逆ひげ
夢うつつのまま、気づくと俺は組み敷かれ、抱かれていた。
キリコ、まだ眠いんだ。
なんか体がだるくて。
お前、何がっついているんだ?
寝ぼけていてうまく伝わらなかったのか、手は止まらずまさぐり続ける。
ま、いいか。
半分寝たままでもあっちがいいと言うのなら、俺が寝たままでもいいんだろう。
ああでも眠い。
こんなに眠いんだからほっといてくれればいいのに。
大体ちゃんと体を洗っているのか?
なんか匂うぞ、これは腋臭だ。
いつも清潔好きのお前が何で。
大体、どうやってお前のところに着いたっけ。
パキスタンの地方でオペをして、終わったところで家に電話したらお前からの伝言があって。
お前の泊まっているホテルが同国内の国際線の発着都市だったから、お前のホテルで落ち合う約束をして。
そこに向かったけれど、途中で1泊しないといけなくて。
それから。
唐突に目が覚めた。
薄暗い部屋の中、複数の男が俺にのしかかっている。
そこは確かにさっき俺が荷物を置いた宿の部屋だった。
バスが着いたのが遅かったので、リクシャーに勧められるまま適当な宿に泊まったのだ。
部屋で寝る支度をしていると、主人からのサービスだというミルクティーが運ばれてきた。
普段ならこんな宿の「サービス」には気をつけるのに、うっかりと飲んでしまい、このざまだ。
もがこうとするが、体がしびれたようになっていてまったく力が入らない。
「気がついたか」
と言う男のカレーくさい息が気持ち悪い。
「別にちょっと付き合ってくれれば、命まではとりゃあしない。どうもいい夢、見ていたようじゃないか。一目見たときから思ったが、やっぱり男に慣れているんだな。しばらくの間、俺たちにも付き合ってくれよ。もう溜まっちまった奴らばかりでね。」
と言う下卑た顔。
こんな奴らとあいつを間違っていたなんて、自分自身にがっかりだ。
でも動けないし多勢に無勢、言いなりになるしかないんだろう。
幸いなのは、今回の報酬が前払いだったことだ。
もし多額の現金なんて持っていたら、それこそ命が危険になる。
もちろん、この国でも少しずつ凶悪犯罪が増えてきているし、気の荒い男たちの国だ。
下手をしたらナイフでぐっさり、そのままポイだろう。
体だけが目的だと言うなら下手に騒がず様子を見るか。
「そうだ、そんな風にお利口にしていればいい目にあわせてやるぜ。どうせならお互い楽しもうじゃないか。」
と言うフェンネル臭い息。
カレーとフェンネルと腋臭か。
たまらんな。
とりあえず3人に心の中であだ名をつける。落ち着く呪文だ。
薬が抜けるまでは抵抗はなし。
なるべくおとなしくしておいて、油断したところを逃げるが勝ちだな。
コートはすぐ近くの椅子にかけてある。
あそこのメスを使えばこんな奴らなんでもないが、それにはベッドから転げ落ちて1回転しなくては。
薬が抜けてもリスクが高い。
一番いいのはやりつかれて注意が鈍ったときだろう。
なるべく体力を温存して一眠りしたいところだが、そうもいくまい。
どうせならもうちょっと眠っておけばよかった。
せめて奴としているとでも想像しておくか。
昔はまったくの不感症だったが、今はもうそんなことないんだ。
どうせなら不愉快な思いをするより、少しでも楽しんで。
そう思うが、ざわざわ触られたり拡げられたりしているのはわかるものの、薬が効きすぎているのかほとんど感覚がない。
こんなに薬を盛ってしまうと相手の反応なんてほとんどないだろうに、楽しいのだろうか。
とりあえず、便所として使えればいいだけなのか。
それならまだニワトリでも相手にしたほうがましな気がするのだが。
しかし、今朝ひげを剃ってしまったのはうかつだった。
オペも無事に済み、患者の予後も良好で、しかも奴とこんな所で会える偶然が嬉しくて、ついのんきに風呂に入り、誤って剃ってしまったのだ。
普段は国際線発着都市に着くまでは蓄えておくのに。
ひげを剃ってしまったこと。
途中の道でがけ崩れがあったせいで大幅な迂回路を通ったために、バスの乗り継ぎに失敗して一晩泊まる羽目になったこと。
リクシャーを選ばず適当な交渉をし、怪しい宿だと思ったのに面倒くさくてそのまま泊まってしまったこと。
そしてそんな宿のサービスドリンクなんて飲んでしまったこと。
いつもならしない、うかつなことを続けざまにしてしまうとは、魔がさしたとしか思えない。
俺の上でがつがつと動いている人間の息をなるべく嗅がないようにしながら自嘲する。
「次は俺だ」と言う声と共に反転され、うつ伏せになったかと思うと腰を持ち上げられる。
ご苦労なこった。
体勢が苦しくて手をつくと、ほんの少し痺れが取れてきている。
薬は即効性のもので、思ったより早く抜けるのかもしれない。
喜ばしいことだがほかの奴らにばれないよう、なるべく力を抜いて揺さぶられるままになっておく。
前にいる男が俺の髪をつかんで引き上げ
「もうちょっと反応しろよ。寝ていた時の方がよっぽど色っぽい顔していたぜ」
と言うが、反応したくてもまったくと言っていいほど感じないのだから仕方がない。
後ろの奴に抱え起こされ、そいつの胡坐の上に座らされる。
そのまま俺の胸をいじりだし、ほかの奴が俺のをしごきだした。
中の物がゆっくりと動いている。
前立腺が刺激され、外からの刺激もあってちゃんと自分のが反応しているのが見える。
根元を押さえられ、先端を丁寧に弄られて腰がびくつくのが自分でもわかる。
でも全然気持ちよくない。
単に排泄感をさえぎられているだけだ。
どっちかというと背中に当たる腋臭の胸毛が気色悪くて仕方がない。
冷房もない部屋の中、人いきれで温度が上がって汗がたれるのが気持ち悪い。
これじゃ昔の俺みたいだ。
せっかく不感症じゃなくなったのに、こんなにセックスでつまらない思いをすることになるとは。
こんな薬、と拳を握り締めて、きちんと握れるのに驚いた。
いつの間にか薬がほとんど抜けている。
そっと指を動かすと、5本をばらばらに動かすことができる。
力も入る。
足の指も動かしてみたが、痺れはほとんど残っていない。
では、これは薬のせいではないのだ。
俺は、相手が奴でないのが不満なのだ。
ずっと前、やはりこの国で襲われかけた奴を助けたときのことを思い出した。
がくがく震えているのを「別に孕むわけじゃなし」と思っていた俺。
こんなこと、命や金さえ取られなければ大したことないとずっと思っていた。
でもそうじゃないんだ。
こういうことは、すごく嫌なことなんだ。
かたくなな体が反応を拒否するくらい。
では、俺は奴のことが好きだったのか。
そんな俺の体が反応を返そうとしていくくらい。
奴と色々な所で会ううち、悪い奴じゃないとわかってきた。
患者が絡まなければ話したり、飲んだりするのも楽しかった。
体の付き合いはあいつに誘われて、何となくのつもりだった。
関係が深まるに連れてあいつのことを少しずつ知ることになり、いい奴だ、と思うようになっていった。
「会えば楽しい」が「自分から会いにいきたい」相手になっていた。
でも「好きだ」と自覚したことはなかった。
あいつの元に帰りたい、とは。
今、俺はあいつのところに帰りたい。
俺がいなくなればあいつは、それにピノコも悲しむだろう。
二人とももしかしたら、いや、多分きっと俺を待ち、探すだろう。
逆の立場だったら俺が必死に探すように。
俺はもう一人じゃなかったんだ。
母が死んで以来、生きるも死ぬも俺の勝手、とずっと思って生きてきた。
失って困るものなど何もない。
誰も悲しまないのだから自分の命なんていつなくなってもいいと思って、わざと危険に突っ込むような真似をしてきた。
でももう違うんだ。
いつの間にか、俺は大事な物も、俺を大事に思ってくれる人も持っていたんだ。
キリコとピノコ。
二人とも俺とは血のつながりも何もない。
いつも一緒にいるわけでもない。
でもそんなこと関係ないほど大事なんだ。
そして、俺自身もあいつらにとって大事だったんだ。
急に恐怖がこみ上げてきた。
初めて自分が大事に思えたら、それが損なわれるのが怖くなったのだ。
死んではいけない。
帰らなくては。
今のところ命まで取る気はないようだが、逃げなければ薬漬けで下の奉仕が関の山だろう。
あのコートはさっき俺が掛けたままに見えるが、メスはちゃんとそのままだろうか。
今、男は3人目。
とりあえず一巡したし、手や口も使われたから2度ずつ位は出しただろうがそれで解放とは行かないだろう。
あまりやられ続けると足腰が立たなくなり、逃亡できなくなりそうだ。
「のどが渇いたな」と一人が飲み物を取りに立った。
もう一人は床に座ってのんびりくつろいでいる。
俺の中で最後を迎えた奴が自分のものを俺から引きずり出して後ろにもたれかかった。
今だ。
俺はコートに向かってベッドから転がり落ちた。
この話を書いたらこのシリーズも終わりだという気がして、ずっと先延ばしにしていたものです。