2丁目
俺は新宿を歩いていた。
東口から大通りを4丁目、3丁目。
その先が2丁目。
ごく一部の嗜好の人々によく知られている地域だ。
巷ではとんでもない魔境のように言われたりもするが、新宿2丁目も表通りは単に新宿から四ッ谷までつながる道の一部でしかない。
新宿御苑の新宿側の入り口のすぐ近く。
表通りにはうまい中華料理屋○園別館があり、ここは本場風の味付けで俺のお気に入りの店だ。
だが、1歩路地に入ると何となく雰囲気が変わる。
昼間はほとんどの店が閉じている。
開いているのは小さな本屋くらい。
その本屋はその筋御用達だ。
いわゆる同性愛関係の本や雑誌を売っている。
今まで路地に入ったことはなかったが、噂なんて当てにならないな。
なんてことない通りじゃないか。
そんなことを思いながらゆっくり歩いて本屋の前へ行く。
途端に少し後悔。
店の前には裸の男が表紙の雑誌ばかり。
どれを選べばいいだろう。
実は先日、キリコと一夜を共にした。
突然のことだったし、そういう行為にいい思い出がないので躊躇したが、いざしてみたら気持ち悪くもなかったし、あろうことか途中から自分がコントロールできなくなった。
寝た後に今までの関係が壊れるのではないかと思ったが、そんなこともなかった。
それからはキリコを家に来させているのでまだ2度目はないが、今度キリコの家に行くか、旅先でばったり会ったりしたら拒みきれないような気がする。
それでちょっと勉強しておこうかと思ったのだ。
何しろ俺は経験だけはいろいろあっても皆事故か暴力で片付けて片っ端から忘れるようにしていたし、強要されている間は頭の中で羊でも数えているだけだったので、色事は苦手で。
つまりは奴にリードされっぱなしだったのだ。
どんなことでも奴に遅れをとるのは非常に悔しい。
そこで、何かいいテクニックでもないかなと思ったのだ。
が。
表紙をじっくり見てみると、どうやら相手の好みによっていろいろな雑誌があるらしい。
「デブを愛する君に」
「特集!素敵な兄貴とめぐり合いたい野郎たちのためのウェブサイト」
「年の差カップルを目指して」
「ハゲ親父の魔力」
あおり文句も様々だ。
だが、どれを選べばいいだろう。
中を確かめたい気もするが、余り素手で触りたくない。
長いこと立っていても仕方ないので、店員に
「初心者用の本をくれ」と頼んだ。
こんなのを家に持って帰ってピノコに見つかっても嫌だし、どうしようか。
思いながら歩いていると、小さな公園があった。
日陰だらけでほとんど遊具もない。
トイレも古そうで、入る気にならない。
でもベンチがあったので、誰もいないしここで読んでしまうことにする。
「ホモの本」グリーコ出版か。
聞いたことがないな。
目次を見る。
2丁目の出会いポイント
売り専って? ハッテン場って?
ノン気が相手の最初のセックス
リードを取りたい時のマル秘テク
・・・
・・・・・・・・・・・・。
適当にぱらぱら見てみる。
ここら辺は夜になるとホモの出会いスポット満載の場所になるらしい。
店によって、集う人種? が違っていて、デブ好き御用達とか、老人相手にしたいやつ向きとか、ハゲばかりとか、いろいろあるらしい。
同好の士が集まって相手を探す店と、売春専門の店がある、と。
こんな記事は俺には関係ないな。
セックスにもずいぶん種類があるらしい。
俺は肛門と口くらいしか使われたことがなかったが、ひじを曲げて、とか腿の間に挟んで、とか膝の後ろ、とかとにかく圧迫できればどこでもいいらしい。
すごく不自然な格好になりそうな感じのもあるが、まあ出ればいいのか。
ずいぶん即物的なものなんだな。
読み進めていると、誰かが前に立った。
ただでさえ薄暗いのだ。
むっとして顔を上げたらマッチョな感じの男だった。
油でも塗っているのか肌がてかてか光っている。
赤っぽい肌は、日焼けマシーンのせいか。
そいつは口笛を吹くと
「兄さん格好いい。その傷メイク? 本物?」
と聞いてきた。
無視していると隣に座ってきて
「ねえ、俺とか好みじゃない? 一発やろうよ」
と肩を抱いてくる。
「好みじゃないね」
と突っぱねると結構あっさり引いていったので、本の続きを読もうとすると、また人影。
「じゃあ、俺はどう?」
と聞いてきたのは童顔の少年っぽい男。
「いや、悪いが」
と続きを読み進めようとすると、ハゲの太ったじじいが
「お前さんみたいのは、やっぱりわしのようなマニアックな奴が好みじゃないかい?」
と尋ねてくる。
どうなってるんだ? とよくよく周りを見回したら、いつの間にか公園の街灯が点いていて、そこら中に(推定)ホモの人々がいる。
ああ、そういえばハッテン場の説明のところに、2丁目の公園は相手を求め合う手軽なハッテン場だって書いてあったっけ。
ここがそうだったのか。
これはやばい、と席を立とうとしたら
「まさか本物でもないのに冷やかしで来たんじゃないだろうな」
と凄まれた。
「ホモの本をここで読んだら『だれでもいいから突っ込んでくれ』って意味だろ。ほら、好みがあるならだれでも選べよ。大勢が好きなら何人か立候補するし。」
どうも、大真面目に言っているらしい。
市場のセリのように、ちょっとした動作に符牒が決まっているのか。
ちょっとした立ち回りを終えて大通りを歩きながらおかしくなる。
俺、馬鹿だ。
少し本を読むくらいで何がわかるってんだ。
テストの前の一夜漬けじゃあるまいし。
オペだって開いてみないとわからない情報はある。
本を読んでもビデオを見ても、現場に立たないと実感できないこともある。
感覚は実地で覚えるのが一番なんだ。
今まで俺は覚える気がなかったけど、今は覚える気があるし、教えたがってるやつもいる。
そいつに教えてもらうのが一番じゃないか。
最初はリードされたっていいや。
10年20年たって奴のが役に立たなくなってきたら、今度は俺がかわいがってやる。
2人とも荒っぽいことに巻き込まれやすいから、そこまで生きているかどうかわからないけど。
もし生きていたらそうしてやればいい。
キリコが聞いたら怒りそうなことを考えながら、俺は今度誘いの電話があったらキリコの家に行こうと決めていた。
管理人は以前新宿2丁目に勤めていました。といっても普通の事務所ですし、いわゆる「その場所」から外れた極普通の界隈でしたが。噂のせいで、新宿駅から10分以内なのにテナント料がすごく安いのだそうで。
近くの郵便局がもろに路地の中だし、会社取引の銀行は目抜き通りを直進するのが一番の近道なのですが、午後4時過ぎくらいに通るとやたらとマッチョで肌をてらてら光らせた方々が鋭い眼光で品定めしていました。
近所に美容院ができたので、忙しいし昼休みに切ってしまおう!と入ったらそこはホモご用達の店で「女の子の髪を切るのは初めて」と言われ、どんな髪型にされるか非常にびくびくした思い出もあります。
ディスプレイの写真は女の人だったから、そんなこと全然気づかなかった・・・。
でもBJはどんなテクニックを求めていたのでしょうか(笑)。
ご感想などいただけると幸いです。