翌日
洗濯をしようと、洗濯籠から洗い物を出しては洗濯機の中に入れていく。
昨日着たシャツ、パンツ、靴下、パジャマ、タオルとバスタオル。
すべて2人分だ。
それにシーツ。
奴が昨日泊まっていったのだ。
さっきまで奴と一緒におもちゃ屋へ行っていた。
お嬢ちゃんの土産を俺が選べと指名されたらしい。
ちなみにお前ならどれを選ぶ? と聞いたら一生懸命隅から隅まで見回した挙句、ワニの様に口のでかい、どう見ても可愛いというより不気味さの勝る人形を選び出してきた。
何故それを選んだのか聞いたら
「今まで持っている人形のどれとも似ていないから」
と言う。
人形ってシリーズで集めたりしないか。
そう言うと、そんな考え方初めて聞いたというようにびっくりしていた。
だからお嬢ちゃんはいつも大きさの違う人形同士で遊んでいるのか。
確かこれは持っていた、と奴の言う人形の着せ替え用の服を二つばかり選ぶ。
「こんなの、喜ぶのか?」
と言う奴にとにかく持って帰ってみろ、と勧める。
お嬢ちゃんの人形はいつも同じ服だった気がするのだ。
昔ユリが、着せ替え人形を好きだったことを思い出す。
あの子も女の子だしおしゃれも好きなようだから、きっと着せ替えも好きだろう。
もし気に入ったようだったら、しばらく服を土産にしてやればいいのだ。
強面の男2人が人形売り場でうろうろしているのだから不気味に見えたのだろう、店員が遠巻きにしていたが、奴は気づいていなかったし俺も気にならなかった。
それよりも彼女は喜ぶかな、と思ったら少しくすぐったい気持ちになった。
洗濯機が回るのを見ながら考える。
何で奴とこういう仲になったんだろう。
俺の好みは、どちらかというとグラマー系。
細い女より、肉のしっかり付いた女が好きだ。
若いより熟女。
体型は少しくらい崩れかけていてもいい。
一夜限りでも笑って許してくれそうな女。
一晩だけ受け止めて、何も聞かないような女。
あいつはグラマーでもないし、俺よりずいぶん若いし、情も強そうだ。
第一、男。
自分が男相手に突っ込めるとは知らなかった。
俺は男と寝たことはあっても興味は全然なかったから、面倒くさくて今まで下に甘んじてばかりだったのだ。
奴のことを思い出す。
顔はまあ整っているかもしれないが、でかい傷の方が目立つ。
間違っても女顔ではない。
体も傷だらけということを除けば、ただの男。
荒事に長けている、引き締まった体。
柔らかくも敏感でもない、女に比べればがさつな肌。
俺は男の裸を鑑賞する趣味はないし、傷に興奮するたちでもないので、特別に惚れ惚れと見とれることはない。
朝になればひげも生えるし(俺よりもずっと濃い!)しぐさも男くさいし。
この頃ほんの少しだけ俺の手に慣れてきたが、まだしっくりするには程遠い体。
大体セックスだってひどい。
乱暴だし、へたくそだし、突拍子もないことをするし。
経験がないならないでおとなしくしていればまだ可愛げがあるが、奴は負けん気が強いからちょっと突付くとすぐ反応して突っかかってくる。
それが面白くてつい突付いてしまう俺も悪いが、痛い目にも沢山遭っている。
握りこまれるは、噛み付かれるは、あいつはずいぶん乱暴だ。
いや、強暴だ。
こうして考えているとどんどんわからなくなってくるな。
どこがこんなに気に入ったんだろう。
こんなに好みから外れているのに、今の俺はあいつでなければ嫌なのだ。
安楽死の仕事が続くと、俺は人肌が欲しくなる。
俺のほかに生きているやつがいるのを確認したくなるのか。
自分がまだ生きていることを確認したいのか。
なのに、この3ヶ月というもの、だれとも肌を合わせる気にならなかった。
行けば必ず顔を出すことにしている古馴染みの所でも、一緒に酒を飲んだだけでそのまま眠ってしまった。
もしかして、俺も更年期に入ったのか。
そんな馬鹿なことまで考えたりしたが、昨日の分では違うだろう。
奴がへばらなければ、後2回くらいはいけそうな感じだった。
本当に出来たかは別にしてだが。
洗濯物を干しながら、まだ奴のことを考え続けている。
あいつ、留守電の俺の声を聞いたらしたくなって、俺のやるのを真似たんだ。
可愛い所は全然ないけど、何らかの可愛げはあるんだよな。
奴と酒を飲むのは楽しい。
話をするのも楽しい。
口論は少し苦手だ。
どちらも退かないので、最後に険悪になる。
それでも無視されるよりはずっといい。
俺を包んでも癒してもくれないのに、何でそばにいたいんだろう。
逆に奴を包んでやりたくなるのは、何故なんだろう。
思えば俺は、奴に格好悪い所や恥ずかしい姿ばかり見せているような気がするのに、奴のそういうところはあまり見ていない。
まだ泥酔した時しか話してくれない、奴の過去の話が聞きたい。
不満や愚痴や弱音をただ聞いてみたい。
いろんな顔を見てみたい。
仏頂面がほころぶ瞬間が好きだ。
怒りに目を燃やす様も。
行為の時、だんだんとろけていくところもいい。
負けん気な瞳がある一瞬を境に色を変える。
色々な感情をぶつけられるのが気持ちいい。
俺の中で枯れてしまったと思っていたものが少しずつ水にありついて、元気になっていくような気がする。
奴と飲むようになってからも、奴が上着を脱ぐことはまずなかった。
家に来るようになってベスト姿をさらすようになっても、いつも着の身着のまま、ソファでごろ寝をしていた。
初めてベッドに誘った日に俺のパジャマを貸したが、パジャマ姿で人前にいるのに慣れていないようだった。
でも今朝は、朝食もパジャマのままだったな。
そんな風に自堕落になっていくといい。
俺の前で素を晒していくといい。
電話が鳴った。
奴からのわけがない、と思いながらもほんの少し期待して受話器を取ると
「ドクターキリコでいらっしゃいますか。あの、安楽死の」
という声がした。
「依頼者ご本人でいらっしゃいますか。それとも代理の方ですか。」
と反射的に答えた時には、俺は恋する男からあいつの嫌う死神に変貌していた。
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