら思っているらしい。

 

バザー役員。

それは他の園のバザー係というようなものだ。

この園にはクラス役員という奴が各クラス2名いて、そのクラス役員がいろんな雑用をこなす。

たとえば七夕に園児用の笹を切ったり、クリスマスや七五三のお菓子の手配をしたり、卒園式の用意をしたり、バザーの仕切りもクラス役員の役目だ。

けれど一般の親も何らかの行事の手伝いをしなければならない。

本当は楽な七夕係を申請したのだが(これはクラス役員と一緒に竹の枝部分を取って持ち手をつけ、個人の七夕飾り用の笹を作る係だ。重労働だが2時間くらいで終わる)急なオペが入ってしまい、ほかの人と代わってもらったため、こんな面倒臭いバザー役員が廻ってきてしまったのだ。

 

正直、こんな役員なんて金の力で何とかしたい。

例年の収益分寄付するから、バザーを中止してくれと言いたいくらいだ。

けれどピノコが手紙を覗きながら

「先生、いつ園にくるの? 園に御用のある人は、ほんのちょっとクラスを覗いていいのよ。昨日はあっ君のママとかえでちゃんのママがこっそりお弁当を見にきたの」

と期待満々で話すのを聞くと、ないはずの仏心がうずく。

確かに俺も母が何かの用で来てくれたら有頂天だった。

ちょうど長期の仕事が終わったので、しばらく骨休めするところだし。

「急患が入ったら、もちろんそっちが優先だぞ」

と言うと

「キチュしてあげる」

と頬に吸い付かれた。

ま、しばらく何も入れないつもりだし、仕方ないか。

 

バザー役員の仕事は、クラス役員と違って補佐的な仕事だ。

たとえば、提供品の値段付けはクラス役員の仕事だし、どんなレイアウトで商品を飾るかもその部屋のクラス役員に任される。

俺たちバザー役員はバザーの2週間前に、顔合わせを兼ねての手作りおもちゃ作りに呼ばれたら、後は前日の搬入と当日の労働だけでいい。

つまり、たったの3日間拘束されるだけ、と手紙に書いてある。

けれどそれはかなりハードな3日間なのだった。

 

顔合わせの日、幼稚園の門をくぐる。

車だ。

ありがたいことにこの幼稚園には広い駐車場があり、用のある人間は自由に停めておくことができる。

これも畑に囲まれた幼稚園ならでは。

たぶん経営者はここら辺の農家だったんだろうな。

 

幼稚園の端に役員室という部屋があり、今日の集合場所はここ。

以前はここも教室だったらしいが、今は空室になっている。

園のスリッパを突っかけて廊下を歩くと、そばを通る園児が

「ドラキュラだ」

「あ、ピノコちゃんのパパだ」

「違うよ、ピノコちゃんのちぇんちぇいだよ」

「ピノコちゃんの先生、こんにちは」

と挨拶してくれる。

何で俺のことを知っているんだろう。

俺、父親参観と個人面談くらいしか幼稚園に来たことないのに。

あ、そういえばこの間運動会があったっけ。

その時親子競技で列に並んだから、同じクラスの子は知っているのかもしれない。

 

「ねえ、ピノコちゃんの先生、ドラキュラなの?」

とか

「ピノコちゃん、あっちだよ」

と手を引っ張って連れて行こうとする子ども達に囲まれて立ち往生していたら、折り良く通った若い先生が

「ほらほら、みんなトイレが終わったら教室に戻ろうね」

と一掃してくれた。

「今日は何の御用ですか」

と問われ、バザー役員だと言うと親切に部屋まで案内してくれる。

ほっとして歩いていると突然ドンと俺に跳びかかる影。

よろけながら下を見るとピノコだった。

俺に引っ付いて

「先生、先生はあたちのだんなさんなんだから、取っちゃやあよ」

と俺に言っているのか、幼稚園の先生に言っているのか。

「ピノコ」

と言うと

「先生、浮気しちゃいけませんよ」

と真剣な顔で言われ、又放校かなと思う。

だが先生は

「うふふ、ピノコちゃんたらやきもち焼きね」

と頭をなでると

「一番奥のお部屋ですから」

と言いつつ子供を引き連れ行ってしまった。

先生ってすごいな。

 

教室を開けると、俺は異分子。

外まで響いていたおしゃべりがぴたりとやみ、部屋中の主婦の視線を浴びる。

そのまま回れ右したくなる足を踏ん張り、ポーカーフェイスのまま1歩踏み出し、ドアを閉め、ぐるりと見渡す。

ふん、こんなの医師会のお偉いさんに囲まれる時のことを考えれば軽いもんだ。

「バザーのバザー役員はこちらですか」

と声を出すと

「はい、お名前を伺えますか」

とボス格の女性が名簿を取り出す。

「ブラックジャックです」

と言うとすごく奇異な顔をされたが、幼稚園にもこの名前で登録しているので名簿に載っているはず。

「ブラックジャックって、あの無免許の…」

と言う声がどこかでしたような気がするが、無視。

「はい、今日はよろしくお願いします」

と言う会長の声に合わせて、また少しずつおしゃべりが始まる。

 

時間が来ると簡単な挨拶があり、班毎に分かれる。

看板を作る班、チケットを切り分ける班、雑巾を作る班などの中で、俺は工作班に分けられた。

バザーでは毎年手作りおもちゃを売るのだそうだ。

男の子用に剣。

女の子用に冠。

中世の騎士ごっこでもさせるつもりなのだろうか。

 

剣はダンボールで形を作り、中に割り箸を入れて補強して、ビニールテープで飾り付けをする。

冠は金や銀のモールを使ってそれっぽく。

手先に自信のある俺には楽勝の仕事だ。

早速型に合わせて線を引き、カッターでどんどん剣を切り出していく。

予定数分切り出したらダンボールに箸を挟み、柄の部分をビニールテープでぐるぐる巻きに。

刃の部分は銀色の幅のあるテープだ。

手際よく作りながら工作のもう一方の冠作りをチラ見して、手際の悪さに驚く。

「うーん、土台が奇麗な丸にならないよ」

「あれ。ハートが同じ大きさにならなかった」

「どう? これ。やっぱりここはハートのほうがいいかな」

「いいんじゃない? かわいいかわいい。わーい、似合う?(と頭につける)」

「写メしてあげる。あんたの子に見せたげよっと」

「やめてよー。うちじゃしっかり者のママなんだから」

と話している間、手はお留守。

 

円にカーブをつけたいなら、そこのペットボトルに巻きつければいいじゃないか。

部品もひとつずつ手を止めて考えるより、ある程度同じ部品をいっぺんに作れば大きさも揃えやすいと思うぞ。

普段ならそのくらいの忠告をしてやるに藪笠ではないが、今俺が口を開いたら又先ほどのような沈黙に包まれてしまいそうなので、自分の分担を黙々とこなす。

 

昼までにノルマであるダンボールの剣50本を作り終え、伸びをしたところで

「そろそろお昼にしましょう」

の声。

昼までに終わってよかったと思いながら、会長に自分の分が終わったので帰っていいかと聞くと

「うーん、すみませんが工作班なら工作班全体が終わらないと。午後からはティアラ作りの手伝いに回って下さい。そちらも終わったらお帰りになって結構です」

と言う無情の声。

がっかりしながら出された弁当を食べる。

 

給湯室の換気扇下のみ喫煙可能らしいので一服しにいく。

ああ、疲れる。

さっきから一挙手一投足まで観察されているような気がする。

後ろ指をさされるのには慣れているが、今回は俺だけの問題じゃない。

さっきのピノコ、楽しそうだった。

俺のせいでここに居辛くなったら、彼女がかわいそうだ。

せめて仕事だけはしっかりして、後ろ指さされにくいようにしよう。

 

午後は冠(のことをこの頃はティアラと呼ぶのだそうだ。俺は冠でいいと思うのだが)作りの手伝いだ。

ティアラと言っても直径10センチくらいの小さいもので、子ども用としてもかぶれないんじゃないかと思うが、小さい奴を頭の上にチョンと載せて、ピンで留めるのがいいのだそうだ。

そんなもんかね。

 

先ほどチラ見していたから、手順はわかっている。

ペットボトルにモールを巻きつけて端を縛り、余った部分を飾りのように曲げて土台を作る。

それにハートだのダイヤだのの形の飾りをつけ、仕上げに大きめのビーズをいくつか散らす、と。

結構簡単だな。

こちらは150個作るのだが、まだ50個しか出来てないらしい。

7人もいるのに何をやっていたんだ。

おしゃべりに余念がなかったんだろうな。

今だって夢中になってしゃべっている。

 

今作ったばかりの冠を分解し、ハートやダイヤの飾りの大きさに各色のモールを切って、どんどん部品を作っていく。

きらきらした太いモールなので、くずが舞う。

気がつくと俺の手もスーツもキンキラキンだ。

後のそうじが大変だなと思いつつもどんどん手を動かす。

ある程度部品が出来たところで土台作り。

ひとつの工程を繰り返すだけなので、早い。

 

「うわあ、もうこんなに出来てる。あたしたち組み立てていきますね」

と声がかかり

「よろしく」

と返す。

組み立てはいろいろパターンがあるらしく、面倒だと思っていたのでちょうどいい。

俺が黙々と作業をしているせいか、他の人間もおしゃべりせずに手を動かすようになった。

たった1時間ですべて作り終え、そそくさと立つ。

他の人間はまだの班の手伝いをしたり、おしゃべりしたりしてして過ごすようだが、俺は一刻も早く帰りたい。

 

帰りがけ、ふと思い立ってピノコの教室を覗いたが、空だった。

テーブルを拭いていた先生が

「ピノコちゃんは外ですよ」

という。

園庭を見ると、昼ごはんを食べ終わった子ども達がてんでばらばらになって遊んでいる。

どれがピノコかわからなかったが、怒鳴り声も泣いている声も聞こえなかったのでま、いいかと思った。

 

 

(下)に続く