3カ月ぶり

 

 

成田に戻ってピノコに電話する。

舌っ足らずな声を聞いて、日本に戻ったと確認する。

家に帰ると、夕飯はカレー。

肉と野菜をゆでて、ルーを入れただけの味。

うん、我が家に帰ってきた。

う・・・これは肉じゃなくて溶けずに残ったカレールーか。

うーん、我が家だ。

思い切り噛み付いてしまったので、口の中がねとねとだ。

辛いというか、しょっぱいというか。

水・・・。

 

久々に家に戻ったのでピノコがまとわりついてくるが、こちらも久しぶりなので何となく嬉しい。

さんざんいろいろな話を聞かされたので途中でわけがわからなくなったが、彼女も相槌を打ってくれる相手がいるだけでいいのだろう。

土産のセンスのなさをまたなじられてしまったが、どこがどう悪いのかよくわからない。

今回の土産は、小さな木の箱を開けると中に木で作った虫が入っているというもの。

箱を開けると振動で触覚と6本の足がぶるぶる震えて、本物みたいだ。

すごくよくできていると思うのだが、何が気に触ったのだろう。

やはりてんとう虫よりゴキブリのほうがリアルでよかったのか?

今度から店員に任せてしまったほうがいいのだろうか。

 

さんざん話してそれでも話したりなそうだったが、そろそろ寝るように言うと、今日だけ一緒に寝たいというので一緒にベッドに入る。

まだまだ口が動きそうになるのを押さえ、横抱きにして背中をさすってやる。

やはり疲れていたらしくすぐに寝息を立て始めたが、ここでベッドを抜け出すとすぐに目覚めるのはわかっている。

とにかく15分はじっとしていないと、また最初から寝かしつけないとならなくなるのだ。

ピノコだけが敏いのだろうか。

それとも世の親は皆こんな苦労をしているのだろうか。

 

ぼうっと闇を見ているうちに、そういえばキリコはどうしているだろう、と思う。

このごろスケジュールが合わなくて、もう3カ月会っていない。

今日本にいるのか。

そう思った瞬間、電話がしたくてたまらなくなった。

 

はっきり言って、俺は仕事をしている間は患者のことしか考えていない。

治療が終わって帰りのチケットの手配をするとき、初めてピノコとピノコの土産を思い出す。

そんな俺だから、キリコのことなんて、思い出したのはこの間電話した1ヶ月前以来か。

あの時キリコは留守だった。

留守電にメッセージを入れても返事がなかったから、きっと依頼があったのだろう。

安楽死について、奴は俺に隠したがる。

聞くと俺も気になることがわかっているので、なるべくうわさは聞かないようにしている。

 

俺たちのこの信念は宗教に似ているんじゃないか。

そう思うようになったのはいつからだろうか。

お互いに相容れない。

考え方が180度違う。

このまま相手を排斥し続けたら、どちらかを滅ぼすしかなくなるんじゃないか。

イスラエルの戦いのように。

キリスト教国とイスラム教国のいさかいのように。

 

でも、信じる宗教が違っても、相手の宗教に口出しせずに仲良く暮らしている人々だって沢山いる。

時々は自分の宗教のほうが正しいと、相手を引き込みたくなることがあっても。

 

 

まだ15分経たないかな。

そろそろいいか。

そっと抜け出し、書斎に入る。

電話を上げて、そういえば用件は何にしようか、と思う。

酒。

酒だな。

今は医学を論じ合う気分じゃない。

 

コール3回で電話を転送する音がして、まだコールが続く。

いないのか。

海外か、国内か。

留守電相手に話すのは苦手だ。

明日また掛け直そう。

1人で飲んだが何となく落ち着かなくて、いつもより量を過ごしてしまった。

時差ぼけのせいだ。

きっとそうだ。

 

翌日つい寝過ごした俺に、キリコから電話があったという。

この間も電話があり、そのとき俺の帰国予定をピノコが話しておいたのだそうだ。

夕方には自宅に戻るから、飲みに来ないかという誘い。

「行ってもいいけろ、明日はお土産買ってきて。キリコのおじちゃんに選んでもらってね。」

と釘を刺される。

俺の趣味は、そんなに変か?

 

奴の家に5時ごろに着くように車を走らせたが、道がすいていたようで思ったより早く着いてしまい、家はまだ無人だった。

先に待っているなんて楽しみにしていたようで余りにもばつが悪い。

引き返してどこかで時間をつぶそうと車に戻ろうとしたところに奴の車が入ってきた。

 

「よう。待っていてくれたんだ、悪かったな」

すぐさま反論をしようとしたが、すごく嬉しそうな顔をしていたのでしそびれてしまった。

キリコの後を入り、玄関でハンガーを渡されてコートをかけ、リビングに入ったところで抱きしめられた。

その途端、頭に血が上った。

 

キスがどんどん深くなっていく。

お互いをべたべた触りあう。

技巧とかではなくて、ただ触りたいんだ。

服がわずらわしくて、自分のも相手のも、適当に脱がせていく。

ほら、キリコ、お前も協力しろ。

触りたいんだよ。触らせろ。

久々なんだ。

久々に人間に戻った気分なんだから。

 

熱に浮かされたみたいになって、とにかく相手を気持ちよくさせてやりたいとがんばったのだが、結局リードを取れたのはほんの少しの間だけで、すぐに奴に逆転された。

2本まとめてこすりあわされた頃からわけがわからなくなっていって、後半は奴にしがみついているだけで精一杯だった。

 

事が終わって冷静になると、自分の振る舞いが、我がことながら信じられない。

あんなに触るのも触られるのも嫌いだった俺が。

あんなにキスが嫌いだった俺が。

大体ここはリビングじゃないか。

 

呆然としている間にシャワーを浴び終わったキリコが

「風呂、準備したぜ」

と声をかけてきた。

「ほら、ゆっくり浸かってきな。その間につまみ作っとくから、出たら飲もうぜ」

そして台所に去っていく。

 

風呂には温泉の素が入っていた。

乳白色のにごり湯だったので、入っている間は自分の肌の状態をまじまじと見ずに済んだが、体を洗う時、あちこちに甘噛みの跡が見つかった。

そういや、俺も噛んでたな。

軽く噛んだところで汗の味がして、そのしょっぱさになぜか口が離せず、思い切り吸い付いてしまった。

何かが吹き出してきて止まらなかったんだ。

自分では理性がある方だと思っていたんだが、とんでもないな。

 

キリコの料理は肉も野菜も大胆な切り口で、盛りも豪快だが、すこぶるうまい。

酒が進む。

進むにつれて、話も少しずつ弾んでいく。

「ところでお前さん、もう少し力加減をしてくれるとありがたいんだがね」

とキリコに言われて、一瞬何のことかわからない。

「ほらこれ」

と腕まくりされたら、奴の二の腕にでっかいあざが。

しかも噛み跡?

これはもしや・・・。

「お前だって噛んでいたじゃないか」

という反論は、我ながら説得力がない。

俺のはあんなにでかくなかったよな。

案の定

「お前はキスマークと噛み跡の区別もつかないのか」

とあきれられてしまった。

 

「別にからかっているわけじゃないが、お前さん、今まで色事で余り積極的なこと、してなかっただろ」

と言われ、反論できない。

「ほら、ベッド行こうぜ。腹も膨れただろ? どうせ今日は泊まりなんだし、ちょっとやり方研究しよう」

と言われ、そういうものなのか? とのこのこついていく。

 

ベッドに上がり、壁に寄りかかるようにして2人並ぶ。

「ところでいつも、1人でやるときはどういうふうにやっているんだ?」

と言われ、答えに詰まる。

「口で説明しづらいんだったらそのままやって見せればいい。俺のやり方とどこが違うのか知りたいんだ」

と言われ、ためらいながらもパジャマのズボンに手を突っ込むと

「それじゃ見えんだろう」

とパンツ毎下ろされてしまった。

 

「別に恥ずかしがらなくても、子供の頃に友達と比べっことかしなかったか? あんなつもりでやってくれればいいんだぞ」

とキリコは言うが、俺はそんな比べっこなんてしなかった。

確かに中学の頃、男同士何人かで集まってそんなことしているやつらもいたが、その頃の俺は復讐にしか興味がなかったし。

これは診察みたいなものなんだ、と思い込もうとするが、世の人々は皆しらふでこんなことしているんだろうか。

 

恐る恐るしごき始めるが、緊張しているため、なかなか起たない。

「うーん。じゃあ、いつもどんなことを想像してする? 雑誌とか使うのか? 好きなタイプの女は? 男でもいいが」

と言われ、一生懸命思い出そうとする。

「雑誌は…使わないな。好きなタイプなんかも特にない。生理的に溜まった時に適当に出していただけだ。だから特には」

「じゃあ、この前したのはいつだ?」

「1ヶ月くらい前かな。日本に帰って、夜暇だった時に」

「そのときはどういう風にした?」

「どうってお前がする」

みたいに、と続けそうになって、我に返った。

 

「俺が、何?」

と聞かれたって言える訳がない。

顔が上げられない。

俺は何でこんなことしているんだ?

大体研究するって言うなら。

 

「研究するって言うんならお前のでやってやるから教えろ」

悔し紛れに奴のズボンに手を突っ込んで引きずり出す。

こいつ、起ってやがる。

おおお俺のを見てこうなったのか!?

そう考えると今までのことが余計に恥ずかしく。

いや、だまされた! と怒るべきだ! がつんと怒るべきだ!

でも本音は俺なんかを相手に・・・と思うとなんだか嬉しかった。

 

「そこで力を加減してくれると、誠にありがたい」

と言われ、あわてて手の力を抜く。

そうか。

俺のよりなんかでかいし、何となく、ちゃんと神経通っているとは思っていなかった。

今まで悪いことしていたのか?

 

向かい合って、ゆっくりさすっていく。

俺はどう触られていたっけ。

考えながら手を動かしているうち、気がつくと上から抱え込まれていて、髪の毛をなでられている。

うわごとみたいな注文を聞いて、なるべく言われたとおりにやってみる。

どんな顔をしているのか見てみたいのに、どうしても顔を上げられない。

「俺もやろうか?」と言われたが、それはいやだ。

そんなことされたらちゃんとできなくなる。

かなり時間がかかったが、本当に奴のが手にあふれてきた時、やっと少しは対等になれた気がした。

 

直後「お返し」をされて、息も絶え絶えになった。

 

 

時差ぼけがまだ残っているのかなかなか眠れず、寝返りを打っていると

「眠れないのか」

と横抱きにされ、背中をさすられた。

気持ちいい。

俺とは違うタバコの匂いがする。

手足が暖かくなって、眠くなってくる。

ああ、だからピノコも一緒に寝たがるのかな。

今日は一人にして悪かった。

明日家に帰ったら、たまには俺からピノコに一緒に寝ようと誘ってやろうか。

そんなことを思いながら、いつの間にか眠っていた。

 

 

 

決まった相手がいても触ると安心するから自分でするのも好きという方、結構いるそうですね。

 

 

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