過去の男-キリコ視点

 

 

 

俺は、思い出の町に来ていた。

以前、行き倒れた俺を助けてくれた人がいた町。

自暴自棄になり、死ばかりを考えていた俺に、生きる意味を考えさせてくれた人を埋めた町。

この町の外れの方にひっそりと建っていた家には、今は他の家族が住んでいる。

遠目に見た家から、小さい子供が元気に飛び出てきた。

もう彼を偲ぶよすがは残っていないだろう。

でも、そのほうがいいのかもしれない。

きびすを返して、町の中心に戻る。

 

スーパーで適当に昼食になりそうな食材とワインを買う。

棒パンとパテとキュリというチョイスは、彼との食事を思い出したのか。

 

いつもこんな食事ばかりだった。

いや、金のない時はもっとひどくて、パテをほんの薄くしか塗れなかったっけ。

ワインもいつも1番安い量り売りの奴を、水みたいに飲んでいた。

 

今日はそれよりももうちょっとだけいい奴を。

少しまとまった金が入った時に買っていた奴。

墓に向かう途中、花屋を見つけ、買うことにする。

あの人の家で花など見たことがなかったが、俺が買いたかった。

大輪の元気が出るような花をあしらった花束。

墓場に飾るようなものではないけれど。

 

もう10年も放っていたから、 きっと荒れ果てているだろう。

思いつつも、覚悟していたより足が軽い。

それは、あの人が言っていたことにやっと応えられるようになったからか。

それもこれもあいつのおせっかいのせいなんだな、と楽しい気持ちになった時、妙な気配を感じた。

 

つけられている。

このところ、妙な依頼はあったっけ

でもこの首の後ろがちりちりする感覚は、確かに誰かの視線で。

ショーウィンドー、車のミラー、なんでも反射できるものは注意して、背後をうかがう。

ちらりと目を掠めたいものは、あまり堅気なようには見えない。

 

今日これまでの人生だったとしても、それなりにいい人生だった。

でもなるべくなら、せめて1度墓参りをして、その後死にたい。

あいつは怒るかもしれないけれど。

 

ああ、あいつは怒るだろうな。

でも俺たちはお互いにいつ死ぬかわからない、綱渡り職業だ。

だからこそ、会えた時が大事なのだ。

 

どんどん寂れていく道を歩きながら、あいつのことばかり考える。

そして思う。

こんなにもあいつが俺を侵食したのだと。

そして侵食された分、俺もあいつを侵食したのだうと。

 

もっとすぐに仕掛けてくるかと思ったのに、無事に墓場まで着く事ができた。

良かった、あの人にあいつを報告できるかもしれない。

つずつ墓を確かめながら、ゆっくり歩く。

気配はなぜか墓地の前で止まってしまった。

目的の墓を探すふりをしながらうまく後ろを振り向いた晴、一瞬だけ相手の姿を見た。

目を疑う

俺はすごく意地汚くて、何でもあいつに見えるのだろうか。

黒づくめの服装というだけで。

 

でもただのスナイパーだったとしても、ちゃんとまで着いて良かった。

暮を確認し、あいつに話しかけるように

「どうせならこっちに来て草むしりでも手伝え」

と言ったら、後気配が動いた。

撃つなら俺が振り向かないうちにしてくれと思ったが、我慢できずに振り向いてしまう。

 

心臓が止まるかと思った。

自分の目が信じられなくて、すぐに墓に向く。

幻覚なら、俺は本当にイカレ頭だ。

でも俺のすぐそばまで来て

「ここは」

と問う声も、顔も、さっきまで思い出していた奴そのものだった。

 

信じられない思いで、でも動揺を隠しつつ

「俺の恩人の墓だ」

と説明する。

頭がふわふわして、ものが考えられない。

機械的にわれた事に答えつつ、とにかく体を動かして動揺を抑えようと上着を脱ぐ。

手伝うように言うと、奴もそそくさと上着を脱いで草をむしり始めた。

 

10年も放っておいたにしては、被害が少ない。

きっと周りの人たちが、時々世話をしてくれたのだろう。

あまり人付き合いのある人ではなかったが、何人か知り合いがいるようだったし。

大きい株を引っこ拔くのは骨が折れたが、それでもしばらくがんばるうちに荒れ果てた印象は見違えるほどなくなった。

 

「そろそろいいか」

と伸びをすると奴も腰を上げた。

ぼきぼきっと威勢のいい音がする。

ちょっとからかうとすぐに反応して言葉を返す負けんの強さ。

やっぱり本物だ。

嬉しくなる。

 

水道で手を洗ったあと、に戻る。

墓石が汚れているが、水を運ぶ術がない。

ワインをあけ、それをかけて汚れを落とす。

 

こんなことしたら、あんたはもったいないと怒るかな。

でも、あんたも飲んでくれよ。

そのまま俺も口をつけ、あんたと乾杯

 

ら、こいつが俺を変えた人問だ。

見てくれよ。

そう心の中で話しかけつつ、奴にもワインを回す。

あの人によく見えるように。 

 

腹も減ったし、昼食の支度をする。

と言っても棒パンにパテとキュリを挟んだだけのものだが、奴も文句を言わずに食ている。

俺に付き合ってくれているのだろうか、普段も無口だが、をかけておとなしい。 

それとも腹が減っているだけだうか。

 

パンがなくなったところで改めて花を取り、に向かう。

ずっと来られなくて悪かった。

でもやっとあんたに顔向けできるような気がするんだ。

あんたと別れた後もやっぱり死に場所ばかり探していたけれど、今、俺は自分の役割が終わり死ぬことになるまで、生き統けたいと思っている。

 

気になる奴ができたんだ。

 

まるっきり主義主張が違って口論が絶えなかったけれど、このごろは少しずつ折り合えるようになった。

あんたと同じくらい大事な人。

何でかここまでつけてきたのは、あんたもこいつを見たいと思ったのか?

 

神も死後の世界も信じていないけれど、彼がそこにいるような気がして感謝の気持ちに包まれる。

 

墓の前から立ち上がり

「何か聞くことはある

と問うと

「この下に眠る人のこと、 聞いていいか」

と言われた。

 

何から話そうか。

迷いつつも口を開き、彼のことを話した。

 

話しているうち、いろんなことを思い出した。 

起きられない間作ってくれた粥が、いつも舌を焼くほど熱かった事。

なかなか食べられないでいるとスブンを奪い取られ

「ぜんぜん熱くないじゃないか」

と言いつつ、それでも1さじずつ冷ましては口に運んでくれた。

 

「お前、あまり器用じゃないな」

と言いつつ手順を何度も見せてくれた指先。

ひそかに結構器用だと思っていたのでショックだったが、確かに彼の手つきは常人とまったく異なるものだった。 

 

夜に手を出されるのは苦痛だったが、それは相手を十分に信頼していなかったからで、肉体的には快感があった。 

多分いつのやりようよりも。

信頼が深まった頃には彼のほうも体調を崩していたのでそれどころではなかったが、1度くらいきちんと抱かれれば良かったかという思いもある。

 

まあ今はこいつ以外考えられないけれど。

もうちょっと普段の冷静さがあればいいのに、何でいつも暴走するのだろうと思うが、オペのときとまったく違うおろおろした感じも好きなので、ずっとこのままでも構わない。

 

最後の日々のことは今考えてもどれが最良の方法だったのかと悩む。

ずっともがき苦しむ姿ばかり思い出し、自分の決断時期に後悔していたけれど、今お互いに納得する時問も必要だったのかもしれないと少しだけ思う。

 

あんな風に話を聞けて良かった。

きっとあの時、あんなふうにでなければ聞けない言葉だった。

あの人も寡黙だったから。

改めて安楽死の前に本人と家族の気持ちの整理をつける時間の必要性を痛感する。

 

こんな話、こいつは怒り出すかと思ったのに、案に反して最後まで話を聞いてくれた。

俺が安楽死を始める話なのに。

 

話せてよかった。

彼との思い出がこんなにもよみがえってきたから。

ずっと蓋をしてきた記憶だったが、れからはこに来るのもつらくないような気がする。

 

ワインもなくなったし日がかげってきた。

「行こうか」

と立ち上がると奴が

「俺はお前の順繰りなのか」

と聞いてきた。

 

何を言っているんだ、こいつは。

思わず吹き出してしまう。

まるで妬いているみたいな口調じゃないか。

 

正直、付き合い始めの時にはそういう気持ちもあった。

あまりに性にナイーブで悪い印象しか持っていないこいつに、セックスは悪いことじゃない、気持ちいいし、 お互いに理解しあともあると教えてやりたかった。

そうしてこいつの心の傷がふさがっていくのを見ていたかった。

 

でもそれだけじゃない。

お前をもっと知りたいからセックスしたいと思ったんだ。

んなことを知りたいから、抱かれるのだって甘んじているんだ。

そうして混じっていくたび、少しずつ自分が変っていくような気がする。

でもそんな風に変わってもいいと思えるのはお前とだけなんだ。

 

外でキスした。

奥手なこいつがこんなことを許したのは初めてだった。

外で手を握った覚えもないのに。

 

なあ、こいつが俺を変えてくれたんだ。

すごいだろう?

土の下の彼に、そっと話しかけた。

 

ホテルに連れ戻り、部屋に入ったところでうかつさに気づいた。

あ、俺今日持ってない。

奴はすたすたと中に入っていく。

かばんを置き、コートと上着を脱ぎざま、の方を向いた。

「悪い。ちょっと薬屋に行ってきていいか。まさか会えると思ってなかったから用意してない

正直に白状したら

「いいから来いよ」

と手招きされた。

 

もしかして、こいつも自分で用意するようになったんだろうか。

それなら嬉しい

たぶん他の誰かじゃない、俺のために用意してくれたんだろうから。

それとも不本意に誰かにされそうになった時の用心だろうか。

いつって思考回路がちょっと常人と違うからな。

 

上着を脱ぎつつ近づくと肩に手を置かれ、キスを待つしぐさ。

いつもこらへんで俺の目にフィルタがかかる。

ごつくて不愛想で偏屈なあいつのしぐさがでも可愛げに変換されてしまうのだ。

でもこのフィルターは心地いい。

キスしながらベッドにもつれ込む。

 

キスを繰り返しながらお互いにシャツを引き上げ、素肌を触りあう。

ああ気持ちいい。

ほんのりとの句い。

普段こいつは偏執狂的に体を清めるのを大事にするからこういう匂いは新鮮で、ちょっと興奮する。 

まあ、いつもおり途中で「待て」が入るのだろうが、それまでしっかり楽しませてもらおうと首筋に吸い付く。

 

ん、汗の味。

 

夢中で吸い付いているうちに、シャツのボタンをはだかれた。

乳首のあたりを触れられて、くすぐったくて仕方ない。

ら、そういうことやめろって。

俺のほうがくすぐったがりなんだから。

 

奴のボタンもはずし、お返し。

あ、いつもより反応がいい。

そのまま乳首に吸い付いて色々試すと、すぐに興奮を示してきた。

 

頭と肩に手を置かれ、抱え込まれる。

気持ちよさそうな息遣い

なんか嬉しい。

余計に奉仕してやりたくなる。

 

ズボンを抜き取り、尻を揉む。

こねるようにちょっと強く揉み解すと、 俺に体を摺り寄せてきた。

穴に触れようとして、用意をどうしようかと考える。

「お前、何か用意するもの持ってるか」

聞く

「俺のカバンにワセリンがある」

と小さくつぶやく

これか、と探して戻り、指ですくおうとしたら

「俺がやる!」

と手を出された。

 

「今日ちゃんと処理してないから俺がやる。朝オペが終わったあと排便して、そのままだから指が汚れる」

と起き上がるので

「どうせなら俺にされているときみたいに寝転がって脚を開いた方がやりやすいんじゃないか」

と冗談のつもりで言ったら

「そうか」

とおもむろに寝転がり、塗りつけ始めた。

 

こういう冗談の通じないところ、いいなあと思う。

多分、俺にどんな目つきで見られているかなんて気づいてないんだ。

自分がどんなに扇情的な格好をしているかなんて、自覚してない。

いや、たぶんそう見えるのはフィルターのせいだろうけど、俺にとってはこの上なく扇情的。

 

俺がじっと見ているのに気づいたのか、奴が少し頰を染め

「軽蔑したか」

と言う。

「なぜ」

と聞くと

「俺、浅ましいから。洗浄する暇も惜しいくらい、今すぐお前としたいんだ。もし尿道炎にでもなったら悪いとは思うんだけど。こんな姿、見て萎えたか けどこれも俺なんだ。悪いな」

と目をそらす。

 

こいつって何でこう馬鹿なんだろう。

「そんなこと考えていると、手が止まるぞ。ちゃんとほぐせよ。ほら、前も

ともう片方の手で自身を握らせ、上から手を添えて動かす。

 

「んん」

とうめきながら両手を必死に動かそうとするこいつ。

「根元、押さえて出ないようにしろ」

と言いつつ、後をほぐさせながら限界ぎりぎりまでいじった。

耐え切れずに、でも両手がふさがってすがることもできずに跳ねるこいつを組み敷き、わめき出すまで我慢させ、指を抜かせる

ティッシュを抜き取り、丁寧に拭いた。

そのまま指先に接吻。

 

「やめろ、汚い。本当に汚いから」

と手を抜き取ろうとするのを許さず、わざとらしく指をなめる。

ほんの少し匂いはあるが、指を覆っていたワセリンをふき取ったのでそんなに汚いわけじゃない。

いや、本当は雑菌だらけなのは知っているが、健康な時なら少々の雑菌、体が何とかするものだ。

野戦病院の経験のある俺は、他の医師と衛生観念が少し異なっているのかもしれないが。

 

俺はお前の汚いところも嫌なところもみんな知りたいん

だから教える。

味あわせろ。

 

「サックは持っているか」

と聞くと

「ない。そのまましてくれ」

と言うので、熱く緩んだ中に入った。

長くほぐされていたので途中までは2回目の時のように入ったが、はきつい。

他をいじってあやしながら入れていく。

途中でいいところをこすったのか、奴があわててまたの根元を押さえた。

「出してもいいんだぞ」

と言っても首を振るので、そのまま揺さぶっていく。

 

きつい。

普段より我慢している分、力が入ってしまうのだろう。

それを押し開くように、かなり強引に動く。

あいつがもう片方の手で一生けんめいすがってくる。

 

すすり泣きながら、それでも自分は抑えようとんばる姿。

あとちょっと、俺もすぐに追いつくから。

 

我慢できずに手を離した自身から勢いよく精力がほとばしった。

その瞬間内部が激しく動き、俺を搾り取っていく。

長く、激しく。

極楽の瞬間。

 

余韻を十分楽しんでから引き抜いた。

奴の腹から胸に散らばった液体を塗りつけて遊んでいると、脱力して閉じたままだった目が開いた。

笑いかけると、ぎこちなく返してくる。

この瞬間もお気に入りだ。

こいつが抱かれるより抱く側になりたい気持ちがちょっとわかる。

でもやっぱりわからない。

肉体的にはこっちの関係のほうがお互い絶対に相性がいいと思うから。

 

ま、もうちょっと色々試せば逆ももっと楽しくなるのかもしれない。

こいつがあの人くらいうまくなったら、俺は多分今よりずっと気持ちいいから。

ネコの快感って、相手にゆだねきれるなら、多分すごい。

…そんなことになったらおかしくなって変な約束取り付けられそうだから、一生なくていいけれど。

こいつ俺と違って、弱みに付け込むのがうまいからな。

 

そのまま精液を残していると腹痛や炎症の元になるので、風呂に連れて行って内部を洗浄した。

まだ快感が残っているのか、反応を見せるのを見ない振りして。

あとで何とか用事を見繕って薬局に行こう。

夜にもう1度くらい、いいよな。

かなりぐったりしているからもう嫌だ、と言うかもしれないが、明日オペでもない限り最後は付き合ってくれるだろう。

 

ベッドまで付き添い

「ルームサービスでも取るか」

と開くと

「何か外で見繕ってきてくれよ。それでついでに」

とちょっと言いよどみ

「その、薬局でいつもの用意を買っておいてくれ」

と統けられた。

いつもの仏頂面だけど、目元がほんの少し赤い。

「今日はお盛んだな」

とからかったら

「だめか

と逆に問われた。

お前、他の奴にこういう目で見るなよ。

俺だけにしろ。

 

無理を言ってレストランでディナーを2人分テイクアウトさせてもらい、いそいそ帰ると部屋はもぬけのだった。

何だ、あいつ。

何か用ができたのだろうか。

それまで高揚していた分がっかりしてもそもそ食事を始めたが、1人の食事なんてつまらない。

あいつ、どこに泊まっているんだろう。

そんなことすら聞くのを忘れていた。

 

テレビでも見るか、と腰を上げかけたとき、ドアがノックされた。

半信半疑のまま開けると、奴だった。

「部屋、チェックアウトしてきたんだ。今晩泊まってもいいよな」

と当然のように言うさまが憎らしい。

でも嬉しい。

2人になってつつく食事はさっきまでと別物のようにうまいのだ。

冷めて硬くなっているというのに。

本当に俺の味覚なんて大したもんじゃないなと思う。

 

食後に酒を口移しで飲ませあって遊んでいたら、奴が急に真顔になった。

「さっきの墓の奴と俺、どっちがうまい?」

と聞かれてとっさに

「何がだ?」

と聞き返すと

「だからつまり、床の話だ」

と目をそらす。

「本当にそれを聞きたいのが?」 

と聞くと無表情にうなずかれた。 

 

ん、ここで事実を話すとまずいかな。

でもお前のほうが上手、と言ったら俺は大嘘つきだ。

仕事でも何でもこいつに嘘はつきたくない。

言葉は濁したいが。

 

「それが俺を抱くときのことだったらお前は初心者、あっちは手だれだ。勝負するほうがおこがましい」

という言葉に、奴の目が暗くなる。

「でも、抱かれて楽しいのはお前さんだ。お前だってよく知っているはずだろう。好きでもない奴に抱かれても楽しくもなんともないのを。あの頃の俺は無気力で自分の体なんてどうでも良かった。あの人のことも物好きな奴が体目当てに俺を拾ったんだろうくらいにしか思ってなかった。寝かせるために抱いてくれていたのだとわかったのはしばらく経ってからだ。わかった頃には彼の体はぼろぼだった。1度位きちんと抱かれたら気持ちよかったかも、とは思うけれど、あの時は攻められても快感が苦しかっただけだ」

俺を注視する奴の手を握りながら

「まあ、もうちょっとお前がうまくなれば抱かれるのも悪くないかもしれないけれど、のところは逆のほうがずっと気持ちいいな」

と言うと

「じゃあ抱いてくれよ」

と引き寄せられた。

 

もしかして、本当に妬いているんだろうか。

天下のブラックジャックが

まさか、と否定しつつもうぬぼれたくなる。

引かれるまま奴の上にのしかかり、触れ慣れた唇同士を合わせた。

 

貫かれながら

「なあ、気持ちいいか。お前も気持ちいいか

と聞くこいつ。

「気持ちいいけど、 お前が我を忘れたらもっといい」

と言うと、べそをかく直前みたいな顔になった。

そんなこと考えられないくらい揺さぶってやうか。

なぜか凶暴的な気持ちになり、動きの取れない体勢にして、泣き声を出すまで攻め抜いた

そんなに必死でついてこようとするのを、わざとタイミンダを外したりして。

それなのに一戦終わるとぐったりしながら

「お前、俺のことばかり気遣うなよ。俺、お前も気持ちよくしたいんだ

と言われ、泣きたくなった。

 

俺はお前と過ごすとき、いつも気持ちいいよ。

口論した後はつらいけど、それでも感情が動くんだから。

「お前はすごく気持ちいい。そんなこと言うと際限なく相手させたくなるぞ」

と髪をすくと

「してくれよ。本当に気持ちいいなら。俺、順繰りは嫌だ。他の誰かにじゃなく、お前に返したいんだ。だから借りを返すまではいなくなるなよ」

と同じように髮をすかれた。

 

お前が俺に何の借りがあるって言うんだ。

とっさに思い、それから、もしかして俺もあの人に少しは借りを返せていたのかもしれないと思った。

それにもしかしたら、今からでも返せるのだ。

あの人の望みは、俺が前向きに生きていくことだったんだから。

こいつといれば、前向きにならざるを得ない。

 

「じゃあお前も下手な死に方するなよ。俺の方が、借りが多い」

と言うとしばらく考えてから

「グマか?」

と言うので笑ってしまった。

きっと人は気づかぬうちに誰かを傷つけ、思わぬことで誰かを救っているのだろう。

 

「明日腰が抜けても文句言うなよ」

と言うと

「望むところだ」

と返されたので、今度はじっくり互い楽しめるようなことをした。