頼み事-B
仕事が終わって家に電話をすると、奴からの連絡が入っていた。
隣国だが、ここから電車で1時間くらいの場所。
どうせ飛行機のチケットの手配には少々時間がかかるし、寄ってみようかという気になった。
奴の携帯に電話して、詳しい場所を聞く。
奴もピノコも携帯を持てというが、俺は御免だ。
誰かに居場所を把握されているようで、嫌いなのだ。
でもこういう時に相手が持っているのは楽だと思う。
ホテルで再会し、飯にでも行くか、ということになる。
入ったのは、地元民ばかりの食堂、というところ。
テーブル席に座るとすぐに注文が来る。
「又いらっしゃいましたね。酒は昨日と一緒ですか? 料理は今日のお勧めにします? それとも昨日のトリがいいですか?」
と言うウェイターに、奴は自然に答えている。
こういう店で、俺が気さくに受け答えすることはほとんどない。
俺に気軽に話しかける奴もあまりいないが。
俺の風体のせいかと思っていたが、奴だって眼帯をした、人相の悪い男のはずなのに。
安楽死なんていう物騒な稼業をしているのに、仕事以外のときの奴は結構老人や子供になつかれる。
今まで何回か行を共にした時に何度も見た。
何故だろう、相手を安心させる何かがあるのだろうか。
俺に欠けた何かを、奴は持っているんだろうか。
食べていても、入ってきた客の何人かが
「お、兄さん、今日も来たのか」
とか
「今日は友達連れか。一緒に飲まないか」
なんて声をかけてくる。
「一体何日通っているんだ」
と聞くと、おとといと昨日の2日きりだという。
それでそんなに声をかけられるのか。
馴れ馴れしく肩に触っていく男までいるが、奴はまったく気にしていない。
だから某国でセクハラを受けるんだぞ。
お前のそれは、絶対ヒゲだけのせいじゃない。
食事中にそんなことばかり思っていたせいだろうか。
ホテルに帰って飲みだした途端、つい
「1度抱く側に回ってみたいんだが」
と言ってしまっていた。
びっくりして
「何で急に」
と言う奴に、俺としては正直に
「お前さん相手ならできるかもと思ったんだ」
と話す。
実際、今まで自分から誰かを抱きたい、と積極的になったことはない。
俺にとってのセックスは暴力と直結されたことで、するのもされるのも御免だった。
男からの暴力は、男なんてそんなもんだ、という思いから無視できたが、女から受けた仕打ちはなぜか俺を少々打ちのめした。
マザコンと言われても仕方ないが、母と同じ性の人がそういうことに貪欲に食らいついていくのが恐ろしかったのかもしれない。
無理やりさせられてからは女性恐怖も加わったのか、無意識に色恋沙汰にはなるべく近づかないようにしていた。
でも、こいつとするようになってから、何かが変わった。
別に悪いことじゃない、それどころかお互いに気持ちよくしていくのは楽しいし、いいんじゃないか。
今ならできるような気がするんだ。
俺も奴を気持ちよくしたい。
女の経験を聞かれたので、正直に話したら絶句していた。
少々ばつが悪いが、乗り気になってくれたので話してよかったと思う。
でも後の2回がもっと酷かったのは、お互いのために秘密にしておく。
先にシャワーを浴び、奴が出るのを待っている間、落ち着かなくて困る。
俺は本当に出来るのだろうか。
物理的に起つことはわかっているが、精神的に、ああいったことは暴力、と思い込んでしまっていないだろうか。
最初の内は奴を敵のように忌み嫌っていたけれど、今はそうではないつもりだ。
でも俺の中の残酷で冷酷な部分が出てきて、奴を傷つけたいとは思わないだろうか。
そう思って奴を抱きたい、と思っているんじゃないだろうか。
馬鹿な。
そんなことはないはずだ。
それより、ベッドカバーが邪魔かな。
そう思ってカバーを外したら、今度は毛布も邪魔な気がしてきた。
全部落としたらまるきりベッドだけになって、これはこれで気恥ずかしい気もする、と毛布を上げ直そうとしたが、脱衣所の方で音がしたのでそのままにしておく。
慌てているのを悟られないように
「のんびりした入浴だったな」
とつぶやくと、
「道具がないから内部は洗っていないからな」
と返された。
そう言えばそうだ。
今まで手順など考えていなかったが、男同士なんだからいろいろ考えなくてはいけなかったんだ。
自分のカバンの中身を思い出して、あれなら使えるか、と手術用手袋を取り出す。
これなら直接触れるわけじゃないし、俺でも出来るだろう。
ワセリンも・・・あった。
あまり薬品の類は持っていないが、これだけは外用薬の必需品なので常に携帯している。
何とかなるよな。
なると思いたい。
なるはずだ。
奴がベッドに近づいていったので、俺も一緒に上がって抱きついてキスをした。
自分が目を明けているのかつぶっているのかもよくわからない。
頭の中がくらくらして、意味もなくもうだめだ、と思う。
気がついたら奴に背をなでられていた。
やっと焦点が合うと、あいつが俺を見ていた。
そうだ。
こいつとならできる。
こういう行為を嫌な事じゃないって教えてくれたのはこいつだ。
俺が変な所に落ち込みそうになると、手を伸ばしてくれたんだ。
今だって。
抱こうとしているのは俺なのか、奴なのか。
役割が逆になっても、きっとこいつは手を貸してくれるだろう。
ほっとしたら、奴の顔もほころんだ気がした。
気を取り直して奴のガウンを開く。
いつもなかなか冷静になれなくて、こいつの体をじっくり見たことなんかあまりない。
元軍人は、体改造マニアのプロテインとマシーンで鍛えたようなマッチョタイプや、逆に過去の栄光を振りかざすだけの、筋肉が脂肪に変わってしまったような奴も多いが、こいつはどちらにも当てはまらない。
着やせして見えるが、適度に鍛えたいい体をしている。
言動から多分俺より年上なんだろうが、あまり歳がわからないタイプだ。
初対面の時も40以上だと思ったものだが、今もあまり変わっていないから、きっと老け顔なんだな。
首筋の辺りにわずかなたるみがあるから、40はいっているのだろう。
でも腕の筋肉も胸の筋肉も適度のハリがあって、触っていて気持ちがいい。
体毛は髪の毛と同じ銀色。
明かりが反射してきらきら光る。
色が薄くて量も少なめなので、ほとんど目立たない。
肌は少しカサカサしている。
俺もそうだが、旅が多い奴は大体そうだ。
気温や湿度がめまぐるしくかわるし、時差も体内リズムを崩しがちだ。
そうやっていろいろ辿っていくうち、淡い傷にたどり着いた。
これは俺のオペの痕。
グマの時の緊急手術だ。
あの時は本当にびっくりした。
うん、綺麗だ。
ほとんど目立たない。
そんなことを考えながらそっと痕を辿ったら、奴があからさまな反応を示した。
あ、感じたのかな。
こんなにそっと触っても感じるものなんだ。
「気持ちいいか?」
と聞いたら
「ああ」
と答えてくれたので、ほっとした。
気合を入れて、手袋をはめる。
ワセリンを塗り、直腸診のつもりで指を入れる。
あまり色々考えるとわけがわからなくなりそうで怖い。
なるべく近場だけを観察しよう。
前立腺を見つけ、刺激したらむくむくと成長してきた。
確かにここを刺激すれば起つものだが、奴のを起たせてやれた、というのが嬉しい。
いつもはできないけれど、今なら勢いでできるかも、と奴のを咥えてみる。
大丈夫だ、気持ち悪くならない。
そう思って安心しかけた時、奴が大きく動いたのでそっちを見ると
「急にどうしたんだ」
とびっくりしている。
「目の前でむくむく育っていくのを見たら、できるかなと思ったんだ。」
と言って、もう一度咥える。
うん、頭を押さえつけられていないと自分で調節できるし、これなら大丈夫。
いつもなかなか奴を気持ちよくさせてやれないのが悔しかったが、怖がらずに試してみればよかった。
今度言われたらちゃんとやってやろうと思う。
結構がんばっているつもりなのだが、こいつなかなか出そうとしない。
それどころか
「もういいんじゃないか」
なんて言われると、妙に悔しい。
もしかして、遠慮しているのかと思って
「お前さん、10年以上ぶりなんだろ。だったらよくほぐさないとだめだろうが。出していいぞ。性病持っていないのは検査済みだから。」
と言ってみたら、
「いつ検査なんか」
と驚いている。
この間のゴミを捨てる時、少々精液を採取しておいたのだ。
自分の検査をしたいと思っていたので、一緒に検査すれば楽だと思って。
安心させようと
「俺も何も持ってないから安心しろよ。」
と言ったが、なんか様子がおかしいな。
もしかして、検査なんて不要だと思っているんだろうか。
俺は相手のことを思ったらきちんと検査した方がいいと思うのだが、こいつは違うのかな。
グマのときも伝染病に対して無防備みたいだったし、無意識に死にたがっているんだろうか。
そんなことを思いながら指と口を動かしていたら、やっと奴が出した。
思わず口で受け止めたが、これ、どうしようかと思っていたら、奴がティッシュを渡してくれた。
ほっとして吐き出す。
すぐに渡してくれたのが嬉しくてキスしようとするのに、なぜか逃げる。
何でだ。
悔しくて耳をひねってやったらおとなしくなったので、いつもしてもらっているのを思い出しながら耳にいたずらしてみる。
俺はいつもこうされるとゾクゾクするのだが、あまり気持ちよさそうではないな。
なにかコツがあるのかな。
その後なぜか頭を叩かれた。
結構色気もある、と言ったのが悪かったらしい。
この場合、色気があると言ったのが恥ずかしかったのか、結構が邪魔だったのか、どっちなんだろう。
そんなことをしている内に、本当にしたくなってきた。
何も触られていないのに、ちゃんと自分が臨戦態勢になっている。
不思議な気もするが、それが当たり前なんだな。
そういえば避妊具なんて持ってないので奴に聞いたら、ちゃんと用意していた。
さすが、用意のいい。
今度は俺も用意してみよう。
・・・なんて言って買えばいいのかな。
すぐ見つかる所に売っているのだろうか。
入れ始めたら無我夢中になってしまって、なんかあっけなかった気がする。
でもこんなものだろうか。
奴に倒れこんで脱力していたら、背中をさすられて気持ちいい。
こいつ、いい奴だ、と思ったら又すごくしたくなってしまい、今度はすぐ終わらないように気をつけてした。
とは言っても奴に引きずられると言うか、飲み込まれそうと言うか。
やはり途中から訳がわからなくなり、終わって気がついたら奴の根元をしっかり掴んで出せないように止めていた。
俺、なにやっているんだ。
奴の恨めしそうな顔に、大急ぎで後始末をしがてら、気持ちよく出させるのに専念する。
とりあえず、ちゃんとできたのかな。
奴の中に入ったら、きついのと気持ちいいのが混ざってしまって、ゆっくり味わうどころではなかった。
もう一度位すれば、ちゃんとできるような気がするのだが。
「感想は?」
と聞かれた時、そういう意味を込めて
「もう1回しちゃだめか」
と言ったのだが、無言でベッドから蹴り落とされた。
何故駄目だかわかったのは、翌日腰痛と筋肉痛に苦しむ奴を見た時だった。
結局介抱のためホテルに3日もいることになり、帰国してからピノコに「遅い!」とすごく怒られた。
蛇足で申し訳ないのですが、急にどうしても書きたくなりました。