右手は外に出したままだから洗えないが、左手はしっかり指を絡ませて。

首筋を泡だらけの手で軽くこすると、くすぐったそうに身をよじった。

胸を探ると息を呑むのでついいたずらしてしまい

「そこはもうきれいになった」

と釘を刺される。

背中に狂犬の噛み跡を何箇所か見つけ、ベッドで消毒しなおす決意を固める。

足を引き寄せて指の股まで丁寧に洗っていたら、奴が腕の中で妙にもぞもぞする。

引き寄せすぎたから苦しいのかと思ったが、そうでもないらしい。

土踏まずのあたりをマッサージするように揉み解していると聞こえないくらい小さな声を出し、次の瞬間俺の手を振り解いて足を落とした。

ばしゃりと湯が跳ね、こぼれそうになった。

 

あ、そうか。

それでも懲りずに石鹸を泡立てなおし、もう一方の足を上げさせて洗い始める。

少しずつ顔が下を向いていくのなんて気づいてないよ、という振りで。

足を離して腹の下に手を伸ばすと

「そこは自分でやるからいい」

と端まで飛びのかれた。

激しく湯が揺れ、少々こぼれる。

ヨーロッパのように下手すると外にカーペットが敷いてある、という事はないが、日本の風呂のように排水がきっちりしているわけでもない。

「湯を揺らすな」

と言わずもがなのことを言うと、むすっとした顔をそらす。

横柄に俺に石鹸を泡立てさせると、膝立ちで局部を洗い始めた。

女と入る時にこんなことされたら誘われているとしか考えられないが、こいつは単に今俺に触られたらやばい、という一念なんだろうな。

以前、こいつは銭湯や温泉好きだと聞いたから人前で洗うことに抵抗がないのだろうが、あまり人様と一緒の入浴をしたことのない俺にとっては結構興味しんしんだ。

 

やはり右手を使えないとうまく洗えないのか、ビニールぐるぐる巻きの手を添えている。

それにしても妙な手順だな。

「お前、面白い洗い方するんだな」

とつい言うと

「え、じゃあお前はどうなんだ」

と首をかしげる。

「俺はこうやってこっちを洗ってからこう・・・」

と奴ので実践してみせたら

「自分のでやれ!」

と大慌てで飛び退かれ、また湯がざばっと外に出た。

 

「騒ぐな」

と引き寄せ、なるべく邪念を交えないように腹から腿あたりまで洗ってやる。

結構存在を主張しているものは、お互い見ない振りをして。

本当はここで一戦といきたいところだが、俺の中の医者の部分が「それは抜糸まで我慢」とうるさくてかなわない。

だが俺の中の男の部分がつまらながっていたので最後に肛門をつついてみたら、奴が「ぎひゃ」という変な声を立てて大きくバランスを崩した。

ざぶんと湯がこぼれる。

ずいぶん湯が減ったな。

 

最後に頭にシャンプーを振りかけて、丁寧に頭皮をマッサージする。

俺のシャンプーは猫毛用だから、髪の硬いこいつが使ったらもっと硬くなるだろうか。

こいつは自分で髪を洗う時はがしがし洗って終わりだが、俺にこれをされるのは好きらしい。

最初はいたずらを警戒した顔をしていたが、続けられるうちに気持ちよくなったのか、目を閉じてうっとりしている。

 

湯を抜きながらシャワーを浴びせて外に出るころには、硬かった奴の体がとろとろに溶けていた。

最後のシャンプーが効いたらしい。

上気した体に、傷跡が赤く浮き出ている。

ベッドまでの歩調がおぼつかない。

抜糸前なのに長い入浴過ぎたかな。

ベッドに座らせて右手の防水を剥ぎ取り、ハンドタオルを握りこむようにした上から包帯でぐるぐる巻きにする。

これなら力を入れようとしてもできまい。

毛布を下に落として、奴を倒して。

 

体を合わせるとお互いの大きさが如実に感じられて嬉しい。

バスタオルの上から握りこんで

「ずいぶん待たせたようだな」

とにやけて見せたら反射的に右手で俺のを掴もうとしたらしいが、その手はぐるぐる巻きだ。

悔しそうな顔をして、でもその中に仕事中のような険はない。

そんな顔が一瞬にして艶めく様を見るのが好きだ。

追い込んでいき、もうちょっとかな、というところで手を離して他の場所をむさぼりに行く。

 

もう4日も前のことだから凌辱の跡はかなり薄れたろうと思っていたが、風呂上りの今は炙り絵のように浮き出ている。

今まで独占心の強い方だと思った事はないし、これが不可抗力だったのも重々承知しているのだが、まるで頭と体が隔たれてしまったように指が、口が、手のひらが、体全体が、この跡を上書きしなければならないと動き続ける。

我慢できなくなったのか自分で慰めようとする左手を、指を絡めて制する。

罵倒の言葉も舌を絡めて消してしまう。

そうして奴の中に押し入った。

 

最初はそっとと思っていたはずなのに、すでにそんなこと考えられない。

刺激がきつすぎるのか逃げを打つ体を縫いとめてまだだ、まだだと引き出していくと、すすり泣くような声で俺の名前を切れ切れに呼ぶ。

何度も、何度も。

そんな声で呼ばれてしまうとなけなしの理性も吹っ飛んでしまって。

 

気づくとぐったりした奴の上で放心していた。

奴もまだせわしなく息をしている。

閉じていた瞼を開けた拍子に、何かがほろりと流れていった。

 

こいつはひどいことをされた直後だったのに、こんなに乱暴なことをしたのは軽率だった。

正気に戻ってすぐ後悔の念に駆られ、奴の目元を拭うと、逆にしがみつかれた。

「やっぱりお前じゃないとだめだ。ほかの奴は気持ち悪いだけだった。こういうのは、お前とじゃないと」

俺の肩に顔を隠すようにして絞り出すような声。

今の顔を見てみたいと強く思う。

替わりに奴が落ち着くまで硬い髪をいじっていた。

 

後の始末をつけて毛布をかぶせ、改めて体を抱える。

俺の背中にも腕が回されるのが嬉しい。

今まで事後のスキンシップはお義理でするものだったのだが、奴とこうするようになってからこの時間が得がたいものになっている。

こういう時だけ素直になれる奴もいるのだ。

でももう眠そうで、少々名残惜しい。

 

正直、今までどんな風に凌辱されたか嫉妬する気持ちがなかったとは言えない。

でもそんなの、もう知りたいとも思わない。

結局今日も深夜になってからまずいルームサービスを頼むことになるんだろう。

それもいい。

 

朝、奴のタクシーに一緒に乗って、中心街まで送ってもらう。

空港までは行かない。

空港にはポーターがいるから、自分で荷物を持つ必要もないだろう。

大体今、こいつは土産の袋を一つ持っているきりだ。

 

今日はどこをぶらつこうか、と博物館を覗いたりしたが、ふとした時に昨日の奴を思い出して困った。

おかしいことだ。

携帯の電源もまだ入れる気にならない。

ずっといると気詰まりになるのに。

でもふるさとは遠くにあって想うもの、と言うそうだし、俺たちはたまにしか会えないからこそやっていけるのかもしれない。

それともこれも、だんだん変わっていくのだろうか。

 

ともかく明日、俺は家に帰る。

ホテルに戻ったら、携帯の電源を入れるつもりだ。

しばらく奴とダブる依頼がないといいと思う。

 

 

一応、これで完です。

長い間ありがとうございました。

お感じになったことがありましたら、一言でもいただけるといつでも嬉しいです。

ちなみに私はシャワーで全身を洗ってからバスタブに浸かるタイプですが、湯の出の悪い国ではてきめんに風邪を引きます。