ゲテモノ屋

 

 

飛行場で、また安東に会ってしまった。

半ば強引にゲテモノ料理の店に連れ込まれ、訳のわからない生き血だの、クモのから揚げだの、すっぽん鍋だのを食べさせられる。

いちいち効能を教えてくれるが、どうもみんな精力たっぷり、夜のお供に、という奴らしい。

そんな店なのに女性客もいて

「すっぽんはコラーゲンたっぷりなんですって」

「じゃあお肌もプルプル?」

なんて笑っている。

時代も変わったものだなどと思いつつ食べていたら、体がぽかぽかしてきた。

これがいわゆる精力がついた状態なのだろうか。

「これからナンパに行こう。お前も仏頂面をやめて俺と一緒ならいい女とお近づきになれるぜ」

と言われるが、大きなお世話だ。

 

朝鮮人参酒もマムシ酒もものすごい匂いと味で、薬効があると言われなければ絶対に飲めない。

でも、このすっぽんという奴は思ったよりうまいな。

そんなことを思いつつ鍋をつついていて、ふと気がつくと安東がいない。

あれ?

店内を見回すと、いつの間にか女性客のところに行って

「俺たちと遊ばない? すっぽんを食べて元気になったでしょ。俺たちもギンギンなんだよう」

なんて言っている。

俺たちって、俺まで巻き込むな。

大体そんな下手な誘いに引っかかる女がいるもんかと思っていたが、なんだか雲行きが怪しい。

いつの間にか安東は女性3人の間にちゃっかりと納まり、肩など抱いて

「なあ、これからどこに行く? 大丈夫、2対3だって、俺たち元気だし。ちゃんと3人みんな満足させるよ」

と口説くのに熱心だ。

ああいうのって顔じゃなくて強引さが勝負なのだろうか。

「えー、私あの人がいいな。ちょっとすごい傷じゃない? 私、ああいう危ない人にいじめられてみたい」

「えー、私だったら逆にいじめたいな。ああいう強面の人って案外マゾだったりするんでしょ」

って、俺のことか!?

 

冗談じゃない。

「俺の分だ」

と勘定を置き、逃げるように店を出る。

「ちょっと待てよ。一緒に遊ぼうぜ」

という声がしたが、振り向かずに歩く。

君子危うきに近づかずだ。

女ども、そいつと付き合ってコレラやエイズになっても自己責任だぞ。

 

とはいえ、家に帰るには気分が落ち着かない。

変な話ばかり聞いていたのでこっちの調子も狂ってしまった。

家に帰っても悶々としそうな嫌な予感。

あ、あそこに公衆電話がある。

 

あいつに電話をかけ、行っていいかと聞く。

家にいて良かった。

ピノコにも電話。

悪い、飯はいらない。

明日は帰る。

そう言うと

「ちゃんと明日は帰ってきて。明日はピノコと1日一緒よ」

と言われた。

ごめん。

明日は早めに帰るから。

 

奴は俺に近づくと

「お前すごい匂いがするぞ。何飲んだんだ」

と驚いた顔をした。

「同窓生に会って、半ば無理やりなんかの生き血とかマムシ酒とか飲まされたからな」

と言うと

「じゃあ、マムシだな。すごい匂いがする」

と言って、それでもキスしてくれた。

「もしかして、それで俺の所に来たのか」

と髪をいじられると、即物的な体が熱くなる。

「悪いか」

と言うと

「風呂、浴びたほうがよさそうだな」

と上着を脱がされた。

 

この家の風呂は、もうなじみだ。

こいつと一緒に風呂に入ったことだって、何度もある。

でも今日は並んで洗っていても、すごく相手が気になってしまう。

こんなところでのんきに洗っている場合じゃない。

俺のほうが狼になってしまいそう。

とにかく急いできれいになって、奴の体に触りたい。

なるべく早く。

 

俺が急いで洗っているのに、奴めのんびり体を洗っている。

スポンジに石鹸をこすり付けてよくあわ立て、首から腕へ、胸から腹にかけて、それから背中へ。

左右の腕を交互に使って背中をこする、そのときに浮き出る筋肉の流れ。

伏せたまぶた。

 

畜生。

 

スポンジを取り上げて奴の背中をこすりながら、本当は雑念だらけ。

俺はなんていやらしくなったんだろう。

こいつのこの腕に抱かれたいのに、今この場でこいつを押し倒したくもあって。

俺はマゾじゃないんだ。

誰かの下でもだえるなんてごめんだ。

 

そのまま奴の前に手を伸ばし、その弾力を楽しみながら石鹸をつけると、ちょっとあわてた声がした。

「こら、どうした。お前、性急だぞ」

と言われたが、俺はもうなんかぐちゃぐちゃになりたい。

「俺がしたい。だめか」

と言うと、俺のほうを向いてじっと見てから

「もししたいなら、俺がした後だな。お前の力が抜けた後で、どうしてもしたいって言うなら付き合うから。だから流してベッドに行こう」

とキスされた。

 

舌が入ってくる。

俺、まだ歯を磨いてないのに。

まだ舌にマムシ酒の嫌な後味が残っているのだ。

絶対気持ち悪いはず。

なのにこいつは嫌がらない。

我慢していてくれるんだ。

嬉しくて、少し切なくて、両腕で首にすがりつく。

 

本当になんでこいつはいつも付き合ってくれるんだろう。

さっき言われたとおり俺は傷だらけで、だからきっと感じやすいだろうとか、マゾだろうとか、気持ち悪いとか、色々言われすぎたからもう思い出せないけれど。

 

いい加減吹っ切ればいいと思うのだ。

こいつは裏切らない。

嫌なこともしない。

俺は安全なんだ。

 

なのに俺はいまさら怖い。

霧の中のものを見るように細部は思いだせない事柄。

俺自身が無意識に注意深く締め出したもの。

そのときに張っていたバリアが今頃剥がれ、見ないで、聞かないでいたことが押し寄せてくる。

一人の時にはなんでもなかったことが、怖いなんて変だ。

 

「やっぱり今日は甘えちまおうかな」

耳元でささやかれて、大慌てで顔を見る。

「たまにはマグロでいるのも面白そうだ。だが言っておくが、乱暴はするなよ。俺はお互いに気持ちいいのが好きなんだからな」

という言葉になぜか涙腺が緩みそうになり、湯をすくって奴と俺、交互にかける。

俺はまた変だったんだろうか。

わがままを言っているんだろうか。

でも。

 

奴は処理をしてから来ると言うので、一足先に風呂を出て寝室に行く。

ベッドに座りながら、これからどういう手順ですればいいかと、今までの奴の動きをおさらいしてみる。

できるだけ落ち着いて、と思っていたのに、あいつを見るともうだめだ。

腹の中でかっかと燃えているものが、たぎるように襲い掛かる。

 

ああ、めちゃくちゃにしたい。

めちゃくちゃになりたい。

やつを組み敷いて噛み付きたい。

食い破りたい。

そして反撃されて噛み付かれ、俺の嫌なところを全部食ってしまってもらいたい。

 

そうしたくなって、寸でのところでやめた。

自分が怖くなってしがみつく。

「どうした」

と聞かれても、答えられない。

首を振ったまましばらくそのまましがみついていた。

 

「ほら、何がしたいんだ?」

と聞かれ、しばらくためらったが

「噛み付きたいと思ったんだ。甘噛みじゃなく、がぶっと思い切り血が出るほど。俺、今日はおかしいから帰る」

と離れようとすると急にベッドに押し倒された。

あ、と思う間にのしかかられ

「あ。 わ。 わああああっ」

噛み付かれた。

がぶりと、本当に容赦なく。

首の付け根、左腕、わき腹。

暴れようとしても、肘を上から押さえつけられ、逃げられない。

あまりに意外で声が押させられず、大声でわめく。

 

もしかしたら、噛む力自体はそんなに強くなかったのかもしれない。

ただ恐怖をあおるように噛んだ状態で歯をぐりぐりとこすりあわされ、緊張した筋肉がこすれるのがわかる。

このまま力を込められたら噛み千切られると半ば諦めが入ったとき歯が外れ、歯形を丁寧になめられた。

すっかり縮んでしまった俺に手が伸び

「悪い事したか」

と先をぽんぽんと軽く叩かれる。

 

つぶっていた目を開き

「何するんだ」

となじると

「先に同じだけ齧ったんだ。お前も3回までにしろよ。俺は本当に痛いことは大嫌いなんだからな」

と目尻をなめられた。

「しょっぱい」

と皮肉げに笑われる。

泣いてなんてないぞ。

たぶん目をぎゅっとつぶりすぎただけ。

 

奴が俺を抱きしめたまま反転したので、俺が上になった。

「キス」

と言われ、そのまま体重を預ける。

さっき歯を磨いたので、きっとマムシ臭もそんなにないだろうし。

俺も少しはうまくなっているはずだが、大概先に夢中になる。

呼吸が上がり、またもぞもぞした気分になる。

 

首筋に噛みつこうかと思ったが、3回と言われるともったいない気がして歯を立てただけにとどめる。

でも奴は噛まれると思っていたのか首筋がぎゅっと緊張し、しばらくして弛緩し、くすぐったそうにすくめられる。

あ、なんかいい。

肩も、当てるだけ。

乳首、片方は吸うだけにして、もう片方に軽く噛み付く。

ちょっとうめき声が上がるが、そのあと丁寧になめたら奴の手が自分の髪にかかった。

自分の頭を抱え込むようにして髪にすがっている。

長い髪に指を入れて、髪に掴まるようにする奴の、表情。

男そのものの顔なんだけど。

 

なあ、髪の毛なんて俺が触ってやる。

そんな物より、俺に掴まってくれ。

俺に触って。

目を開けろよ。

 

心で思うだけのはずの呟きが口から漏れてしまい、奴が目を薄く開けた。

目尻がほんのちょっと下がる。

あまり表情を変えないこいつの笑い。

髪から手が離れ、俺の肩を抱える。

「お前って」

そのまま言葉が続かないので

「何だ」

と聞くが

「なんでもない。続きをしてくれ」

と言うだけだ。

 

「そこ・・・そう。 うん。  そうじゃなくて・・・あ。」

奴が切れ切れの言葉で俺を昂ぶらせる。

俺が切羽詰まってわめくのとは違って、多分俺を誘導しているのだろう。

確かにのしかかっているのは俺だけど、優位に立っているのはどう考えても奴だ。

言われるとおりに手を、舌を動かすと、皮膚の下の筋肉がひくついたり震えたりする。

気持ちいいのかな。

俺が感じるようには感じさせられないだろうけど、少しでも気持ちよくしたくて反応した所を一生懸命さすったり吸ったりする。

 

噛み付きたいという気持ちはないでもなかったけれど、もったいなくてできなかった。

俺の前にいるのは奴だけで、もうほかの、昔のことなど考えられなかった。

性急になりがちな俺は多分乱暴だったと思うけど、それでも少しは気持ちよくできたんじゃないだろうか。

ほんの少しは。

 

しばらく奴の上で脱力していたら

「髪を触ってくれるんじゃなかったのか」

とからかわれた。

この、と入れたまま半分萎えている物で攻撃したら、一瞬すごく色っぽい(と俺には見える)顔をされ、これからどうしようかと思う。

もう一度はだめかな、と思ったがどうもだめなようだった。

すごすごと抜き、適当に後始末をしていたら後ろから抱きつかれ、押し倒された。

あわてて後ろを向くと

「お前を見ていたら催してきた。今度は俺がしていいか」

とささやかれ、冗談じゃないとわめく。

俺は今日、きちんと処理してないんだから。

「そんなの、俺が気にすることでお前はいいじゃないか。ちゃんとサックはつけるんだし」

といたずらっぽく言われるが、まったくもってご免だ。

「じゃあ手伝ってやろうか」

と言われてギロリとにらむと

「なら入れずに。触りたい」

とささやかれ、俺も触りたい、と思う。

 

さっきまで組み敷いていたものにのしかかられるなんて、なんか変な感じだ。

上から見下ろしたこいつはいつもよりほんのちょっと線が細く、妖艶だったのに、逆に上から見下ろされると雄の色気がぷんぷんする。

確かに同じ顔なんだけど。

ああ、俺はまったく正常じゃない。

こんな男に色気を感じてどきどきしているんだから。

目も頭も腐ってる。

同じくらい、こいつの目と頭が腐っているといい。

 

両手で頬を包まれ、じっと見られる。

なにくそ、と見つめ返すと

「やっぱりお前はその小憎らしい顔だな。さっきまでのお前、なんか・・・。ああいうのはルール違反だ。甘やかしていうこと聞きたくなっちまう。」

と笑われた。

さっきの、あの目尻だけが落ちる笑い。

「それは、俺がするほうになるとわがままを聞いてくれるということか」

と聞くと

「だからごめんだ。いつも痛い思いばっかりだし。いや、今日はそんなでもなかったし、気持ちいい時もあったかな」

とまで言い、後は俺がどんなことを言っても答えず、俺もだんだんそれ所じゃなくなった。

 

いつも思うけれど、奴を見下ろす時のほうが、俺は精神的に抱かれている。

甘えている。

いや、見下ろされているときもそうなのかもしれないけれど、それでも俺の男としての矜持を曲げてやっているんだ、というプライドを持っていられる。

それは奴がプライドを持った人間で、俺のプライドも尊重するからだ。

 

ぎゅ、としがみついたら同じ力で締め付けられた。

苦しいくらいの力が気持ちいい。

肩口に目が行き、そっと噛み付く。

暴力的な嫌な感じではなく、味わいたい、こいつを。

そのまま吸い付き思うままなめるとこいつの汗の味がし、なんとなしに嬉しかった。

 

 

『コレラ騒ぎ』の巻がどうしても見つからなかったのですが、安東でよかったですよね?

もし違っていましたらこっそりお教えください・・・

ご感想、お待ちしています。