バザー (下)

 

 

今日はバザー前日である。

何とか急患が来ないかと思ったが、昨日から電話の一つすら鳴らない。

運にすら見放されたようだ。

本日はバザーの搬入なので、幼稚園が終わってからの作業になる。

何しろバザーは園の教室を会場にするのだから。

だから今日の集合は2時。

役員のこどもはそのまま園庭で遊ばせておく。

 

行ってみると、この間も狭いと感じた役員室が今やパンパンになっていた。

この間不用品回収の手紙が来ていたので、うちも使う予定のまったくない頂き物を処分したが、それが園全体でこんなになるのか。

 

よく見ると段ボール箱には「服 きりん組」「食器 ぞう組」というふうに、中身と移動させる部屋の名が書いてある。

中に入っている品も1つずつきれいな値段ラベルが貼ってある。

イラストまで描かれた「文房具」「本」などのポップの山。

ダンボールのゴミ箱にまで絵が描かれている。

こんな面倒なこと、よくやったもんだ。

感心を通り越して、あきれるな。

 

先生から「移動していいですよ」との連絡を受け、荷物を運んでいく。

力仕事なので、たった一人の男としてどれだけこき使われるかと思ったが、みんな俺なんかより軽々と運んでいる。

ついこの間まで子供を抱っこし続けていたせいか、かなり重い食器の詰まったダンボールも

「よいしょ」

と言いながらひょいひょい持ち上げる。

そこらの運送屋も顔負けだ。

 

部屋では先生が床を掃いていた。

次に入るとテーブルをごしごしこすっている。

最後に行ったときには外の下駄箱の掃除だ。

園児が何度も出入りするからすぐに汚くなるだろうに、そういえばこの園はいつもきれいだ。

先生方は毎日こんなふうに掃除しているのだろうか。

そういえば、この頃ピノコは部屋をほうきで掃くのが好きだ。

先生の真似をしているのかもしれない。

 

クラス役員の指示の元、ダンボールから荷物を取り出し、机に並べていく。

園児用の机は低く、中腰の姿勢での作業だ。

すべて並べ終わった時にはほっとしたが、すぐに駄目出しされた。

 

曰く、小さいものを前に、大きいものを後ろに。

曰く、値札がこちらを向いていない。

バザーのこんなもの、人が来たらみんなばらばらになると思うが、本格的な店でも開くつもりなのだろうか。

それともこれは、本当はバザーという名を借りた大人のお店やさんごっこなんだろうか。

こんなの適当に並べれば、とっくに帰れるのに。

 

ふと外を見ると役員の子達が遊んでいた。

ピノコは何人かで石蹴りをしているようだ。

楽しそうな笑い声が響く。

あとちょっとだけ、我慢するしかないか。

 

終わったときには同じ時間のオペをした時と同じくらい疲れていた。

ピノコも普段より長時間外遊びをしたので、車に乗り込んだ途端、大あくびをしている。

家に帰ってから食事の支度など、二人ともできそうにないので帰り道のファミレスで夕食にする。

バザーってものは、金と労力の要るモンだな。

 

 

当日。

役員は朝7時半集合だ。

ピノコも連れて行かなくてはなるまいが、朝が早いし、手持ち無沙汰でかわいそうだな、と思っていたら、一緒に行かなくても大丈夫だと言う。

知り合いの車に乗せてもらう段取りをつけているのだそうだ。

さすがピノコ。

俺一人、車を飛ばす。

 

何でこんなに早く出ないといけないのかと思っていたが、園庭で屋台をするのだそうだ。

前日のうちに屋台やテントを張ってしまうと雨が降った時に困るので、当日の朝に設営をするらしい。

重い機材を運び、どんどんテントを建てていく役員の女性たち。

俺は園長先生とともに、屋台の組み立てだ。

さすがに力仕事や釘打はいつもの格好では出来ないので、コートと上着を役員室に置き、シャツの腕をまくって言われるまま働く。

この園長先生は大工仕事が得意なようで、屋台は手作りだ。

いつもニコニコしているだけの先生だと思っていたが、こういうことになると凝ってしまうようで

「それ運んで」

「あれ取って」

と人使いがかなり荒い。

俺は手下のように働かされたが、若い頃、家の改修を手伝わされた棟梁といるようでちょっと懐かしい気分になる。

 

気づくとコンロがいくつも並び、そこここでジュージュー、ポンポン、パチパチと景気のいい音と、うまそうな匂いがする。

焼きそばとポップコーン、それに焼き鳥か。

今のうちにたくさん作っておいて、人が殺到した時に備えているらしい。

「今のうちに食べておいて下さいね」

という威勢のいい声とともに焼きそばの皿を渡され、園長先生と立ったまま食べる。

園庭に幼稚園のテーブルといすを出して休憩スペースを作っていると、門の辺りがざわめき始めた。

 

「開始20分前ですから、部屋で準備してください」

と言われ、大急ぎで役員室に戻ると、そこは戦場だった。

「エプロン足りてる?」

「あたしの名札、誰か間違えて持っていってない?」

「ティアラを忘れないでね!」

と怒鳴りあう女性たち。

隅で着替えている人までいて、1歩踏み込んだところで回れ右する。

「我々はちょっと待っていましょう」

と言う園長先生に従い、一服つける。

後はもう、タバコを吸う時間なんてないだろう。

 

「男性陣! 探したんですよ!」

と後ろから言われ、あわてて振り向くと

「はい、エプロンと名札。園長先生も早くつけて下さいね。両方つけたらちょっとかがんで」

と言われ、かがんだら頭に何かつけられた。

触ろうとすると

「ピンで留めてあるだけだから、触るとゆがんじゃいますよ」

と注意される。

「キャー、お似合い」

と喜ぶ役員たちの頭には俺たちの作った小さなティアラが載っており、それから推測すると俺の頭に載っているのは。

 

冗談じゃない。

むしりとろうとしたら止められた。

「これは先生や役員を一般と区別するためのしるしですから、1日取らないで下さい」

と言われ

「男の俺にはおかしいでしょう」

と反論しようとしたが

「どうです? 似合いますか?」

とニコニコしながら園長先生に振り向かれ、これはだめだとあきらめた。

先生の頭上にはきらきらとしたティアラが載っている。

そういえばこの先生、運動会の時にはポケ○ンの格好をしていたっけ。

 

こういうノリの幼稚園だからこそ、きっとピノコものびのびできるんだ・・・

エプロンが黒なのが、唯一の慰めだと思うしかない。

 

時間が無いとせかされて、担当の部屋に行く。

俺は手作りおもちゃと洋服と文房具その他の部屋だ。

他に食器やタオル、趣味の手作り品を売る部屋と、子供たちにゲームをさせる部屋、これも親の提供品の手作りクッキーやケーキを売る部屋などがある。

園庭には子供動物園が来て、簡単な囲いの中にウサギやハムスター、鶏やアヒル、七面鳥などが放され、好きに触ることができるらしい。

それに屋台。

型抜きなんて、すごく久々に見た。

きれいに抜けてももらえるのは現金ではなく、お菓子なのが幼稚園らしい。

 

10時。

開門の合図とともに、部屋に人がどっと詰め掛けてくる。

この部屋にいるのは俺のほかに2人。

レジ係のクラス役員と、値札を取って読み上げながらレジに渡す俺、袋詰めするもう一人。

「100円、100円、300円、50円」

と値札を読み上げつつ頭の中で550円と答えを出し、客が1000円札を出すのを見て450円のつりと思う、そのくらいの計算、特別考えないでも簡単にできるんじゃないかと思うのだが、皆はそうではないのだろうか。

それとも電卓を通さないと信用できないとでも思っているのだろうか。

レジ係が簡単な計算にも電卓を使うので、瞬く間にレジ前に長蛇の列ができる。

教室の中はぎゅう詰めだ。

袋詰めの三人目は外で人数制限を始め、余計にレジが混む。

俺が計算までしてしまうか。

 

「30円、50円、100円、300円、30円、50円で560円。1000円からで440円お釣り」

と言いつつ客から渡された1000円札を隣に渡し、値札を取った商品をどんどん袋に詰めていく。

釣りは隣の役目でいいだろう。

値札を値札入れに落とし、次の客。

「50円、50円、50円、1400円、450円。合計2000円ちょうど」

「30円、100円、20円、50円4つ、100円で450円。500円からでお釣り50円」

気がつくと俺は店員の仕事に没頭していた。

 

長蛇の列はいつの間にか消え、人数制限もなくなった。

教室の中はまだざわめいてはいるが、開始当初のラッシュ時のような騒ぎではない。

ずっと下を向いていた姿勢をやめ、まっすぐ立ったら腰がぎしりと鳴った。

このレジ台の机、もうちょっと高さがあるといいんだけれど。

 

目をつぶり、軽くとんとんと腰を叩いていたら

「お疲れだな」

と含み笑いが聞こえた。

恐ろしく特徴的で、絶対この場で聞くはずのない声。

「キ、キ、キ、キリコ」

どもってしまったのは仕方のないことだろう。

思わず胸倉を掴んだら

「俺は客だぜ」

とティアラを差し出された。

その隣には

「先生とお揃いのにするの」

とニコニコしたピノコ。

 

「ちょっと失礼」

と他の役員に言い、二人を部屋の隅に引っ張っていく。

「何でお前がここにいるんだ」

とキリコに詰問したら

「俺はお嬢ちゃんに頼まれたんだぜ。動物を抱いたり馬に乗ったりするときには大人と一緒じゃないとだめだけれど、お前は忙しいからって。お礼に昼飯に焼きそばをおごってくれると言うから、代わりにくじ引きやなんかは俺が持つことになっている。このティアラもな」

と言いつつピノコの上にティアラを乗せ

「ほら、よく似合う。ま、お前さんの似合い方には及ばないかもしれないがな。今日はずいぶん軽装じゃないか」

とニヤニヤされ、憤死しそうになった。

先ほど上着とコートを着ようとしたのだが

「そんなのの上からエプロンなんかつけられませんよ」

と他の貴重品とともに役員室に入れられ、鍵をかけられてしまったのだ。

 

白シャツに黒エプロンに赤いタイ。頭にティアラ。

身も心もスースー隙間風に吹かれたような気分になってきた。

 

「何でキリコに頼むんだ」

とピノコに問いただすが

「だってキリコのおじちゃんは前来たから幼稚園の場所をわかっているでしょう。本当は送ってもらうだけだったのに、おじちゃんが親切で付き合ってくれてるのよ。先生、おじちゃんにお礼言って」

と逆に諭される始末。

ああ、世も末だ。

とは言っても片親の切なさ、俺がこっちから離れられないなら、ピノコは一人。

渋い顔して

「頼む」

と言うしかなかった。

 

キリコはレジで嫌味ったらしく俺に100円放ると、付属のピンでピノコの頭にティアラをつけた。

「ほら、ちゃんと前向いて。うん、これでいい」

と言われ、にっこり笑うピノコ。

こら、そんな奴ににっこりするくらいなら俺にしろ、と思うが

「先生、似合う?」

と満面の笑みで振り返られると

「ああ。忙しいから外に行っていなさい」

としか言えないのが情けない。

 

12時を過ぎると商品が少なくなってきた。

それに連れて人も減る。

暇になり、窓から外を見たらちょうどピノコが馬に乗っているところだった。

小さな馬場を1周してスタート地点に戻ると、銀髪の男が彼女を抱き下ろす。

そして小さな女王の1歩後を歩いていく。

 

「お友達ですか。お子さんを見てくれるなんて仲がいいんですね」

と隣の役員に言われた。

「とんでもない。単なる腐れ縁ですよ」

と苦笑するしかない。

今ここであいつを死に神だと弾劾はできない。

俺なんかよりよほどこの光景に溶け込んでいる。

 

1時ごろ

「お昼を食べてきていいですよ」

と言われ、外に出る。

園庭は子供とその親でごった返している。

昼もまた焼きそばを食べていると

「先生」

と言う元気な声とともにピノコがやってきた。

手にさまざまな戦利品を持っている。

「おい、ずいぶんねだったな」

とあきれたが

「そんなでもないぜ。一通りやっただけだ。お嬢ちゃんは本当に欲しいものしか買わない、しっかりものだよ」

と奴が言った。

それにしては口の周りにソースだの、ポップコーンのかすだのがついているような気がするぞ。

 

「お、ピノコちゃん、こっち向いて」

と言う声に俺もそちらを向くと、園長先生がこちらにカメラを向けていた。

今度はカメラマンか。本当によく働く先生だ。

「ピノコちゃん、楽しんでいますか。役員さん、お疲れ様です。そちらの方もどうか楽しんでくださいね」

と言いながら他の家族を写しに行く園長。

先生方はテーブルを拭いたり、駄菓子屋やゲームの店番をしたりしている。

確かに楽しそうなピノコの顔。

 

後ちょっとだけがんばるか。

空になった皿をゴミ箱に捨て、俺は店番に戻っていった。

 

 

後日ピノコが

「先生が写ってたから、たくさん買っちゃった」

と言うバザーの写真を見ると、ティアラをつけたまま立ち働く間抜けな俺が何枚も写っていた。

うわ、キリコとのスリーショットまである。

やはりもう少し幼稚園行事から距離を置こう。

そう決心した俺だったが、なぜか行事の前になると園長先生から

「ピノコちゃんも楽しみにしていますよ」

という電話が来るようになったのだった。

 

 

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