逃避行の夜 2日目(上)

 

 

目が覚めた。

お湯の沸く音、それに続くコーヒーの香りに誘われて、目を開く。

自宅ではありえない風景に惑い、それまでのことを思い出した。 

そうだ、キリコを助けていんこの隠れ家にやってきたのだ。

昨日は遅い朝食をとった後、着替えを探すついでにふざけ始めて、何のはずみか昼日中からおに顔向けできないことを延々とというところから先を思い出したくなくて弾みをつけて起き上がろうとし、とも言えない痛みにうずくまる。

赤裸々に言うなら、いんこのなパンツの紐が肛門にこすれた。

嫌な予感がするが、自然の呼ぶ声に従い、昨晚見つけた大き目のシャツを羽織ってトイレに行く。

 

やはり腫れたらしい。

朝の習慣である排便がつらい。

もともと便秘症ではなく、いつもするりと出るし、本日も出が悪かったわけではない。

だが、穴がまだふさがっている感じがするいうか、踏ん張ると内までずるりと行ってしまいそうな恐怖があるというか

軽く踏ん張るという些細な動作をするのに、多大な時間がかかってしまった。

 

とにかくあいつがあんなにねちっこいのが悪い。

「抜いたら又入れる時につらいだろ」

なんて言いながらどんどん続けていくんだから。

…確かに昨日はその通りだ、と思って、気持ちよく泣き喚いてしまったわけだが。

一夜明けるとあざだらけ、節々は痛むし散々だ。

しかも封印したい思い出が多すぎる。

 

拭くのが又つらい。

を塗るにも最初に清潔にしなければならないので、風呂場に行き、患部を湯でそっと洗う。

腫れているだけなのだろうか、それとも切れてしまっているのだろうか。 

うとは思うのだが、何もつけない指で探りたくはない。

何か軟膏のようなものを探さなくては。

嘆かわしい。

 

とにかくこのパンツは尻に食い込んで痛い。

おととい笑われてしまったが、他にはあの「天晴!」と書いてあるパンツしかないし、あれならちゃんと後身頃がある。

あれはどこにやったかな。

どこにあるのかとそこらを探すが見つからず、うろうろしていると

「コーヒー入ってるぞ。さっきから何しているんだ

とキリコが来がてら俺の腰を抱き、尻を揉んだ。

びくりと緊張した途端、思わず変な力を入れてしまい、痛みに奇声を放ちながらすがりつく。

「おい、 大丈夫か

と言いながら背中をさすられ、気持ちが良くなり、儲けたと思う。 

誰かに背中をさすってもらえるなんてこと、滅多にない。 

どうせなら 心行くまで堪能させてもらおう。

 

そのまま力を抜いてもたれかかったが、男は不平も言わず、それどころかもう片方の手で支えてくれた。

長いような短いような、でも多分1、2分くらいの間腕を独占したら気が済み

「もう大丈夫だ。それより俺のパンツを知らない

と問うと

「どうした ちゃんと昨日寝る前にはき替えさせてやっただろう? そんなに俺を笑わせたいのか?

と言いつつ居問に向かう。

ついていくとさっきまで寝ていた布団の近くの部屋の端に、ハンガーにかかった洗濯物がいくつかあった。

 

「ちょっと腫れたみたいで、このパンツだとこすれて痛いんだ。そういえばこの家、救急箱はあるのかな」

と言うと

「あっちの戸棚にあったぞ」

と身軽に取りに行き、軟膏を取り出した。

「痔の薬が入っている。普通、救急箱にこんなの入れるかね」

と言うのに構わずもらおうと手を出す。

あのいんこが何を考えているのかなんて知らないが、今の俺には役に立つだろう。

だが男は俺の手を無視し

「ほら、パンツを脱いで四つん這いになりな。塗ってやるから

といやらしい顔つきをした。

俺をからかっているな。

 

「自分で出来るぞ」

ともう1度手を出すが 

「俺のほうが指が長い。それに自分じゃ患部を観察できないだろう」

と言われて断念する。

まったくその通りだ。

変なことをされたら後で倍返しにしてやればいいんだ。

 

思い切ってパンツを脱ぎ、ソファに上体を預けて膝をつき、足を開く。

顔を両腕で囲って目をつぶり、なるべく硬くならないように心がける。

「いい眺めだな」

とくくっと笑う男に

「とっととしろ」

と言うと

「それが人に頼む態度か 痛くするぞ」 

と冷たい指をあてられた。

振り返りざま

「なら自分でやると言っているだろう」

叫んだ時、指が入ってきた。

 

あわてて力を抜き、ソファにすがりつく。

薬が塗り広げられる感触。

裂傷と言うほどではないにしろ擦過傷くらいにはなっているらしく、薬がぴりぴりしみる感じがする。

けれど熱を持った患部には気持ちいい

最初は痛いと思ったが、中では意外なくらい細やかで、優しい指。

何度か薬を足す為に出し入れされたが、もう痛くない。

 

「いいぞ」

と指を拭きながら奴が言った。

「たいした傷じゃないな。けど確かにかなり充血しているから、普通のパンツがいいだろうな

と俺のパンツを取り、しげしげと見てぷっと吹き出す

どうせ外には出られないんだし、誰が来るわけでもないからノ—パンでもいいようながしてきた。

ちょっとぶらぶらするけれど、このシャツは大きいから丸出しというわけじゃないし。

何で変装した後、元の服を持ってこなかったんだろう。

せめて上着だけでも。

別に念のためというわけではないが、この間コートに小さなパンツ用隠しポケットを付け足しておいたのに。

あの中に入れたパンツは、そこそこまともだった。

まさかと思うが、いんこの奴俺のコー卜をチェックしたりしないだろうな。

 

「おい、穿かなくていいのか」

と笑いながら言う男に

「もういい。コーヒー以外に何かあるのか」

と問うと

「後はトーストと目玉焼き、缶詰のハム、それに瓶詰めのピクルスだ。座って待っていろ」 

と台所に戻っていった。

 

食後、衣装部屋に行く。

さすがにシャツだけだとなんとなく落ち着かない。

普段、家の中でもきちんとタイを締める方なので、身体の締め付けがないとどこまでが自分の身体かわからないような気分になるのだ。

ついてきたキリコが

「せっかくの目の保養なんだから、そのままでもいいぞ」 

とニヤニャからかう。

ふん、見苦しいものを見せて悪かったな。

さて、何を着ておこうか。

 

学生服があったので、懐かしくなって着てみる。 

いわゆる学ランだ。

「へえ、お前学生時代はそんなふうだったのが。なかなか似合うぞ

と言われたが、ズボンが少々きつい。

もう1組あったので着てみたが、こっちは長ランでどこもだぼだぼ。

そばにあったスケ番用セーラー服をキリコに着せて、二人で鏡の前でポーズを決めてみる。

レトロだ。

キリコが新生児を拾ってきそうだから、これはやめよう。

 

いろいろ試すが、ス—ツ系を着るならバンツを穿かないとやばいようだ。

だがあの「天晴!」を思うと迷う。

どうしよう。

 

しかしいろんな服があるな。

いんこは本当にここで何をしているのだろう。

「お、これきれいだな。ちよつと着てみろ」

と男が ハンガーから外したのは、鮮やかな赤のチャイナだった

大柄の女用で、大胆に腰近くまでスリットが入っている。

「これはどう見ても女物だろう。男物を探せ

と言ったが

「ノリが悪いな。さっさから俺に女物を着せているのはどいつだ?」

と挑発され

「じゃあお前もこれを着ろ」

とすぐそばにあった真っ青なチャイナを指さした。

「俺が着たら、お前も着るな?」 

と言われ、不承不承うなずく。 

この男、羞恥心がないのか。

 

男は肩に当てて何とか入りそうだと見て取ると、すぐに着替え始めた。

仕方なく、俺もシャツを脱ぐ。

チャイナは重い絹でできていて、縫製も良く、思ったよりずっと着心地が良かった。

腰や首を締められる感じが、落ち着く。

前身ごろを斜めに留めるボタンは組みひものようなもので、なかなか留めにくいが手触りはいい。

 

「似合うな」

 と言われ振り向くと、俺なんかよりずっと似合う男が立っていた。

すねあたりまでしか丈はないが、違和感はない。 

女の色ぼさでは断じてないのだが。

 

そうだ、目を覚ませ。

客観的に見れば、その姿はおかまバー女装の男、化粧無しだ

ノースリーブからにっきりと出た腕は太いし、チャイナのも腰もはちきれんばかり。

首回りだってきついらしく、喉元は止めていない。

普段のスーツの時より余程ガタイが良く見えるのは、着やせするたちなのか。

 

れに化粧をしたら、本当におかまショーの1員だぞ。

絶対におかしいだろう。

ほら、笑え。

 

理性が一生懸命説得しようとしたが、俺は目を離せなかった。

素顔のまま自然に立つ姿は気取りがなく、これはこういう衣装なんだと思わせてしまう。

下に伸びる、すらりとした足。

すねの毛は髪と同じ銀髪で、すごく柔らかそうだ。

 

横がらちらりと見える脚の線に動悸が高まる。

あの足に触ってみたい。

スリットから手を入れて、中をまさぐってみたら。

 

ごくりとつばを飲み込むのを悟られたのだうか、こちらに手を広げられる。

からかわれるかも、と頭の隅で思ったが、我慢できずに近づき、腰に手を回す。 

俺より高い位置にあるのがどうにも解せん気持ちだが、まあいい。

俺の背にも手を回されるのを感じながら、スリットに手を伸ばす。

 

それはまるでスカートめくりをするような、どきどきた、背徳感を伴う気持ちだった。

腿をなでると身体がピクリとしたが、嫌がられはしなかったのでなでおろす。

ばらく感触を楽しんだ後に服をまくり上げて尻をなでてみた。

 

こいつはいんこのひもパンを穿いているので、まったくノーパンのような気がする。

男の固く引きまった尻。

たぶん若い頃はがちがちの筋肉だけだったのだろうが、今はほんの少したるんで肉がついている。

だがそのわずかなたるみが逆に手触りを良くしているうで、気持ちよくて何度も触ってしまう

指に力を入れて揉みしだきたくなる。

 

同じよに手を入れられて、飛び上がった。

けれど両方から手が突っ込まれていて、逃れる術がない。

腿の後ろをつうっとなで上げら両手で軽くわしづかみされた。

「痛くない?」

と言うささやきが耳を剌激し、顔色が変わってしまったかもしれないと思う。

きっと俺は今、顔が赤くなっている。

 

「痛かったら言いな」

とそっと力を入れられた。

指1本1本にばらばらにツボでも押されているようで、おかしくなりそうなのを耐える。

俺ももう片方の手を入れ、同じように探る。

腰を押しつけられ、俺だけが興奮しているわけではないと知る。

 

まずい。

俺、このままだと絶対に服を汚してしまう。

パンツを履いていないのだ、今だってやばい。

そう言って逃れようとすると少々むっとしたをされたが、に身体を離された。

嫌がられたかと思ったが、は床に座り、

「ここにおいで

と俺の腕を引いた。