雨の前
そのとき曇っていても晴れていても、俺は2日後の雨の予報がほぼ正確にできる。
何しろ体中の傷という傷がうずくのだ。
最初は何となく体の一部が気になる感じ。
あれ、こんなところどこかで転んだっけ、ドアにでもぶつけたかなと思っている内に、痛むのが傷の縫合の跡に沿ってのものばかりだと気がつく。
雨。
降り始めればもう痛まないのに、降る前は何故こうもうずくのか。
夜中、急に目が覚めた。
いつもと違う枕の感触に一瞬どこの国だっけと思ってから、隣のキリコに気がついた。
そうだ、昨日は・・・と思い出しかけてやめる。
こういうことを思い出すのは精神衛生上よくない。
それより何故急に目が覚めたのかと考えて、無意識に腕の傷をこすっているのに気づく。
頬が、肩が、胸が、腹が、背中が、足が。
体を走る線に沿って虫が這いずっている錯覚。
雨か。
雨といってもいつもうずくわけではない。
からからの天気が続き、そういえばずっと雨が降っていないな、という時、一番厄介な気がする。
逆に梅雨に入ればなんともない。
普段は雨の予報ができるくらいのものだが、今回のようにひどくうずく時が、年に1、2回ある。
こすっている内にあちらもこちらも気になって仕方がなくなり、そっと起き出す。
部屋を抜け出して台所に行き、水を飲んでもやはり落ち着かない。
もう触っても引っ掻いても全然痛くないような古い傷にまで存在を主張されて気持ち悪いが、とにかく一番うずくのはこの半年前の右腕の傷だ。
ちょっと刃がかすったぐらいの癖に、縫われたというだけで古傷の仲間入り。
こすっても何となく傷の縫合面がちゃんと合っていないというか、感覚の一部が麻痺しているような感じがあるのだ。
他人に縫われた傷は自分のせいにしないでもいい分、扱いが悪くなる。
あの時縫った奴は、ひどい藪だったし。
右腕は自分で縫えないし。
そんなことを心の中で愚痴りながらさすっている内にほかのうずきはそんなに気にならなくなり、この傷の下にだけ仮想の虫が何匹も集まってきた。
いっそここを掻ききってしまえば体の中から虫が出てきて楽になれそうな気がする。
そんなの幻想だ、傷が増えてもっとうずきに悩まされるだけだとわかっているのだが。
でもやっぱりここだけでも。
「真っ赤になってるぞ」
と声をかけられて、文字通り飛び上がった。
「眠れないのか。うずく傷でもあるのか。やっぱり雨に反応する口か。」
そう言うキリコは肩口をこすっていて、そういえばあそこは銃痕のあるところだ。
「風呂に入りたかったんなら遠慮しなくていいんだぞ。夜中でも何でも眠れなくなるだろ。俺も気になったんで今湯を入れているんだ。入らないか?」
風呂?
「何だ入ったりしないか? 俺は足がつったり傷がうずく時は必ず風呂だぞ? 気分の問題かもしれないが、絶対楽になるから入ってみろ。ほらほら」
と追い立てられるように風呂場に行く。
流し場で軽く流して湯に浸かると強張っていた体の力が抜けるようで、確かにこれはちょっといい。
「ふうっ」
と思わず親父丸出しのため息をついたとき、
「入るぞ」
とキリコも入ってきた。
男同士だし、最初に入る予定だったのは奴の方なんだし、嫌がったり恥ずかしがるのはおかしいよな。
銭湯だと思え、ここは銭湯。
何の気なしに見た奴の背中の肩口に、蚯蚓腫れがあった。
俺、つけていたのは噛み傷だけじゃなかったのか。
なかなか冷静にはなれないものだ。
キリコが湯船に入ろうとしたので替わりに出ようとしたら、引き止められた。
そのまま抱え込まれるように座らされて頭に血が上りかけるが
「ほら、マッサージするんだから、おとなしくしろ」
と言われ、動きを止める。
「お前、体中に傷があるから大変だろ」
と言いながら一つ一つの傷をたどるようにさすられて、仮想の虫が消えていく。
右腕、左腕、背中、右足、左足、首、肩、胸、腹。
最後に顔の傷をたどられて閉じていた目を開けたら、奴の顔がすぐ近くにあった。
「少しは楽になったか?」
と言う奴の目に吸い込まれそうになる。
もう体中の力が抜けてぐにゃぐにゃだ。
風呂の中で寝ちゃいけないんだが、このまま眠ってしまいたい。
なのに奴の手が俺の腹の辺りをまさぐっていて、確かそこの傷はもう触っていたよなと思っていると、なにやら動きが妖しくなってきたような気が。
いや、気のせい・・・ではない。
俺は乳首に傷なんてない!
あわてて目を開けてもがいたら、奴の笑い声がした。
「本当に無防備になるんだな。つい何時間か前にあんなことした相手と一緒に風呂に入って、全然警戒しないものかね。俺はそんなに安全な男に見えるのか?」
浴槽はつるつる滑るし、後ろからがっちり抱え込まれた体制では動きが取れず、不利だ。
だからと言ってこんな所で。
「止せキリコ。湯が汚れる。それに俺は中に出されるのは真っ平ごめんだ。第一のぼせる」
と抗議すると
「なら洗い場ならいいよな。すぐきれいになるし、寒いほどじゃないし、のぼせない。サックは出てすぐの洗面所に置いてある」
と手を引かれた。
何でそんなところに。
「・・・確かさっきもどこからともなく出していたな」
「中出しを嫌がる奴と付き合うんなら家中にばら撒いとくのがエチケットってもんだろう。このところずっと会えなかったし、俺はその間純潔を守っていたんだ。はっきり言って最長記録だ。お前は1人でもしていたらしいが」
「あれは留守電でお前の声を聞いて」
しまった。
口が滑った。
振り向いたキリコにどういう顔をすればいいのかわからず、でも目をそらすのも癪なので思わずにらみつけた。
奴は2、3度瞬きしてからにやりと笑って
「やっぱやろうな」
と言った。
向き合って、奴は椅子に座り、俺は膝立ちになり、奴につかまる。
リンスを手に取ったキリコが俺の後ろをほぐしにかかると、いたたまれない気分になってきた。
俺だけ変にはなりたくないので、俺もリンスを1プッシュしてキリコの胸に塗ってやる。
「うわ」とも「ひきゃ」とも取れるような声がしたのでやったと思っていたら、急に指が増えてきて、今度はこっちがうめく番になった。
やぶへびだ。
つい奴にもたれかかったらお互いの胸をこすりあわされて、ぞくぞくするのが止まらない。
逃げようとしても後ろの指が悪さをするので、後ろにも逃げられない。
このままでは負ける、と思ったのでリンスまみれの手で奴のブツをべとべとにしてやったら
「それはサックなしで入れていいという意思表示か」
と言われ、あわてて桶で湯を汲み、かけながら洗う。
リンスって何でこうすぐに落ちないんだろう。
何度かかけては洗いを繰り返していたら
「もう大丈夫だからつけてくれよ」
と言われ、無駄に臨戦態勢にしてしまったことに気がついた。
なんか体中がリンスまみれになってしまっているようで、つるつる滑りそうで怖い。
大体こんな洗い場で寝転がるのもどうか、と思っていたら、奴の上に座らされた。
リンスって滑るだけあって思ったよりスムーズに入るんだな、などと考えていたら
「お前が動いてくれないとちょっと大変なんだが」
と言われ、改めて自分の体勢を自覚した。
奴のものを体の奥にまじまじと感じて、うめく。
背中をゆっくりとさすられて、体の奥が波打つ気がする。
脇の下を刺激されて思わず腰を振ってしまい、あ、これでいいのかな、と奴を見たら気持ちよさそうに目を閉じていたのでいいんだろうと思う。
しばらくすると下からの突き上げも始まり、何だ俺が動かなくてもできるんじゃないかと思ったが、俺も重いし協力しなくちゃな。
後はお互い夢中になってしまったので羞恥心どころじゃなくなった。
リンスを落とすのに洗いっこしたら、2回戦に突入してしまった。
風呂を出る時には確かに古傷のことなんざすっかり忘れていたが、後3ヶ月は清い仲でいいという気分だった。
掲示板に自分で書いた事に触発されて一気に書きました(馬鹿)。
マッサージの後は2行で終わっていたのに新オープニングを見たせいか後半を夢で見てしまい、Hありの文章に。
私はあの特異な風貌のキリコ氏が好きです。
何か感想をいただけると嬉しいです。