FX会社の選び方

小さな島

 

 

「ああ、キリコ」

「もっとだ、もっと」

「ああ、俺、俺・・・」

 

大汗をかいて飛び起きた。

何だ、今の夢は。

夢の中の俺は身も心もあいつの言いなりで、すべてを委ねて蕩けきった腑抜けの顔をしていた。

女のように絡みつき、浅ましく腰を振って。

思い出すほどに頭に血が上り、顔を洗いに行こうとして下半身の重みに気づく。

見事な朝勃ち、じゃない、これは小便だ、小便。

トイレに行けば直る、それで直らなければ水シャワーだ!

 

南国とはいえ、さすがに朝の水シャワーはちょっと冷たい。

だがさっきの夢はさっぱり消えた。

あんなの、一時の気の迷いだ。

 

確かにあの瞬間はあった。

あの時の俺には必要だったかもしれない。

けど今の俺にはもう必要ない。

 

ないものねだりで欲しかっただけだ。

そうに決まっている。

 

朝から変な夢で調子が狂ってしまったのだろうか。

さっぱりしてテラスで朝食をし、ピノコに何か土産でも、と外に出たところで女の子に捕まった。

アヴィナという名の、近所の島のお姫様らしい。

おいおい、俺はオペ帰りにほんの2、3日休養を取るだけのつもりなんだ。

依頼は受けんよと言ったのだが、どうか怪我人を診てくれと言って聞かない。

しかもよく聞くと金もないという。

金の代わりにと差し出された首飾りは大粒ではあるがただの真珠。

仕事の話なんて結構だよ、と最初は突っぱねるつもりだったが、礼に島をくれると聞いて好奇心を湧かせたのが馬鹿だった。

 

島といってもほんの2,3分で端から端まで歩けてしまえそうな、小さな島。

とりどりの花は咲き乱れているが、それだけの島だ。

こんなのいらない、と即座にきびすを返そうとしたが、このお姫様、花に埋もれてしくしく泣くんだ。

その姿がまるっきり御伽噺の登場人物のようで、さすがの俺でも断りにくい。

大体子供に泣かれると、どうしていいかわからない。

ああ、今日は本当に朝から踏んだり蹴ったりだ。

 

連れて行かれた島の隅で、患者はハンモックに休んでいた。

包帯でぐるぐる巻きにされているが、ほんの少し触診しただけでほとんど治療をされていないのがわかる。

熱があるのは、雑すぎる手当てのせいだ。

何箇所も複雑骨折しているというのに、ろくに接骨すらしていない。

これでは手も足も使い物にならなくなるだろう。

下手に触れたら内臓に突き刺さるんじゃないかと危ぶまれる角度の肋骨すらある。

これは、見殺しだな。

この子はお姫様と愛し合っていると言う。

それを快く思わない奴がいるのだろう。

 

むかっ腹の立つ話だ。

こういう権力だの足の引っ張り合いだのという話、俺は大っ嫌いだ。

けど俺は金なしじゃ仕事を引き受けないと決めている。

同情で何でも引き受けていたら、俺の身が持たない。

高額を払っているほかの顧客にも示しがつかないし。

すぐ近くの島で行った先日のオペでだってふんだくったんだ。

ここでこれっぽっちの島を報酬に引き受けたなんて噂が立ったら、先方からどんなことを言われるか。

 

ああ、むかつく。

ずさんな治療にも、こんな患者を俺に見せたお姫様にも、因習に縛られた社会にも、金なしじゃ動かない俺自身にも。

 

だが、最後の部分は片がついた。

俺の見立てを盗み聞いていたここの大僧官という奴が、払うことになったからだ。

こいつがこのボウズに治療とやらを施したらしい。

完璧に治せば料金を払うといきまいていたが、こんなちっぽけな国の人間じゃたいした金にはならないだろうな。

ま、今回は仕方ない。

これで面目は立つってわけだ。

 

簡易オペ用シートは持っていたが、さっきまで泊まっていた島に戻ってオペ室を借りた。

費用はかかるが、請求先はある。

けど、もし無報酬だったとしても、あの島でオペをしたくはなかった。

患者をこんな状態で放っておくような島だ、どんな妨害を受けるかわかったもんじゃない。

 

レントゲンで状態はわかっていたつもりだったが、中は本当にひどい有様だった。

肋骨は3本折れ、肺に一部食い込んでいる。

ぎざぎざに折れた骨の先に接した部分が、副損傷を起こしかけている。

それらを手早く処置、整合し、縫い合わせていく。

よかった、偽関節が出来る前で。

骨は何とかお互いくっつこうとして、角度も気にせず修復を図るのだ。

そうなると一度骨折部分を折りなおしてから再度つなげないといけないので、余計に大掛かりなことになる。

 

両手・両足・肋骨に腰に頭。

結構な時間のオペになった。

 

患者は若いせいもあり、順調に回復していった。

それまで頭も起こせなかったのに、翌日はベッドに角度をつけて起き上がれた。

回復が早いのは普段体を鍛えているせいもあるのだろう。

今までほとんど薬を飲んだことがなかったためか抗生物質もよく効き、日ごとに元気になるのが目に見えてわかる。

だが、まだビキ・ビキの日にダイビングをすると言って聞かないのには参った。

ダイビングの出来ない体になったからじゃない。

俺のオペは完璧だ。

このままきちんとリハビリをすれば、ダイビングくらいは出来るようになる。

俺が問題視しているのは、ダイビングの成功を阻止しようとする動きがあるに違いないことだ。

 

事故にかこつけて見殺しを謀った奴らは、権力者だ。

大僧官を手足にするとなれば、それは多分島の王である彼女の父親か、彼女との結婚を目論む誰か地位の高い奴だろう。

そんなのに正面から挑んでも仕方ない。

あの小さな島にでも隠れて、ほとぼりが冷めるまで待つのだ。

子供でも出来てしまえばこっちのもんだし、そうでなくても固い決意を見せ付けられるだろう。

誇りが何だ。

よしんば日陰者になったとしても、アヴィナの事だけ考えてやることはできないのか。

 

男は馬鹿だ。

俺もそうだが、ちっぽけな誇りを後生大事にせずにいられない。

経過もいいのであとのリハビリは病院に頼んで帰国したが、次のビキ・ビキの日、俺は多分あの島に行かずにいられないだろう。

あの男がダイビングをあきらめていれば良し、そうでなかったら…

 

その時、きっと俺はただ傍観することしか出来ないだろう。

決断してしまった人間に、俺が何を言えるというのか。

愛するアヴィナが止められないものを、部外者の誰が止められるだろう。

それは俺に金輪際オペをするなと言うのと同じこと。

そして多分あの男に安楽死を止めて堅気を目指せと説得するのと同じことなのだ。

 

成田に着くと、それまでの汗ばむ気候が嘘のような寒さだった。

思わずコートを羽織りなおす。

あの男はどうしているだろう。

気にはなったが確かめにいく口実など何もなく、俺は家に向かって歩き出した。