キリコ

 

俺は最悪な気分で歩いていた。

俺のする安楽死というものは、依頼人以外に感謝されることなどあまりない。

その依頼人はたいていは安楽死を受ける本人だから、大概の場合ののしられたり、石もて追われるようなことになりがちだ。

そういう事には慣れているつもりだった。

 

奴に患者を横取りされたことは何度もある。

その時には敗北感を覚えることもあったが、それでもその事で依頼人が助かり、生きられるようになるのならそれもいい、と思っていた。

つもりだった。

だが、こんなこと。

 

今回の依頼人は病院の院長だった。

6つ子が生まれたが、五体満足な5人は虚弱で死に掛け、最後の一人はひどい畸形で生きていても仕方がない。

だからその6人目をそっと安楽死させて欲しい、という依頼だった。

生まれたばかりの子供を死なせることなんて、わけはない。

ほんのちょっと寒いところに置いたり、栄養を切らせたりすれば簡単に死んでしまうような子供をわざわざ安楽死させてくれというのは、つまり自分の手を汚したくないだけ。

そうわかっていても、そんな死なせ方をさせるよりは俺の手で安らかにしたほうが赤ん坊にもいいだろうと思って引き受けた仕事だった。

 

飛行機に乗っている時、偶然同乗していた奴に絡まれた。

他に乗客のいる場所で人殺しだの安楽死だの言われるのは気が重いのに奴はそんなことお構いなしで、それどころか俺は奴にはめられた。

税関に密告されたのだ。

 

俺は留置所に拘束されて何日も尋問を受け続けた。

何たる事か、俺は爆弾魔だと誤解されているらしい。

安楽死装置を持っていたことが災いしたのだ。

 

本来の用途を言うことはできない。

なぜ持っているかと問われても答えることができない。

その後ろ暗い気持ちを勘ぐられ、尋問は連日続き、俺は精神的にかなり追い詰められた。

 

だがそれにも増してつらかったのは、患者に会いに行けなかった事だ。

 

新聞を買うことはできたので、その様子を逐一とは行かないまでも把握することはできた。

生きていくには無理のありすぎる重度の畸形児が苦しい生を刻んでいかないといけないなんて。

長く生きていれば親の傷も深くなっていく。

早く楽にしてやりたいのにできないもどかしさ。

それでも拘置期限が切れるまで、中に入っているしかなかった。

 

やっと釈放されて大急ぎで病院に行き、依頼者の院長に会うと、俺はお払い箱になっていた。

正直この院長にだけはこんなこと、言われたくなかった。

依頼者に言を翻されることは正直結構ある。

どんなに死んだほうがいいと思っても、人には未練があるものだから。

そういうのはいい。

それはまだその人にとっての時が来ていないということだからだ。

だが、今回の依頼は本人からのものではなかった。

対象の赤ん坊の生死を勝手に決めておいて後になってから手のひら返しか。

 

この男は、もしこの赤ん坊が畸形のままだったら、本当に同じことを言っただろうか。

外の人間は、その畸形の赤ん坊を見たとき、 今と同じようにがんばれと言っただろうか。

本当にみんな、この子の為には安らかな死を与えたほうがいいと思わずにいられただろうか。

 

いや、終わったこと。

現実にはあいつがオペで五体満足にして、みんな万々歳なんだ。

道化の俺以外。

 

逃げるように病院を出、当てもなく歩き出す。

これからどうしようか。

幸い、まだホテルすら取っていない。

すぐに飛行機のチケットが取れるかはわからないが、このまま飛行場に行ってしまおうか。

それとも電車のほうが確実だろうか。

 

そんなことを考えていたので、奴に気づいたのは声をかけられてからだった。

今一番聞きたくない声、一番見たくない顔。

無視して立ち去ろうとしたが、売り言葉に買い言葉で、いつの間にか奴の部屋に通されていた。

 

「座れよ」

と言われたが、そんな気にはなれない。

荷物だけは入り口近くに置いたが上着までは取る気になれず、壁際に立っていたが、奴はお構いなしに寛いだ格好になり

「一杯飲むか」

と言ってきた。

首を振る俺ににやりとしながら

「言いたいことがありそうだな」

と言う。

 

もちろん言いたい事はたくさんあった。

謀られた苦情、尋問のつらさ。

だが一番に聞きたかったのはあの赤ん坊だ。

「何であんなオペをする。いくら生命力が強いと言ったってあの赤ん坊は1ヶ月目の胎児そのものの形だったというじゃないか。脳だって発達していないだろう。そんな未熟な脳でどうやって生きていくというんだ。大体…」

そこまで言ってすっと頭の中が冷える心地がした。

まさか。

 

「当然の結論に至ったか。そう、あの赤ん坊の脳も死んだ兄弟のものだ。生命力は本当に強靭だったが、それ以外は内臓も手足も脳もまったくだめだった。俺は6人目を改造したんじゃない。6人合わせて1人分の人間を作ったのさ」

そう言った奴の顔は、いつも見慣れた俺に青臭い説教をたれる人間の顔ではなかった。

まるで。

 

「何だお前。まるで悪魔を見るような顔をしているぞ。死神のお前が、威勢がないな。」

「お前、いったい何を」

「時たまだが、俺は限界を試したくなる。 自分の限界を。自分の持てるあらゆる技術を使ってみたくなるんだ。たとえば人間を鳥にしたり、馬と人間の脳を取り替えたり、畸形囊腫を人間に仕立てたり。

フフフ、そんな顔するなよ。俺が悪魔とののしられていることはお前もよく知っているだろう。」

 

無造作に手が近づいてくるのに、認識できなかった。

髪をつかまれ、引っ張られて痛みに前のめりになったところを半ば強引に口付けられた。

混乱する。

こいつは誰だ。

これがいつも俺に命の尊さを説く人間か。

 

心労に次ぐ心労で俺は弱っていたのだろうか。

それとも今まで奴が俺には見せようとしなかった側面を急激に見せられて悪酔いしてしまったのか。

そんなに強く髪を握られているわけではないし、本当に嫌なら髪の一房犠牲にしても振り切って逃げればいい。

なのに。

 

やっと口付けを解かれた時思わず逃げ腰になり、口元を押さえて1、2歩後退したところで背中に壁が当たった。

腕に奴の手がかかる。

ほんの軽い手。

なのにまるで悪い夢の中のように体が動かない。

 

幽霊に触られたように硬直してじっとその手を見、それから腕をたどって奴の顔に視線が移動する。

「観念しろ」

とその腕を引かれたとき、なぜ振り払うことができなかったのか。

 

正直、抵抗なんて考え付くこともできなかった。

言われれば自分から最後まで脱いだかもしれない。

だが奴は引かれるままにベッドまでついてきた俺の上着を乱暴にはぐと、ネクタイを抜き取り放り投げ、それを目で追って体ががら空きになった俺を押し倒した。

ワイシャツのボタンをはずすのももどかしいのか、ズボンの前を緩めて裾を引きずり出される。

そのままたくし上げられ、胸板に齧り付かれた。

 

急な痛みに思わずかすれた悲鳴が漏れる。

恐ろしい。

この男は誰だ。

こいつはこんな顔を黒いコートにみんな隠して歩いているのか。

 

「あ」

悪魔、と叫びそうになった言葉を飲み込む。

俺は、俺にだけは言う資格のない言葉だ。

俺は人の生死をもてあそぶこいつをなじれない。

人から見れば、俺こそがもてあそんでいるのだろう。

例えば、あの院長にとっては。

 

度、度と嚙まれ、恐怖と痛みに思わず暴れると余計乱暴にかみつかれ、振り回した手が奴の顔にぶつかった。

ち、という舌打ちに、恐怖に固まる。

目をぎゅっとつぶって視界から奴の顔を締め出そう、心から奴の存在を塗りつぶそうとしていたら

「そんなに俺が怖いのか」

と言われた。

「死神のお前でも俺が怖いか。鳥肌が立つほど、震えが止まらないほど。」

恐怖をこらえて目を開くと、ぎらぎらとした目が俺を見つめていた。

 

正気じゃない、と思った。

逃げろ、と体中の筋肉が俺を催促した。

だが俺は動けなかった。

それどころか

「逃げないから、服くらい脱がせろ。」

と言っていた。

 

奴がしぶしぶ俺の上からどき、じっと脱衣を見詰めている。

なんでこんな風に自分を追い詰めるようなことを言ってしまったんだろう。

もう、これで俺は被害者でなく、共犯だ。

 

これからのことを考えると、恐ろしさとおぞましさに狂ってしまいそうだった。

俺の嗜好はまったくのノーマルだ。

男と寝ることなんて考えたこともなかった。

軍にいた頃には何度かそういう目に遭いそうになったが、それがどんな相手でもすべてうまく逃げてきた。

 

なのにその時の俺はそんな恐ろしさより、この天才の心が暴走するのではないかと、そのことが恐ろしくてならなかった。

この男の腕なら、希代の犯罪者になることも容易だ。

 

軍隊時代の俺が苦しむもの、それを望むものに安楽死をせずにいられなかったように、この男はオペをせずにいられないのだ。

そのことによって患者自身が幸せになれるかなど関係ないのだ。

衝動なのだ。

狂気じみた。

 

多分、普段は厳重に隠しているものが、何かの拍子に出てしまうのだ。

俺が父を殺さずにいられなかったように。

こいつは多分、俺の患者でなければこんな風にたがが外れはしなかった。

だから今、俺にこうすることで自らの狂気を収めようとしているのではないだろうか。

 

憑き物を落とす。

それだけのことだ。

俺の毒気にあたってしまったから、責任取れと言っているだけ。

それだけだ、それだけなんだと思いながらも夜は長く、いつまでも終わらないように感じられた。

 

ブラックジャック

 

あいつが憎くて仕方なかった。

あいつに会いさえしなければあの6つ子のことなど知らずにすんだ。

奴の患者でさえなければこんなオペ、しなかったのに。

こんな風に後になって思い惑う必要、なかったのに。

 

本当は自業自得とわかっていた。

だがそのときの俺はどうしても誰かのせいにしたかったのだ。

 

オペ自体に後悔があるわけではない。

俺の仕事は完璧だった。

こういう難しいオペは俺を高揚させる。

自分の頭の中の青写真を完璧に表現できなければ、患者は死んでしまう。

血管のつ、神経のつをつなげ、命をつなげていく作業。

それは根気と時間と、自分自身への挑戦だ。

特に今回の患者は新生児で、小さい分難易度が上がる。

それがうまくいった時の高揚と酩酊感。

 

だが強い薬が切れた時のように、高揚が途切れた時、俺は自問自答を始める。

本当にオペは成功したんだろうか。

後遺症はないのだろうか。

今は大丈夫に見えても、年後、年後、10年後、30年後。

俺は患者の生に責任が持てるのだろうか。

もしかして俺は、人が踏み入ってはいけないところに土足で入っていないだろうか。

 

正直に言うと、以前の俺にとってオペに善悪なんてなかった。

俺にとっての患者は、治せるか、治せないか。

相手は誰でもかまわない。

どんな事情かも関係ない。

その症状を俺が治せるか治せないかが大事だった。

 

後は金。

俺の腕が欲しいなら、大金だって積むだろう。

復讐の為には大金がいる。

だがそれ以上に俺が大金を吹っかけるのは、他の医師が出来るようなオペはしたくなかったからだ。

俺は自分の腕に自信を持っていた。

そして今以上に研鑽を積み、世界一の医師に、何でも治せる医師になりたかった。 

 

もしかしたら、大金を要求するのは俺にそれだけの価値があると思いたかっただけかもしれないが。

たまにする慈善事業は気まぐれのようなもの。

野良猫に弁当の残りを放り投げるようなもの。

だから俺は黒医者だったし、俺もそのことに満足していた。

自分の技量を上げ、神の手に近づきたい。

恩師に、驕るなとあれほど言われていたのに。

 

最初に会った時、俺は奴のことをなんとも思っていなかった。

ただの殺し屋だと。

安楽死に手を染める奴など、自分の腕の悪さを棚に上げるか、殺人パラノイアだろうくらいに思っていた。

 

だが上層部が事件の揉み消しを決定し、被害者をも揉み消そうとした時、俺に脱出用のボートの存在を教えたのはあいつだった。

俺がオペに忙殺されている間、あいつは施設を探りまわり、こっそり万一の備えをしていたのだ。

その位置を俺にささやき、聞き返す俺に

「ただの情報だ」

とだけ言って去ったあいつ。

 

罠かもしれない。

でも俺は奴に賭けた。

患者をそっと連れ出すと、そのボートには水と食料といくばくかの金が積んであった。

どうやって調べたのか、現在位置に丸をつけた地図までが置いてあったのだ。

 

彼らがどうなったか、俺は知らない。

奴がどんなことをしたのか俺は知らない。

だが俺に追っ手はかからなかった。

顔をあわせる度に

「はかない努力だ」

と言っていたあいつは、それでも俺に賭けていたのかもしれない。

 

本当は患者の死ばかりを望んでいるわけじゃない。

では何故。

それから奴に興味を持った。

奴の言い分は「治ることがその患者にとっての幸福なのか」ということ。

俺に何度も問いかけてきた。

 

生きていれば苦労もあるかもしれない。

でも生きていなければ何も始まらない。

俺はそう思う。

生きていさえすれば、道は開ける。

何かが始まる。

だが奴は

「それは本当に正しいのか」

と態度で表す。

そして俺は不意に打ちのめされる。

 

奴だけが正しいわけではない。

それは俺自身が体で知っている。

だが、俺は本当に正しいのか。

俺の手が不幸を生み出しているということは、本当にないのか。

神でもない一介の人間が、命をもてあそんではいないのか。

 

歩けない少女に翼を与えたら彼女は人間社会にいられなくなり、鳥になることを選んだ。

彼女がどんなに鳥らしく振舞っても、彼女と同じ鳥は1羽もいない。

ずっと人きりのままだ。

 

人の頭に馬の脳を組み入れる手術、成功はしたが誰にとっても恐ろしく不本意な結果に終わった。

あの馬はもう人間になってしまったから、子孫を残すことも出来ない。

 

何十年も眠ったままの少年をオペで起こしたときの衝撃。

 

オペ自体が完璧だからと言って何になる。

俺は本当はこの腕を駆使することだけを考えているのではないか。

治ることは、本当に患者の幸せに繋がっているのか。

 

奴に会うたび、奴と話すたびに思い知る。

俺は切るだけの人間だ。

患者のことなど考えていない。

ただこの手を使いたい。

俺ならできると言うなら、どんなタブーでも犯す。

俺にだけ生かせるというなら生かしたい。

人間は死んではだめだ。

芋虫のような姿でも、一生口がきけなくても、生きていなければ。

それが幸せかなんて関係ない、俺のために生きていてくれ。

 

自分の中の狂気を知るたび苦しくて、でも自虐的に奴を追った。

奴になじられたい。

自分の欠陥を知りたい。

心の穴を埋めたい。

奴の暗い目のわけを知りたい。

心の闇を知りたい。

 

世間的には俺よりもずっと認知できない、 闇の中を這いずるような存在のはずなのに、奴からは何かしら清らかな匂いがした。

今までに依頼者の家族から何度もののしられる姿を見ている。

そんなときの奴は冷酷な死神そのものなのに、家族が自分を責めないようにわざとそうしているようにも見えた。

奴には自分の闇を見せたくなくて、いつも偽善者面をして追った。

誰に後ろ指を差されても痛くも痒くもないのに、奴にだけは見せたくなかった。

 

でも、とうとう俺はやってしまった。

つ子のオペ。

人は今にも死にそうで、元気な1人は重度の畸形。

その子は1ヶ月の胎児がそのまま大きくなっていた。

院長の依頼は最後の1人を殺してほしいというものだったが、俺はその子を見た途端、この子の改造を思いついていた。

 

手を、足を、内臓を、顔を、そして脳を。

彼の生への執着は、どこに宿るのか。

脳か、心臓か、それとも他のどこかなのか。

 

改造に改造を重ね、元の子の物等殆ど残らなかった。

本当に彼はヶ月の胎児そのものだったから、他の兄弟の体とどんどん入れ替わっていった。

残ったのは、多分その執着心だけ。

では、その執着心はどこに宿っていたのか。

 

オペの間は無我夢中で、そんなこと考えもしなかった。

だが、あの酩酊感が切れた今、俺はいつもの闇の中だった。

そんな時、奴の姿を見つけた。

打ちひしがれたような、あいつ。

俺はあいつに話しかけた。

俺を避けようとするあいつを見たら、いつもの自虐の虫がうずき、宿に誘った。

 

部屋に入っても椅子にも座らず、酒も断るあいつ。

上着を脱ぎながら

「言いたいことがありそうだな」

と聞くと、堰を切ったように言い出した。

「あの子はヶ月の胎児の姿だったと言うじゃないか。脳だって育っていないだろう。大体」

そこまで言って、いつも悪い顔色が一層悪くなった。

本当に蒼白と言っていい顔。

 

お前は俺にどんな幻想を抱いていた。

俺はこんな人間なんだ。

悪魔とののしられる噂を知らなかったのか。

 

奴の方が背が高いので、髪を引っ張ってかがませ、キスをした。

なぜだろう、呆然とする奴を見た時、急に貶めてやりたくなった。

それとも誘った時から俺はそのつもりだったのだろうか。

逃げ腰になった男にそっと近づいて、腕を取った。

奴は呆然と俺の手を見、そこから腕、肩とたどって俺の顔を見た。

そつと腕を引くと、おぼつかなげに、しかしふらふらとついてきた。

俺の毒に当たったか。

 

ベッドの前で奴の上着を剥ぐ。

動揺するのを構わずにネクタイを引き抜き、高く放る。

つられて視線が浮き、無防備になった体を引きずり倒した。

こいつは上背もあり、多分俺より力もある。

征服するには先手を打たなくては。

シャツのボタンを外そうとしたが、面倒なのでベルトを外し、ズボンを緩める。

シャツを引き出し、中に隠れていた白い肌にかぶりついた。

押し殺した悲鳴と共に、俺の下の体がはねる。

それが面白くて度、度と歯を立てると俺をどけようと抵抗してくる。

 

そうやって俺を拒否するのか。

自分が悪いのにそんな理不尽なことばかり思ってしまい、己が狂気に飲まれていくのがわかる。

死神のお前でも俺が怖いか。

鳥肌が立つほど、震えが止まらないほど。

 

やはり暴力に訴えようか。

腹に発入れてから縛ってしまえば。

そんな不穏な空気を察したのか 

「逃げない。逃げないから服くらい脱がせろ。乱暴なことはするな」

と押し殺した声で言われた。

しばらく目の奥に嘘がないか見る。

そんな事をしなくてもこいつは嘘をつくくらいなら沈黙を通すだろうと思いはしたが、自分がやましいことをした分、他人のことも信じられない。

 

しぶしぶ上からどき、奴が服を脱ぐのを見る。

奴はなんでもない風に脱いでいるように見えるが、ボタンを何度も外し損ねている。

多分今逃げたいという葛藤と戦っているのだろう。

なぜ逃げない。

逃げ損ねたときの俺の報復が恐ろしいのか。

それとも今の俺はこいつにとってそんなに同情の対象なのか。

 

血が上る。

こいつがそう思ったんじゃない、今のは俺の妄想だ。

そう思っても自分が惨めに感じられて、俺も服を脱ぎ捨てる。

そのままベッドに追い立て、のしかかった。

両肩をベッドに押し付けるようにして首筋を甘嚙みする。

頸動脈に舌を押し付けると、鼓動が聞こえそうな気がする。

奴の方は先ほどひどく嚙まれたのを思い出したのか、体が萎縮しているのがわかる。

わざと強めに歯を当て、あごの動きで奴が歯を食いしばったのを確認してから舐め上げ、吸い付く。

ごくりと喉の動く音がした。

 

このままお前を追い詰めてやる。

 

触診には自信があった。

人間の体の構造は知り尽くしている。

急所に力を込めれば死ぬが、そこをぎりぎりの力加減でなぞると人の体は混乱する。

本来、人間の感覚にはくすぐったいというものはない。

痛覚だけだ。

痛点への力加減によってくすぐったく感じるのだ。

気持ちいいというのも同じ、力の加減。

相手に急所を握られているという恐怖をスリルに変えている。

 

引き結ばれた口がほどけて、吐息と一緒に声が出るまでに時間はかからなかった。

緊張で固まっていた体がほどけていく。

度出してやると観念したのか、後ろをほぐしにかかっても眼をつぶったまま耐えていた。

健気とも取れるそんなしぐさにまでいらいらする。

 

入れる時、もしかしてこいつに男の経験はないんじゃないかと思った。

それなのに思う様蹂躙した。

度では足りず、度、度と犯した。

自分の欲望を満たした後もおもちゃのような扱いをし、身悶える様を笑いすらした。

 

我に返ったのは、奴が失神した後だった。

 

 

キリコ

 

喉が乾いて目が覚めた。

起きようと思ったのになぜか俺は全身が重くてだるくて、身動きが取れなかった。

どうしたのだろう。

まるでひどい病気にでもかかってしまったような感じ。

こういう時だけは人暮らしをつらく感じる。

もう1度寝て体力を回復させるのと、脱水を防ぐために今水を飲みに行くのとどちらがいいだろう。

 

目も開けられずにぼんやり思っていたら、肛門あたりになにやら塗りこまれる異様な感触がし、反射的に逃げようとして失敗した。

腰がばらばらになりそうな激痛にうめく。

「急に動くな、薬を塗っているだけだ。」

という奴の声を聞きながら、ぼんやりと昨日のことを思い出す。

 

正直切れ切れにしか記憶がない。

記憶がなくなるほど乱れたのか、あまりに非現実的な記憶を脳が拒否しているのか。

てきぱきと俺の体の処理をする奴はどう見ても患者に対する医者そのもので、昨日の狂気は微塵もない。

いつものこいつだ。

 

みんなただの悪い夢のようなのに、俺の体だけが動かない。

「喉が渇いた」

と言おうとしたが、声がかすれてまったく出なかった。

奴が俺に注目したので

「水」

と口を動かしてみる。

冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターは甘露のように感じたが、喉にしみた。

ほんの少し体を起こされただけなのに、頭がくらくらする。

「ついでだから」

と抱え起こされ、隣のベッドに移された。

 

ひどく体がつらい。

このまま眠ってしまいたい。

でも今眠ってしまったら、こいつは俺を置いていなくなるような気がする。

最後の気力を奮い起こして起き上がろうとしたが、寝返りを打つだけでなんともいえない鈍痛が湧き上がり、息を切らせる。

慌ててそばに寄ってきた奴の手を借り、ソファに移る。

声が出ないので指先で奴を呼び、ルームサービスでコーヒーを取ってもらった。

カップに入ったコーヒーが重い。

奴に視線で隣に来させ、飲むのを手伝わせる。

1口飲んだら少しは気分がすっきりするかと思ったが、体調が悪いせいか全然うまくない。

それでも少しだけ人心地ついて、息をつく。

そして隣の奴を見た。

 

言いたい事があるんじゃないか。

今でないと言えない事が。

俺はお前にさらけ出した。

今度はお前の番だ。

 

俺は心身ともぼろぼろだったし、自分を支える力も残っていなかった。

でも追う言う時にしかない有利さも身につけていた。

 

ほら、話せ。

言いたいことがあるだろう。

言うべきことがあるだろう。

 

「わかっているんだ、こんなことしてどうするんだって。

この間のことでも思い知らされた。

今回のあの子だって体は五体満足な形になったけれど、これから先どういう障害が出るかわからない。

それなのに、いろいろ考えてもしかしてできるかも、と考え付くと手を出さずにいられなくなる時がある。

それが悪魔の所以なんだろうな」 

 

ああ、こいつが自嘲している。

この間、歳をとらずに寝ていた人間が意識を取り戻した瞬間、見る見る老衰して死んだ。

あのときのこいつの嘆きは本物だった。

 

「それでも若いころに比べればそんな事、ほとんどしなくなったんだ。

それなりに分別もついたし。

でもお前が絡むとだめだ。

俺はいつも理性をなくす。

どんな手段を使ってでもお前の仕事を邪魔したい。

邪魔してお前を打ちのめしたい。

俺をお前に刻み込みたい。

本当に大きなお世話だよ。」

 

苦悩のにじんだ顔を見続けられなくて、頭を引き寄せた。

俺の肩に乗せて表情を見えなくする。

奴の両手が俺の背に回り、ホールドされた。

苦しくて痛い。

でもひそかに震える背に手を置いて、意識が途切れるまでじっとしていた。

 

そのまま眠ってしまったらしい。

次に起きた時には部屋には俺しかいなかった。

俺はソファに横になっていて、サイドテーブルにはミネラルウォーターとビスケット、 それに頭痛薬が置いてあり、昨日のベッドはシーツなどがはがされて妙に寒々しくなっている。

その上に俺の着替えがきちんと畳んで置いてあった。

外に出られるようになるまでにもう1晩要したが、冷蔵庫の中にサンドイッチや牛乳が入っていたので飢えはしのげた。

チェックアウト時に、すでに支払いが済んでいるのを知った。

 

忘れよう。

奴も魔がさしたことを後悔しているのだ。

そう思うのに、理性とは裏腹に感情が高ぶる。

しばらくは体がつらくてそんなに思い出しもしなかったが、体の傷が癒されるのと反比例するように、あの時の断片が増えてきた。

それが夜毎の夢になる。

 

「逃げない」

と言った瞬間、俺の意気地は四散していた。

今、冷静に考えれば、俺の方が背も高いし力だって互角にあるのだ。

逃げることがかなわなくても、あそこまで言いなりにならなくてもよかったと思う。

なのになぜ俺は何もしなかったのか。

 

軍隊時代、男同士のセックスなんて聞き飽きるくらいだったが、俺は1度もそういう火遊びには近づかなかった。

かなり厳格なキリスト教家庭に育ったせいもある。

俺にとって同性愛は近親相姦や親殺しと同じくらい悪いことで、絶対にしてはいけないことだった。

 

長じるにつれ、特に戦争を体験した後では神など信じなくなっていたが、三つ子の魂百までと言うように、俺の心の底に侵してはならない規範として立ち続けていたのだ。

そういうことは、自分さえぐらつかなければ結構跳ね除けられることだとすら思っていた。

実際、軍隊では何度か粉をかけられたが、すべてすり抜けていたのに。

 

いや、親殺しをした俺にはそんな規範、もう無意味なのだった。

苦い後悔の念と共に思い出す。

父を殺した後もしばらく思い出しては後悔の念に打ちひしがれたものだが、今回は輪をかけてひどかった。

 

夜寝るたびに、新たな恥辱の記憶が呼び覚まされる。

まるで今まで出し惜しみをしていたというように。

 

あんな感じ方があるとは知らなかった。

頸動脈に歯を立てる奴は吸血鬼を連想させた。

ぎしりと歯がめり込むと本能的な恐怖が押し寄せる。

このままみ千切られれば死ぬという、他人に生死を握られる恐怖。

その代わりにやわらかい舌がその歯型を消すようにねとりと這い回り、頬張るように吸い上げられた時、鳥肌が立った。 

大きな恐怖が安堵にかわった瞬間、何かが背筋を抜けていく。

それは少しずつ俺の内部に溜まっていき、俺をもどかしくさせていった。

 

男の手で達してしまうなんて信じられない。

確かに機能的に、誰がしても出るんだというのはわかる。

だが奴に嘲笑われたとおり、奴が触る時には俺はすでに勃起していた。

 

虚勢を張る気にもなれない。

頭の一部で嫌だ嫌だと思っていても、俺はその時奴の手に感じていた。

達してしまった時、かろうじて残っていた矜持が粉々に砕けた気がして、その後本当に犯されるのだと思っても何の感慨もなくなっていた。

 

ある日、夢から覚めると勃起していた。

忌まわしい夢のはずなのに、体にまで裏切られた気がした。

それからは眠る気になれず、毎晩のように夜道を徘徊した。

財布だけ持って家の前の道をずっと歩いて、適当な道を曲がって、またずっと歩く。

朝になるまで。

 

とんでもない山奥に分け入ってしまったことがあった。

帰ろうにもタクシーが見つからず、見つけたホテルで倒れこむように眠ったこともある。

不審尋問されて

「電車がなくなったので歩いていたら道に迷った」

と答え、哀れみの目で見られたことも。

 

それでも夜中に目が覚めると歩かずにいられなかった。

見ていた夢を忘れるために。

疲れ果てて眠るために。

 

そんなことを続けているとき、海外の仕事が入った。

ブラジルで未知の伝染病が蔓延している。

それに感染して死期を悟った男からの依頼だった。

普段なら万全の予防をし、注意を怠らないのに、この時の俺はあきれるほど無頼着に患者に触れ、仕事をした。

 

発病は、日本に着いた直後。

グマだった。

 

どんなに調べても、原因はわからなかった。

結局できるのは対症療法しかなかった。

だがそれは進行を止めるものではなく、ほんの少し苦痛を削るだけだ。

進行が進めばどうなるかはわかっている。

 

俺は以前知った無人島に行くことにした。

金持ちの依頼主が酔狂で買い、終の地にした所。

あそこは彼が死んでからは誰も寄り付いていないはず。

 

小さな小屋には煮炊きのできるだけの設備と、自家発電があった。

モーターボートに研究書と、他の人には触れられたくない薬品の類、安楽死装置、爆発物、積めるだけの食料を積んで出かける。

家の中の物は燃やせるものは燃やし、後は徹底的に消毒して、貸し金庫の鍵と走り書きのメモだけユリに残した。

 

この食料が尽きるまでに進行を止められなかったら、小屋毎吹き飛ぼう。

最後には俺の痕跡すらとどめないように。

俺なんて、最初からこの世に存在しなかったように。

 

進行を止めるための研究と言っても島に来てしまってからは機材も制限され、肝臓から定期的に水を抜くことくらいしか出来なくなっていた。

 

きっと、ここに来たときから俺は戦うのを放棄していた。

痛みの間隔はだんだん短くなってきている。

爆発物の配線を確かめ、小屋にどう配置するかを考える。

最後は薬物にするか、それとも安楽死装置を使ってみるか。

それによってスイッチを入れてから爆発までの時間を調節しなければならないし。

 

そんなことばかりを考えるようになったある日、妹があいつを連れてきた。

妹の手前、なるべく冷静に接しようとしたが、家捜しされ、俺のかばんの中のカルテを見られた途端、逆上した。

 

ユリ、お前には幸せになって欲しい。

誰かいい奴を見つけて、俺のことなんて忘れてくれ。

ブラックジャック、お前はこんなところに来てはいけない。

もしグマが移ったらどうする。

お前の腕は天才だ。

お前にしかできないことがたくさんある。

こんなところに来るな。

危険を冒すな。

 

俺の近くに寄るな。

 

激しい痛みに自分が何を言っているのかわからない。

苦しい。

殺してくれ。

殺して。

 

でもそばには寄らないで欲しい。

お願いだから。

死んで欲しくないんだ。

生きていて欲しいんだ。

 

麻酔を打たれ、何もわからなくなる。

 

次に気がつくと、手術は終わっていた。

 

 

ブラックジャック

 

奴をオペした。

どんなに奴が嫌がっても、生かしてみせる。

いつも以上に必死になったオペだった。

 

オペが済み、小屋や器具の消毒をし直している時、奴が小さくうめいた。

急いで近くに寄ると、ぼんやり目を開く。

まだ寝ぼけたような声で

「死んだのか」

と言うので

「死ぬわけがない。お前は生きるんだ」

と言うと眉をひそめた。

「いつになったら許される?」

と聞く声に怒りがわき

「自分で死ぬのは許さない。ずっと生きろ。死のうとしても俺が治す」

と言ったら悲しそうな、だが半分あきらめたような顔をした。

 

そんな顔するな。

生きろ、生きてくれ。

そう言って揺さぶってやりたい。

できないけれど。

しばらく我慢しているうち、またまぶたが落ちた。

「おい?」

と言っても無反応。

ちょっと麻酔が効きすぎたか。

 

グマを見せた後あいつはすぐに眠ってしまったので、奴の妹さんと少し話し、家に戻した。

本当は彼女も奴の看護がしたいようだったが、彼女も働いているようだし、誰かに補給を頼みたかった。

だが本当の理由は、違う。

俺が奴を独占したかった。

 

この間俺はひどい無理強いをした。

それなのに、俺は逃げた。

あんなにひどいことをしたのに、その後冷静に話を聞いてくれたこいつ。

引き寄せられるままにすがり付いていたら、急に体が重くなった。

気を失った体をソファに横たえ、蒼白な顔で眠る姿を見つめるうち、もう一度手を出したくてたまらなくなった。

そんな自分が恐ろしくなって逃げたのだ。

 

その後謝る機会を逸してしまい、今に至っていた。

探そうとすれば奴を探すことなど簡単に出来るのに。

どうにも気まずくて俺は仕事を理由に目をそらしていた。

 

もしこいつの妹が教えに来なかったら、こいつは俺のいないところで、俺の知らないうちに死んでいたのか。

俺が謝りたいとこいつを探し回る頃には、痕跡さえ残さず、すべて消し去る予定だったのか。

そう思うと眠れなくなり、起きだす。

暗闇の中、月明かりを頼りに奴の顔を見る。

やつれた顔。

さっきは驚くほど敏捷に動いたが、体力と気力を振り絞ったのだろう、発作を起こした。

 

そのまま死んでしまうのではないかと思った。

それほど壮絶に苦しがった。

瞬間的に自分が寄生虫に腹の中をかまれたときの痛みを思い出したが、そんなものではなかっただろう。

グマには歯はなかったかもしれないが、大きさが桁違いだった。

 

何で俺はこうなんだろう。

本当は自分でもわかっているんだ。

俺は患者本人のことなんて本当は考えていない。

母だって、きっとあんな状態で今まで生き続けているより、あの時死んだほうが安らかだった。

それなのに、俺は死にそうな人間がみんな母に見えるのかもしれない。

 

生きていて欲しかった。

どんなに苦しくても、俺のために生きていて欲しかった。

無茶だけど。

そうなっていたら、母は俺を恨んで

「死なせて」

と言ったかもしれないけれど。

 

恨んでもいいから、お前は俺のために生きていてくれ。

 

奴があまり静かなので、本当に寝ているのか気になり手を出すが、寸でのところで勇気が出ない。

手を宙に浮かせたまましばらく疇躇し、そっと頰に触れてみた。

体温は低めに見えるが、ほんのり温かい。

顔にかかった髪を払い、ついでにそっと顔をたどり、また頰に手を添えたところで瞳が開いた。

 

1つだけの目が月にきらりと反射し、ゆっくり俺に移動する。

ただ物を写しているだけのような目。

きっとまだ半分夢の中なのだろう。

見ていないだろう目、聞いていないだろう耳に話しかける。

ただの、独り言を。

 

起きているこいつに、こんな風に言えればいいのに。

素直になりたい。

きちんとこいつに謝りたい。

 

ふふ、やっぱりこいつはまだ夢の中だ。

まったく表情がない。

こんな風に目を開け続けていると、瞳が乾いてしまうだろう。

手で目を覆って

「眠れよ」

と言い、しばらくして外すともう眠っている。

そっと呼吸を確かめ、口付けしようとしてためらい、自分の毛布にもぐる。

 

こいつはまだ生きているんだ。

少しでもこの間の過ちを償いたい。

そして、ほんの少しでも以前より打ち解けたい。

あんなふうに手を出すんじゃなく、きちんとやり直したい。

 

翌日見た傷口は、なかなかいい感じだった。

腹内からの分泌物もほとんど出ていないので、ドレーンもすぐに取れそうだ。

起きたいと言うので手を貸すと、自分の腹を見て苦笑している。

仲びきった皮はある程度は戻るが、たるみは残る。

「整形してやろうか」

ど冗談で言うととんでもないと即座に否定された。

てれどころかグマのオペ代も払わないと。

こいつを見たときから採算なんか考えていなかったが、そこまで言われると悔しくなった。

その分絶対に他の形で取り立ててやろう。

 

介護をしながら、俺は嬉しくて仕方なかった。

奴が怒ったり困ったりするのを間近で見られる。

回復期の八つ当たりですら、楽しい。

奴がいらいらして言うのを混ぜ返すと、余計に突っかかってくる。

そんな顔、見たことがなかった。

いつも冷静な顔、透かしたような顔しか見せなかったこいつが、こんな顔してみせるなんて。

 

夜中かすかな、うなり声で目が覚めた。

俺は普段は熟睡するが、病人の気配には気づく。

奴は額に汗を浮かべて、悪夢でも見ているようだ。

「どうした」

と軽く頬を叩くと、ぱちりと目を開いた。

俺の顔を見た途端、猛獣のような悲鳴を出す。

ベッドから落ちそうになるので支えようとしたら、すごい勢いで暴れられた。

傷口が開くといけないので、殴られても離れず、抱きしめる。

「夢だ。夢だぞ」

と繰り返していると、ふっと力が抜けた。

注意深く力を抜きながら

「落ち着いたか」

と顔を覗く。

 

俺も見たくないものを夢に見ることがあるが、こいつもそういう目に沢山遭っているんだろう。

まだ震えの残る体を抱えたままそっと髮をすくと、目の中の怯えが消えていく。

無防備な顔を見せられてものすごく不埒なことを考えそうになり、慌てておさめる。

「眠れそうか」

と聞くと

「大丈夫だ」

と言うのでそっと寝かせる。

 

手を出したい。

でも病人相手にそんなことをしたら、ただの野獣だ。

大体俺は、この間の埋め合わせをしたいのだから、そんなことは論外。

そう思いつつもどうしても我慢できず、寝入ったのを確認してそと口付ける。

寝込みを襲って悪いが、これ以上はしないから。

 

毛布に包まってもしばらく心臟がどきどきしていた。

 

 

キリコ

 

麻酔が覚めた時、ユリがそばにいた。 

泣いている。

つい軽口を叩いたら、がみがみ言い出した。

がんばって舌戦に応じるが、やはり女に口で勝つのは難しい。

だがしおらしくないユリはやっぱりいい。

父の看護の日々からこっち、こんなユリは見たことがなかった。

 

まだ麻酔が残っているのか、グマの正体を見た後すぐ眠くなり、次に起きたのは痛みのせいだった。

開腹手術後だから当たり前。

だが身動きも取れないほど痛い。

声は我慢したのだが、呼吸の乱れを察知されたのか、明かりがついた。

 

「痛むか」

と問う声は、奴。

「消せ。ユリが起きる」

と小声で言うと

「彼女はいったん帰ったよ。着替えや食料を取りに行きたいそうだし、俺も薬品や器具をいくつか頼んだ」

と答えられた。

では、こいつと人きり。

 

ユリ、何でいないんだ。

勝手な話だが、ユリを恨む。

俺の怯えを読んだのか、奴が意味ありげににやついた。

頰に手を当てられて思わずすくみ、激痛にあえぐ。

「どうする? 鎮痛剤をやろうか。それとも我慢するか」

と問われ、黙り込む。

吐きそうなほど痛い。

それでもどうしても頼むことが出来ない。

奴はしばらくニヤニヤと俺のことを見ていたが、ふと真顔になり

「頑固な奴だ」

と注射してくれた。

しばらく待つうち、痛覚が鈍ったのか楽に息ができるようになる。

「ユリさんには補給を担当してもらって、しばらく俺が予後を見る。俺のやり方に慣れるんだな」

と言いつつ奴が離れていくのにほっとして息をつく。

嫌な奴だ。

逃げられない患者の俺は、もっと嫌だ。

 

夜中、気配を感じた。

眠いのでそのまま目をつぶっていたが、顔のそばに何かある。

触れられてはいない。

でも頰近くに熱を感じるのだ。

と言ってもその気配はじっとしたまま動かないので気のせいか、と思い、またうとうとし始めたとき、今度こそ頰に何かが触れた。

そっとなでられ、そのまま額の髪を払われて、眉毛、まぶた、鼻、ロ、と順にたどった後、また頰に戻った。

 

「死なないよな」

とつぶやかれた声に誘われるように目を開ける。

モノトーンの中に、モノトーンの人物。

 

「お前が生きたいと思ってくれなければ、いつかこんな風にお前はひっそりと死んでしまうんだろうな」

そうつぶやくあいつは、昼間の奴とは別人のように自信なさげで儚かった

「死なないでくれというのは周囲のわがままかもしれない。

俺はいつも本人でなく、周囲の人が悲しんで欲しくないんだ。

本人がどんなにつらくても、大事な人のために生きていて欲しい。

俺はお前に死んで欲しくないよ。」

そう言いながら頰をなで続ける、こいつ。

 

これは夢だ。

俺の願望が見せる夢だ。

だってこいつがこんな顔、するわけがない。

こいつが俺にこんな話、するわけがない。

 

何か言いたいと思ったが、どうしても口を開くことが出来なかった。

頰をなでる手が俺の目を覆い

「眠れよ」

と言った。

その言葉に引きずられるように眠気が来て、今のが現実なのか夢なのか余計にわからなくなる。

 

ユリは食料や生活必需品、薬品などを大量に運んできて、海岸で厳重にボートごと消毒され、戻っていったらしい。

彼女は時々食料や燃料を補充しに来るが、荷物は海岸に放り、上陸はしないとのこと。

確かに奴のオペを疑うわけではないが、物が死病だ。

そのくらいの慎重さがないといけないだろう。

 

朝、点滴が終わると包帯を解かれ、傷を見られる。

「出血はないようだ。ドレーンも明日明後日には取っていいかな」

と言われ、ほっとする。

「起きていいか」

と聞くと、黙って背中に手を回してくれた。

ゆっくり座る姿勢になり、腹を見る。

ついこの間までカエルのように膨れていたのが嘘のようだ。

限界まで伸びていたので、皮がたるんだようになっている。

 

「タルタルだな」

と言ったら

「別料金で整形してやろうか」

とにやつかれる。

「そんなの必要ない。言っておくが、昨日のオペ代金だってお前のおせっかいだから支払わないぞ」

と言ったら

「ただほど高いものはないんだぞ」

と言われた。

反射的に払うと言いたくなるが、思いとどまる。

どんなことを吹っかけられるかわかったものではない。

 

包帯を巻き直し、座った姿勢で呼吸訓練。

スーフルというプラスチックの筒を咥え、大きく吹くと間抜けな音が出る。

それを繰り返し、呼吸能力が衰えないようにするのだ。

こんなこと、俺がする羽目になるとは、と思うが、息切れしてなかなか音が出ない。

オペの前しばらく寝ついていただけで、驚くほど体力が落ちているのがわかる。

 

「回復にしばらくかかりそうだな」

と言われるのは仕方ないとして、何で俺はこんな風に抱え込まれているのだろう。

まだ座る姿勢がつらくて

「寄りかかりが欲しい」

と言ったらこいつがそのまま来てしまい、 俺を抱えてスーフルに手を添えている。

 

こいつはこの間のことをどう思っているのだろう。

それとも、患者にはこういう接し方をする奴なんだろうか。

正直、この間ああいうことをされた相手にべたべたされるのはたまらないが、ここは男らしく気づかないふりをすべきなのだろう。

しかしデリカシーのない奴だ。

 

立ち上がるのはまだ無理なので、今日のところは導尿されたままなのが悔しい。

腹が減るわけではないが、何も食べられないのはつまらない。

早く腸が動かないかな。

そういう患者の前で、こいつはカレーを食っている。

鬼だ。

 

夜中、夢を見た。

奴に抱かれる夢。

 

覚悟はしていたはずだったのに、 いざとなると体が俺を裏切った。

俺はうまく力を逃せられなくて、入れる側もかなり辛そうだつた。

だが途中で休みながらも少しずつ入ってくる。

最後に体重をかけられたとき、 痛みに毛穴が開くような気がした。

 

なのに奴の息が荒くなり、俺に興奮しているのだと思うと俺も興奮した。

もしかしたら、ほんの少しは好かれているんじゃないかと思った。

 

それと同時に、戦時中のレイプの情景が二重写しになった。

死の恐怖、作戦が遂行できない焦り、装備の欠乏、飢餓。

そういうものに余裕がなくなった者どもは、自分より弱い人間を蹂躙し、貶めることで自分はそれよりましだ、と安堵しようとする。

標的になった者たちは、便所のように扱われた。

催したら出す、それだけの道具。

 

俺もそれだ。

奴は激情を収めたかっただけ。

そのために手近な人間を利用しただけなのだ。

奴はすべて忘れたように振舞っている。

だから俺も忘れないと。

忘れないといけないのに。

 

「どうした」

と頰を叩かれ、それが奴だとわかった途端、逃げようとして激痛が走った。

そのままベッドから転げ落ちそうになる。

気がつくと俺はしっかり抱え込まれていた。

「落ち着いたか」

と言う声と共に腕が緩められ、奴の顔にうっすらあざができているのに気づく。

 

そのまま髮をすかれた。

丁寧に何度も奴の指が俺の頭皮をたどっていく。

まるで頭をなでられているようで、気持ちいい。

あの時とは別人のように、今日の奴の目は穏やかだ。

ゆっくりベッドに戻され

「眠れそうか」

と聞かれる。

無理だと思いつつ

「大丈夫だ」

と答える。

しばらく見ているようなので、目をつぶって寝入った振りをしていると、身じろぐ気配がした。

 

そっと額の髪を払われる。

じっと見られている感じがするので、瞼と眼球を動かさないよう気を付けていると、頰に手を当てられ、口に何かを押し当てられた。

まさか、と思っているとそっと舌が押し入ってきて、俺の前歯をなぞって出て行った。

そのままごそごそと床の毛布に包まる音がする。

 

混乱したまま、けれど今の感触を何度も思い出す。

ふと以前のことを思い出して叫びそうになる。

昨日の夢は本当に夢だったのだろうかと虫のいいことを思い、夢に決まっているだろう、と思う。

そんなことを繰り返しているうち、うとうとしていた。

 

こいつはオペの鬼であるだけでなく、リハビリの鬼でもあった。

翌日の診察の後、水が飲めるようになったのと導尿の管を取ってもらえたのはよかったが、それからはトイレも自力で行かなくてはならない。

絶対に奴は自分からは手を貸さず、俺の歩く後をついてきて、転びそうになったときだけ寄ってくる。

せめて何か食いたいものだ。

 

点滴が終わると清拭とマッサージ。

整髪料を使った洗髪は応急的なものだが、さっぱりする。

後頭部にタオルを押し付けられると、体のこわばりが抜けていく。

マッサージは筋肉が細くならないよう、関節が固まらないようにするためだが、とても気持ちがいい。

痛くなるギリギリのところで止める、手際のよさ。

男の足を抱え込むなんて結構重いだろうに、 膝関節や股関節の屈伸までかなり長時間してくれる。

最初はつい緊張して腹に力を入れてしまいそうになったが、辛抱強く言われたとおり体の力を抜き、奴の手に身をゆだねてからは至福の時間だ。

心地よく疲れてうとうとする。

 

夕食に薄いスープが出た。

病人用のレトルトが、少しぬるめに温めてある。

スプーンでゆっくり時間をかけて飲む。

じんわりと体の中に入っていく感じが気持ちいい。

翌日からはプリンや卵豆腐など、栄養があって食べやすいものから始まり、だんだんと固形物が入ってきた。

 

 

ブラックジャック

 

翌日からはリハビリ開始。

本当はまだ導尿したままでもいいかと思ったのだが、俺に下の世話をされるのは気詰まりだったようなので、本人の意思を尊重した。

腹の傷をかばい、壁を伝って歩くのが心配でならない。

奴のプライドを傷つけない程度の距離を保ちつつも、どうしても伺ってしまう。

 

とにかく奴に触りたくて、清拭はとても丁寧にした。

最初は固く緊張した体が、だんだん緩んでいく。

髪の毛は多めのヘアートニックでよくマッサージして、汚れの浮いたところを丁寧に熱いタオルで拭いた。

シャンプーできない間の急場しのぎだが、結構さっぱりするのだ。

髪の毛は自分でも気持ち悪かったのか、すごく気持ちよさそうな顔をしている。

リラックスして、目をつぶって、満足げにため息をついて。

そんな顔を見るとなぜか気恥ずかしくなり、目のやり場に困る。

 

こいつは医者の顔をして接すれば、無防備に体を投げ出すのだ。

丁寧にマッサージをしながら、俺の邪念が手を通して流れていかないかとひやひやした。

膝や股関節のマッサージと称して両足を抱えてのしかかるとき、あの時を思い出して鼓動が跳ね上がった。

あいつも思い出すのかほんの少し恥じらいが入るのを

「力を抜けよ」

と邪気のない振りをして、丁寧に屈伸させる。

もともと体が固いのか、寝たきりだったせいで関節が固まってしまったのか。

驚くほど可動範囲が少ないところを、少しずつほぐしていく。

 

目をつぶったままうめくその声を、その表情を、食い入るように見た。

俺は趣味がおかしいのかもしれない。

そう思いながらも、奴の痴熊を想像してはこっそり抜いた。

 

そんな風にしながらも、俺たちにしては穏やかな日々が続いた。

肝臟は切っても1月ほどで元の大きさくらいまで復元する。

だが体の各部分に負担が行くので、特に最初の1、2週間はきちんと管理をしなければならない。

その後はゆっくり日常に戻ることが可能だ。

 

1週間経った所で抜糸をした。

体調も危うげなく回復しているし、もう俺がいなくても大丈夫かもしれない。

それでも奴がもう1週間ここにいると聞いた時、俺も同じだけいると決めていた。

 

オペ後、初めてシャワーの許可を出したが、大丈夫か気になって仕方ないので三助でもすることにした。

下着姿で入るとびっくりされたが、久々のシャワーは介助者がいたほうがいいのだ。

どうしても無理してきれいに洗いたいのが人情だから。

ほら、やっぱり髪を洗おうとしている。

そんな事からやっていたら、のぼせて倒れるぞ。

 

壁に寄りかからせ、頭から丁寧に、しかしすばやく洗っていく。

最初はおせっかいからどんどん洗っていたのだが、場所が下半身になるにつれ、もしかしてすごいことをしているんじゃないかという気がしてきた。

俺は今、こいつの片足を座った俺の膝に乗せて足の先を洗っているのだが、ちょっと目を移動させると奴がぶら下げているものがもろに見えるわけで。

野郎のそんなものを至近距離で見たいなんてこと、あるわけないのに、気になって俺の方がのぼせそうだ。

しかも見たら絶対に触りたくなる自信があった。

手を出さずにいられるよう、昔覚えた枕草子や奥の細道の前文を心の中で唱える。

俺は動けない病人には手を出さない。

そのはずだ。

 

 

キリコ

 

穏やかに1週間が経った。

やっと抜糸も済み、少しなら島の散歩もできるようになる。

食事も普通食が取れるようになり、点滴も終わった。

そろそろ潮時だろう。

 

そう思い

「他に仕事があるんじゃないのか」

と聞く。

「お前は」

と聞かれ

「後1週間ここにいて、大丈夫なら出ることにする」

と答える。

「じゃあうちで療養しないか」

と言われ、丁寧に断る。

確か子供がいたはずだ。 

万一のことがあったら困る。

そう言うと

「それならおれも後1週間ここにいる」

と言われ、困惑より先に嬉しく思った自分が嫌になる。

 

だって、今までの俺たちとまったく違う穏やかさなのだ。

鬼のリハビリと言ったが、その後には丁寧なケアが待っている。

今日は術後初めてシャワーを浴びた。

ざっと体をぬらしてシャンプーをし始めた頃、ランニングとパンツ姿の奴が入ってきて、いいというのに頭から体まで洗ってくれた。

以前寝たときの乱暴さが嘘のような丁寧な仕事。

そういえばあの時も途中は、と思い出しそうになり、思考を遮断する。

どうせこの島から出たら、またいがみ合いが始まるのだ。

それまでのほんの少しの間だけでも。

 

最初は夕食後の時間が気詰まりだった。

夜になるとどうしてもあのときのことを思い出し、くよくよしてしまったからだ。

だが今は違う。

筋力を保つため椅子に座って本を読み、濃い目の麦茶を飲む。

コーヒーやアルコールはまだ禁止なので、その代用品だ。

 

奴も我慢しているのか同じものを飲みつつ時々話しかけてくる。

どこそこの酒がうまいとか、あの学説をどう思うかとか。

仕事やこの間のことを暗黙の了解でかわし、 続ける話。

狂言じみているにしても、まるで親しい友人同士の付き合いのようで楽しかった。

本当にこんな風に親しく話せる友人が欲しい。

ずっと抜け殻のようだった俺の中に執着じみたものが生まれる。

 

もうずっと何もいらなかった。

俺にとって今は余生だった。

感動のない、平坦な、可も不可もない。

でもあいつに抱かれてから俺は感情が高ぶりっぱなしだ。

良い方にも、悪い方にも。

 

結局あれは単なる事故だ。

俺さえわだかまりをなくせば、仕事がらみでなく会った時にはこんな風に付き合えるのかもしれない。

もしそうなれたら。

 

術後10日目、2度目のシャワーの許可が出た。

前日大雨が降ったので、貯水タンクが満杯になったのだ。

小さな島なので井戸はない。

真水は貴重品だ。

 

シャワーを浴び始めたとき、またドアが開く音がした。

「もう1人で大丈夫だ」

と振り向くと裸のあいつが立っていた。

そして医者でなく、雄の目で俺を見た。

のどが干上がる。

「洗うだけだから、そんな顔するな」

と苦笑されたが、何でこの間と違って裸なんだ。

そう言うと

「この間はびしょびしょになって気持ち悪かったから」

と当たり前の返事。

じゃあ何でお前の坊主は目覚めているんだ。

そうわめくと

「そりやあ楽しいからさ」

と石けんをスポンジに泡立て、俺の体をこすり始めた。

 

この間と同じ手順のはずなのに、にやつかれながらされるとものすごくいやらしいことをされている気がしてくる。

この間はこんなに時間がかかったつけ。

確かにこの間も足指の間まで洗われたけれど、こんな風に下から覗かれると自分の無防備さを強調されるようで。

股間にふっと息を吹きかけられ、慌てて視線をそらす。

奴の目を見るのがいけない。

壁を見つつ感触を気にしないよう関係ないことを考えていたら、急に局部を握られた。

 

さっきまで跪いていたのに、いつの間に立ち上がったんだ。

もう片手でいやらしく触られ慌てて引き剥がそうとするが、急所を握られている男というのはある種生死を握られているようなもので、とても無力だ。

「洗うだけのはずだろう」

と言う声がかすれて、無様さが増す。

「洗うだけだ。どうせまだ腹の傷が痛くて起たないだろ」

と言う奴の顔は、いやに楽しそうだ。

顔をそむけると

「見ろよ」

とささやかれた。

 

「俺、おかしいと思わないか。触っているのはお前のなのに、俺の方が気持ちいいんだ。」

と言いつつ根元から丹念に洗っていく。

俺のはそのままなのに、触っていないはずの奴の方が反応し、呼吸と共にゆらゆら揺れる。

 

こいつは俺に興奮しているのだろうか。

それともこういういたぶるような言動に興奮する奴なのだろうか。

「俺の、してくれないか」

と言われて、思わず顔を見た。

さっきまでのニャニヤ笑いが消えた顔。

それが妙に真剣に見えて、とりあえず頬をつねってみる。

存外に伸びる頰を引っ張り切つてから放すと、いつものどすの効いた目になった。

 

わめく直前の口を、口でふさぐ。

舌を入れると、引き込まれた。

そのまま手を奴のものにからませる。

しごき始めると奴の舌が解け、ため息のようなくぐもった声がした。

気持ちよさそうな様子に、手の動きを早くする。

俺のものから手を放し、肩にかけてくるあいつ。

自分勝手な奴だが、今の俺はそのほうが気が楽だ。

 

心臓がものすごい勢いで鼓動を打つ。

こいつは俺の手に興奮している。

俺はまったくのヘテロで、野郎の物を触るなんて考えたくもないはずで。

でも今、俺はこいつの快感をなるべく引き出そうと懸命だ。

気持ちよさそうな顔を見たい。

もっと見たい。

もっともっと。

 

腹に勢いよくかけられてはっとした。

またこんなことをしてしまった。

いつの間にか体の石鹼が乾きかけて、腹の辺りとの差が激しくて。

めまいがし、腹を抱えて半ばうずくまる。

引きずり立たされてシャワーをかけられ、そのままベッドへ。

俺を布団でくるんでから自身を洗いにシャワーに戻り、お湯を使う音がする。

俺は今、女の代わりでも便所でもいいから奴とかかわりたいと思っていなかったか。

これ以上自分を貶めてどうする。

俺は友人が欲しかったのではないのか。

 

あんなに痛くて苦しかったのに、 その後の方が地獄だった。

根元をせき止められて、前立腺を探られる。

「気持ちいいんだろう。緩んでるぜ。ほら、出てさた」

という声とともに、 肛門から奴の物が出てきた。

そんなものを足や腹に塗り広げられて、それなのに俺は余計に勃起した。

苦しくて、気持ちよくて、でも苦しくて泣き喚いた。

「へえ、そんな顏、するんだ。いつもはすかした顏しか見せないのに」

と言われ、消えてなくなりたくなったのに、体はあと少しの刺激が欲しくて歯がみした。

「終わりたいなら俺のこと好きって言えよ。 さちんと感情を込めて」

と言われ、何度も好きだと繰り返した。

直後に

「今なら何でも言うんだな」

と激しく中をかき回され、 根元を外されて、 思い切り奴にかけていた。

 

消し去りたい記憶。

 

軽蔑された。

また軽蔑される。

俺は何も望んじゃいけない。

 

そして俺は奴から逃げ続けるのか。

 

奴とかかわりなく生きるのはむなしいだろう。

仕事は楽になる。

生活に支障なんてない。

でももう奴にかかわれないと考えると、胸が締め付けられるような気がする。

いがみ合いでいい。

邪魔されるのでもいい。

あいつに会うと、いつも悔しくて悲しくて自分のふがいなさを思い知らされる。

それでも奴は俺が死神でなく人間でいられる、ただー本の線なのだ。

 

あいつがいなければ俺はもっと楽かもしれない。

でもそれはまやかしだ。

自分の間違い、ふがいなさを見せつけられる分悔しいけれど、俺には奴が必要なのだ。

 

嫌われたくないから会わないなんて、おかしな論理だ。

友人になりたい。

果てしなく不毛に対立するのでなく、医者と患者のように上下のある関係でなく。

 

 

ブラックジャック

 

動けない病人には手を出すまいとあんなに思っていたのに、その3日後には出してしまった。

2度目のシャワーを使いにいく奴を見た時、どうしても構いに行きたくなったのだ。

知れば知るほど奴のことを気に入ってしまったせいもある。

 

話すのが楽しい。

旅の話、医療の話題、暇つぶしの話。

どんな話題を振っても受け取ってくれる相手。

なのに沈黙が続いても気にならない相手。

病人相手だから今はしないけれど、真剣な議論もできる相手。

 

人といるのがこんなに楽しいとは知らなかった。

今まで独りが一番気楽でいいと思っていたのに。

とにかく俺は奴の事を構いたくて仕方がなかった。

子供っぽいやり方かもしれないが、驚かせて奴が俺をどう思っているかを知りたかった。

 

奴がシャワーを浴びる音を聞きながら服を脱ぐ。

この間は下着を着たままだったが、今回は全裸だ。

ドアを開けると奴はもう大丈夫とか言いながら振り向いて、俺を見た途端固まった。

ちょっとあからさまだっただろうか。

「洗うだけだから、そんな顔するな」

と言っても不審そうに色々言うのでわざとニヤニヤしながら洗ってやる。

別段変なことはしていないはずだが、奴の顔がほんのり赤い。

こいつ、意識している、と思うと嬉しくて、 ちょっとからかったらあからさまに顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

趣味の悪いことに、俺は恥じらう中年男相手に興奮していた。

奴がぶら下げているものを片手に持ち、もう一方の手で石鹼を塗りたくる。

驚いたらしい奴が色々言うが、ほんの少し根元に力を入れるとおとなしくなる。

病後の人間に無理はさせられないけれど、俺の言うことにいちいち反応する様を見ていると俺自身の方がやばくなってしまい、ねだるような真似をしてしまった。

 

あの時は正気ではなかったのだと思う。

そんな俺の頰を思い切りつねった後、それでも奴は相手をしてくれた。

今まで性的なことは俺からしかしたことがなかったから、あいつの手がしてくれている、というだけでものすごく気持ちよかった。

薄目で顔を見ると奴も目の色が変わっていて、やはりこいつも俺のことを嫌いじゃない、と思うと余計に高ぶった。

だから出した後、あいつが急に青ざめた時、わけがわからなくなった。

 

俺は何か傷つけることをしたんだろうか。

それとも無理をさせすぎたのだろうか。

大急ぎで体についた石鹼を落とし、水気を拭いてベッドに寝かせる。

自分の体に石験がついているのに気づき、もう1度シャワーしに行く。

大雑把にシャワーを浴びながらも心配でたまらない。

 

そんなに時間をかけたわけでもないのに、戻ると奴は眠っていた。

起こしてはいけないとそっと髪に触ったつもりだったのに、奴はまるでやけどをしたような勢いで飛び起きた。

一瞬傷をかばうが、俺を見た途端暴れだす。

殴られながらも奴に飛びつき、無茶をしないように押さえ込む。

それがパニックに拍車をかけたらしい。

 

最初は、戦争中の夢でも見て取り乱したのだと思った。

だが俺はこの時やっとこの間の事がこいつにとっては忌まわしい強姦だったという事を思い知った。

あんなに酷い事をしたのに、俺は男同士なんて殴り合いの代わりくらいのものだと思っていた。

それどころか何となく今回のオペで罪も帳消しくらいの気持ちだった。

 

ヘテロの奴が急にそんな羽目に陥ったら、混乱するに決まっているのに。

しかも俺は初めて見るあいつに興奮して、酷く傷つけることばかり言っていたのだ。

そういえば、ここに来てからも俺の手にびくつく場面や嫌そうな顔をすることがあり、それを表情に出すまいとしていた。

でも俺はそんな空威張りがほほえましくて、余計にべたべた触れていた。

もしかしてこいつは、俺といる間ずっとレイプ魔に付きまとわれるように苦しかったのだろうか。

 

そんな奴に俺は今日手を出してしまつたんだ。

最初の頃のように俺の手におびえなくなったから、少しはいいかと我慢できなくなって。

 

こいつがまたこんな風に消えてしまつたらどうしょう。

今度こそ俺の知らないところでひっそりと死んでしまったら。

いくら情報に金をかけてストーカーまがいのことをしたとしても、本人にそのつもりがあれば死ぬなんて簡単だ。

特にこいつは苦しまずに逝く方法を幾通りだって知っているはず。

 

食事中もその後も目を合わせようとしない奴に焦りが募る。

でもここで暴走したら、もう挽回のチャンスはなくなるだろう。

 

気になる子にちょっかいをかけて、相手が泣いたり怒ったりと反応するのを「俺の方を見た」とただ喜ぶ。

俺がしていたのはそんな子供のするようなことだった。

何の気なしに放たれた心無い一言にどんなに傷つくか、俺は嫌と言うほど知っていたのに。

 

それどころか俺は、悪いことをしても「ごめんなさい」のできない意固地な子供、そのものだ。

今からでも、間に合うだろうか。

遅すぎたりはしないだろうか。

 

ベッドに横になる奴の後についていき、無理やり隣に割り込んだ。

すごく嫌そうな顔をされて逃げたくなるのを踏みとどまり、俺の方を向くように言う。

とにかくこの間のことを謝るんだ、と口を開く。

 

暴走してしまって悪かった。

いつものポーカーフェイスじゃないお前を見たら、もっと色々見たくなった。

あんなに酷いことをしたのに話を聞いてくれたお前を見たら、もっと酷いことをしたくなって逃げた。

謝ろうと思っていたのに、ぐずぐずしているうちに時機を逸した。

 

こんな風に急にいなくなるな。

一人で死のうとしないでくれ。

俺はずっとお前に謝れないまま探し続けないといけないじゃないか。

そんなのは嫌だ。

 

お前と会うと俺は見境をなくすけれど、お前がいないと俺はもっとおかしくなる。

きっと俺は驕ってしまう。

技術だけ追求する化け物になる。

お前だって、きっと今よりすぐにあきらめるようになるだろう。

俺たちは何度も会わないとだめだ。

だからどこかにいなくなったりするな。

俺たちは多分似たような暗闇を見つめている。

一人だとちょっとつまずいただけで足を取られてしまうかもしれない。

でも注意しあえる奴がいたら。

そういう人間がいたら。

 

なるべく冷静に話そうとしたが、最後のほうは奴をかき口説いていた。

こいつのオペをしていたときの不安な気持ちを思い出し、怖くて仕方なくなっていた。

そんな時、俺の背に奴の手の重みを感じた。

手は俺の背中をゆっくりと動いた。

あの時のように。

まるで俺を落ち着かせようとするように。

 

ぎゅうぎゅう掴んでいた肩を離し、改めて俺も背中に手を回す。

奴の首筋からは、ほんのり石鹼の香りがした。

とても清らかで、落ち着く香りだった。

 

 

キリコ 

 

あの夜、あいつに謝られた。

いつも横柄なあいつが、一生懸命俺をかき口説いた。

その様はべそをかきたくなるのを我慢しながら謝る子供のようで、妙に庇護欲を誘った。

 

こいつも俺と同じものを見ているのだ。

多分、ほんの少し別の場所、別の角度から。

1人で見つめ続けると同じようにしか見られなくなる怪物も、2人で見つめれば別のものが見えてくるかもしれない。

俺は必要とされているのだ。

こんな風にぎっちりと肩を掴まれるくらいに。

 

手を上げて、奴の背中に回してみる。

強張った感触は、緊張しているせいか。

そっとなでてやると、ふっと背が緩んだ。

肩を掴んでいた手が背に移り、抱きしめられる。

それは溺れまいとしがみつく子供のように感じられた。

 

その日から3日間は一緒に寝た。

その間、奴から手を出すことはもうなかった。

ただ眠っている時。

人が苦手な俺がほんの少し体をずらすと奴の足や手が俺を探し、俺の体にたどり着くとペたりとくっつくのだった。

 

最後の日、ユリのボートを待つ間に一度だキスされた。

「俺は女の代わりじゃなく、友人になりたい」

と言ったら

「俺もお前と友人になりたい。お前は肉体関係のある友人は嫌か」

と聞かれた。

答えられないでいるうちにモータ—ボートの音がし始めた。

焦って何か言おうとしたら

「考えておいてくれ」

と言われた。

言うと少し遠くにずれようとするので、奴の足を軽く踏んで動けなくして、ユリが来るのを待った。

 

 

ブラックジャック

 

俺には大事なお守りがある。

ピノコが作ってくれた人形と、奴の電話番号。

島から出た後、一度俺の家で精密検査をし、車で奴の家に送った。

その時急用ができたら困るから、と理屈をつけてお互いの番号を交換したのだ。

 

それからずっと奴の手書きの小さなメモは、俺の胸の内側の小さな切符用ポケットの中にある。

書斎で書き物をしてふと休憩をしようと思う時、夕食後に席を立つ瞬間など、何かの折に電話をしょうかな、と思うことがある。

が、まだ一度もしていない。

 

この電話にかければあいつにつながる。

そう考えるだけで嬉しくなった。

俺は用がない限り自分から電話など掛けないが、本当に会いたくなったら予後を聞くためにだって電話できるのだ。

仕事が一段落したときなど何度も連絡しようとしたが、いまだに掛けられない。

もったいないのもあるが、怖いのだ。

 

もし電話に誰も出なかったら、俺は何を考えるだろう。

奴は安楽死の最中だろうか。

それを知ったらまたうるさく言いたくなる。

それとも何かの事件に巻き込まれていないだろうか。

まさかと思うが、どこかで野垂れ死にを。

 

こんな風に誰かのことを心配することなど、今までなかった。

俺は何時も鉄砲玉で、外に出ればピノコのことすら忘れてしまう。

それなのに。

こんなの一度電話でもすれば気にならなくなるんだ。

そう思いつつもどうしても受話器に手が出ず、あいつは何で電話をよこさないんだ、と受話器の前で愚痴る日々だった。

 

 

キリコ

 

島から戻って2ケ月後、俺はニューヨークの町を歩いていた。

すでに肝臟の大きさは元に戻ったし痛みなどはまったくないが、未だに以前より疲れやすい。

重い安楽死装置を軽々と持ち歩くというわけにはなかなか行かず、あまり辺境の依頼は断らざるをえないようになっていた。

そんな時に裏の伝手でカルディオトキシンという新薬のうわさを聞いた。

本当に安楽死に適したものならば、こちらに切り替えることも検討しよう。

そう思って現物を見に行き、サルではあるが実際の効力も見た。

自分でも色々調べなければならないが、海外での候補にはなるかもしれない。

何しろ今の俺には選択肢が少ない。

この間死を覚悟した時、やばい薬品は俺と一緒に塵にしようとすべて島に持ち込んだのだが、帰る時にはすべて奴に処分された後だったのだ。

資料の類も悪用されないようにとその前にすべて焼却してしまったので、今の俺は重い安楽死装置を持ち運べない場所では仕事のしようがない。

情けない話だ。

 

そういう時にいい選択肢を見つけた喜びで、確かにあのときの俺は油断していた。

普段なら絶対にホテルの金庫に入れるまで安心したりしないのに、ついバーなんかに寄ってしまった。

あんなふうに奴に会うとも思ってなかった。

久々に会うあいつは普段と同じく俺に食って掛かる。

それがちゃんと俺を気にかけている証のようで、いつもいらいらするはずの言い合いすら楽しかったのだ。

 

だからと言ってかばんを盗まれてしまうほど浮かれた言い訳にはならない。

一気に血の気が引く。

外に出てがむしゃらに走っても、大体犯人の顔すらわからない。

俺のかばんを持っている人間なんて、どこにいるのか。

 

「いた! おじさん!」

と急に叫び声がしたかと思うと、一瞬後には子供に手を引かれていた。

「すぐに来て! ママが、ママが死んじまう!」

と言う言葉に、あの薬品を盗んだ奴だと確信した。

案内のまま、とにかく走る。

その子の部屋にはあいつがいた。

 

後は奴の指示の通り動くだけだった。

俺1人だったらとっくにあきらめてしまっただろう。

自分のうかつさを惨めに思いながら、もう打つ手はないと思って。

この粘り強さは俺が奴にどうしてもかなわない部分だとつくづく思う。

もちろんオペの腕が超一流なのは言うまでもない。

だが俺が奴に一番かなわないと思う所は、その奇跡を信じ続ける精神力だ。

 

オペの後、屋上で夜景を見ていたら奴が寄ってきた。

心地よい疲れと充実感に包まれていたので、つい本音が漏れてしまう。

しばらく二人で無言のまま夜景を見ていたが

「俺のホテルに来ないか」

と言われて振り向く。

 

いつの間にか背に手が回り、すぐ近くに顔があった。

無言のまま俺からキスをする。

それが了解のしるし。

 

ホテルに行くまでお互いほとんど無言だった。

俺はなんでもないふりを装っていたが、内心かなり動揺していた。

奴のホテルに行ってもただ一緒に飲むと言うわけではないだろう。

それともキスなんてしなければ、単に飲むだけですんだろうか。

 

前回は半ば無理やりだった。

だがその後の島での生活の中でお互いの存在が大きくなり、気持ちがどんどん近づいていった。

だからいいじゃないかとは思う。

だが俺の中には、なんで友情ではいけないのだ、という気持ちも残っているのだ。

半分は行為ありの友情でもいいかという気持ちもあるのだが。

 

そう思い惑っていても足は勝手に動き、気づくと奴の部屋に入るところだった。

ハンガーを放られ、反射的に受け取る。

「上着を掛けろ」

と言われれば、応じざるをえない。

ハンガーに掛けて持っていくとあいつの横に掛けられ、それをぼんやり見ていたら

「タイも」

と抜かれた。

小物掛けにかけた後、そのままボタンを2、3個外され我に返る。

あわてて襟元を合わせたら

「そのまま洗濯してやるぜ」

と、にやりとされた。

「ランドリーサービスに出せば、明日の9時には戻ってくる。それまでお前は逃げられないし一石二鳥だな。どうせそれまでゆっくりしていくだろう」

頰をなでられ、本格的に逃げ場がなくなったと知る。

「先にシャワーを使わせろ」

とシャツを放り、逃げるようにシャワー室に入った。

服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びようとするとノックがして

「洗濯に出す」

と下着まで持ち去られてしまった。

絶体絶命の気分。

 

何とかして落ち着こうとシャワーを使っているとドアが開き、裸の奴が入ってきた。

驚いて1人で入らせろと言っても

「オペの後、何度も洗ってやっただろう」

とカエルの面に水だ。

確かにそうだけれど、今とは状況が違う。

あの時は体が動かなかったから仕方なく。

「大丈夫、お前の体は俺の手が優しかったのを覚えているはずだ。

前の記憶を消したくてすごく優しくしたんだから。

あの2週間、俺がどんなに手を出したかったか知らないだろう。

何度犯してやろうと思ったかわからない。

今日までも、本当は何度か会えそうな時はあったんだ。

でもせっかくしてもお前も楽しめなけりゃあつまらないから、男が回復するくらいまで待っていた。

お前もそろそろいけるだろう?」

 

意味深に笑われて、ぞくりと来た。

確かにオペからこっち、ずっと禁欲していたが、そろそろいけそうな感じはある。

いや、本当を言うと、言われた途端、体内からそういう気持ちがもぞもぞとわいてきた。

これも奴のテクニックという奴なのだろうか。

 

何をしたい、して欲しいというのではない。

ただこいつの手が欲しい。

患者だけの特権だったはずのこいつの手に触りたい。

触られたい。

 

1つしかないスポンジで交互に石鹼を泡立ててはお互いに塗っていく。

こんなままごとじみたこと、女相手にもしたことがない。

けれどこいつが楽しそうに俺を泡だらけにしていくので、対抗上俺も同じようにしてしまう。

奴の手が俺の性器を掴む。

石鹼でぬめる手はすごい速さで動いたかと思うと、根元をせき止めては先端部をじらす。

「お前も」

と言われたときには我慢しているのがつらくて、とにかく奴のを早く終わらせようとした。

「キスしろ」

と言われ、強烈なのをお見舞い。

 

だからいかせろ。

気持ちよくなれ。

楽になりたい。

 

俺はすぐに出させてやったのに、奴め、自分が満足するとねちねちと。

吐き出すまでに散々じらされてしまい、ぐったりしていると泡を流された。

とりあえず終わったのだとほっとしていると、奴はシャワーヘッドを外している。

バスタオルを取ろうとした俺の手を引っ張り、戻された。

ホース状になったシャワーを片手に

「きれいにしてやるよ」

と言われ、血の気が引く。

自分でやるから、お前の手は借りたくないと、最後まで抵抗する。

 

何とか奴を追い出した後、どういう風にすればいいかと姿勢を考えながら、情けなくて涙が出てきた。

俺がこんなこと、考えるなんて。

なんとか湯を入れ、トイレにまたがるも、自分の排泄音を聞きたくなくて耳をふさぎ、硬く目をつぶる。

そんなことをしても外に漏れる音は同じなのだろうが、我慢できない。

 

だがそんなのはまだ序の口でしかなかった。

奴に促されてベッドに行くと、サイドにジェルとコンドームが置いてあった。

 

来る途中の薬局で

「買っていくか」

と言われ、うなずいて外で待っていようとしたら引きずり込まれた。

「どれがいいかわからないから」

と言われたが、男2人でこんなものを選ぶなんて世も末だ。

レジの人間が男だったのがわずかな慰めだが、単に友人の買い物に付き合っただけ、には…見えなかっただろうな。

そのときは恥ずかしいばかりだったが、こんな風にサイドボードに置かれると妙に生々しく感じられて、尻込みしそうになる足を叱咤する。

 

ベッドに座らされ、奴が上からのしかかるようにキスして来た。

もしかして、背が低いのを気にしているのだろうか。

そんな風に高い位置からのキスはあまり覚えがなく、硬くなっていたら髪をすかれた。

この手には覚えがある。

あの島で何度もこんな風に髪をすかれた。

そのたびに俺は落ち着いた。

今度もそうだ。

まるで条件付けられてしまったように、力が抜ける。

 

こんな風になるなんて、俺らしくない。

処女じゃあるまいし。

自嘲するが、緊張するのは奴が相手だからか、以前の記憶のせいなのか。

腹の傷をいじられて、体がびくついた。

どうしても防御の姿勢になりがちな俺を押さえるようにしてたどっていく奴の舌と指。

 

気持ちいい。

怖くて怖くて気持ちいい。

時々甘嚙みされると震えるほど怖いのに、一瞬後に来るぞくぞくする感覚は性的なものになっている。

「足、楽にしろよ」

と言われ、力を抜くと、膝が腹につくくらいまで折り曲げられ、そのまま左右に開かされた。

あられない格好に抗議するが、膝にちょっと力を入れられただけでもう動けない。

俺は体が硬いのだ。

そのまま無言でじろじろ見られ、死にたくなる。

こいつは変態だ。

野郎のこんな姿、何が嬉しいんだ。

 

「この格好、覚えがあるだろ。お前は全然気にしなかったようだが、リハビリの時、股関節のマッサージと称して毎日していたから。いつも服を取った姿を妄想していたが、大体想像通りだな」

と言われ、とっさに言葉が出てこない。

奴はニヤニヤしながら

「最初は恥ずかしそうだったのに、2、3 日で慣れたよな。きつくて時々うめく声とか表情とかをおかずにしてたの、知らなかったか。俺、マッサージの後いつもトイレにこもっていただろ」

なんて続けるので、今までの丁寧なマッサージに感謝していた気持ちが霧散する。

こいつ、なんて変態なんだ。

今までもこんな風に患者にセクハラしていたんだろうか。

「こんなに血色のいいお前、初めて見た。

やっぱり色素が薄いと出る時は顕著だな。

興奮してきたのか。

それとも羞恥か?」

と聞かれても、俺には答えようがない。

 

こいつは今、特別どこかを触ったりしているわけではない。

人の膝を押さえつけて、世間話をしているだけだ。

俺は普通に受け答えすればいいんだ。

そういえば、俺には手があるじゃないか。 

こいつの手を引っぺがせば。

そう思うのに、手が動かない。

視線をそらすことができない。

奴の視線を引き剥がすことができない。

 

「勃起してる」

唐突に視線がそれ、言われた。

体のこわばりが取れ、がむしゃらに暴れ、手を外す。

逃げようと這いずった時、後ろからのしかかられた。

 

上からつぶされる。

ただでさえ本調子といえないところに今日は走りまくったし、緊張しまくったしで、悲しくなるほど力が出ない。

「逃げるともつといじめたくなるな」

と言うのが悔しくて惨めで

「俺は帰る。放せ」

と精一杯暴れつつ顔だけ振り向く。

ニヤニヤしていた奴が驚いたような顔をして、力が抜けた。

最後のチャンスと振りほどいて抜けた、と思ったところでまたつかまった。

 

こうなったらなるべく体を固くして防御だ。

もう絶対こんな風にうかつな誘いには乗らない。

絶対に、絶対にだ。

心の中でわめき続ける。

こんな変態、何で気に入っちまったんだ。

俺は本当に腐っている。

 

「悪い」

と言う声は、小さくて聞き取りづらかった。

「ごめん」

とまた問こえても、意味がつかめなかった。

「悪かった」

と3度聞こえたとき、それが謝罪の意味だとやっとわかり、ほんの少し力を抜く。

 

ゆっくり裏返しにされ、頰を掴まれた。 

「調子に乗りすぎた。もう変なことはしないから、逃げるな。」

 

ああ、こいつの目を見てしまった。

もう見てはだめだと思ったのに。

 

口ではどんなことを言っても、こういう奴は絶対にまた変なことをして来るんだ。

だってそういう奴なんだから。

わかっているのに何で俺はこいつに手を伸ばしてしまうんだろう。

これが泥沼にはまるという事なんだろうか。

キスしながら人の尻をまさぐる手に戦々恐々としながらも、もう奴から逃げようという気は失せていた。

 

 

ブラックジャック

 

またこいつをおびえさせてしまった。

いつも強気で死すらおびえないような奴がこんなことにびくつくなんて変な気もする。

でも、誰だって急所はあるものだし、これが奴の急所なのかもしれない。

 

確かに俺はどこか無作法なところがあるようで、患者の中にもやたらと俺におびえる人間もいる。

小さいころいじめられては仕返しをして、を繰り返していた癖で、俺は人の急所を無意識にえぐるところがあるようなのだ。 

なるべく気をつけよう。

このまま拒否されたらたまらない。

 

丁寧に口中をなぞり、体の力が抜けたところで後ろを探る。

触れるだけで緊張する入り口は洗浄をしたというのにきっちりと閉まっていて、普段の奴のようにガードが高い。

こいつをほぐすのは大変そうだが、どうせ夜は長いのだ。

途中を楽しみながらいこうと思う。

だって正直もったいない。

 

ずっと待っていた。

電話をかけたいと何度も思った。

でももしかけて、そっけなくあしらわれたらと思うとできなかた。

電話をせず会わずにいる間は、現実に失望することもない。

俺はそんな風に臆病だったんじゃないか。

空想より、現実のこいつのほうが何倍もいいのに。

 

まさかこんな風に忙しいことになるとは思っていなかったが。

こいつと会うと必ず難易度のすごく高いオペをすることになるんだな。

でもせっぱ詰まった思いをするたびに、どんどん距離が近づいているような気がする。

 

ジェルを手に落としながら

「この粘り気、精液に似ていないか」

と言ったら嫌な顔をされた。

ちょっと話の糸口には不適切だったか。

こういうときに何か気の利いたことが言える舌が欲しい。

だが俺の口から出てくるのは、我ながらなんか変なことばかり。

変だとはわかるが、どう修復すればいいか。

ま、とにかく押し通せ。

 

「ほら、そう思わないか」

と奴にも垂らすと

「冷たい」

とわめくので、手のひらで伸ばしながら温めてやる。

これは気持ちがいい。

今回初めて使ったが、なかなか伸びもいいし、摩擦がなくなるので手がスーッと動く。

もう一度、今度は自分の手にたっぷりと落とし、手のひらでしばらく温める。

いい感じになったところで奴の性器にたっぷりと塗りたくると、これは石鹼よりずっといい。

ぬめりとするのが泥遊びでもしているようで、夢中になる。

下で何かわめいているようだが、こうなると全部耳を通過していく。

 

シーツにたれそうになるのをあわてて掬い取り、本来の用途を思い出してほぐしにかかる。

大便をしていると小便もしたくなるものだが、これは前後が同じタイミングで緩くなるからだ。

だから前がくつろぐと、後ろもくつろぐ。

ほら、さっきよりも収縮するようになっている。

ためしに指を入れてみると、洗浄してあることもあり、2本は軽く入る。

もうちょっと前をくつろがせれば、と考えたところで髪を思い切り引っ張られた。

 

「お前、さっき変なことはしないと言ったはずだぞ!」

と怒鳴られ

「まだそんなに変なことはしてないだろう」

と言ったら

「俺のキャパシティはお前よりずっと狭い!」

と怒られる。

「偏屈だな」

と言ったら

「お前がやられたら同じことが言えるのか」

と返されたので、とりあえず場所を交換してみることにした。

 

ジェルを手にためらいがちに俺を見る奴は、何を躊躇しているのだろう。

「もう下にバスタオルを敷いたから、沢山使っていいぞ」

と言うと

「踏ん切りをつけているんだから、しばらくしゃべるな」

と怒られた。

俺にするの、そんなに勇気がいるのか。

俺は触りたくて仕方ないが、確かに温度差はあるようだ。

 

冷たいジェルをへそにたらされ、ぞくぞくした。

腹の辺りで塗り広げられるのが、本当のマッサージみたいで気持ちいい。

両方の手をべとべとにしてから、奴の視線が少し下がり、俺のを握る。

俺より長い指が、俺を奮い立たせてくれている。

気持ちいい。

そう言ったら

「そんな減らず口、叩けなくしてやる」

と、片手が肛門付近に移った。

ジェルを足してはしばらく付近をくるくる撫で回していたが、指がそっと入ってくる。

ちょっと変な感じだが、触診のような丁寧な動きはきっと内部の粘膜さえ傷つけないだろう。

前が起っているので前立腺も肥大しているのだろう、そこをこりこりと刺激されて思わずうめく。

 

これは、すごい。

若いころ、スポーツ新聞のアダルト欄で前立腺マッサージというのを読んだが、こんな感じだろうか。

出すまいとしても声が出るし、体もはねる。

根元をさえぎられると行き所のない射精感に爆発しそうだ。

この間奴が身悶えたのもうなずける。

 

しかも奴は仕事のために機械的にやっている知らない女じゃない。

大学時代、誰かが

「彼女が前立腺マッサージしてくれたんだ」

と自慢するのを馬鹿か、と思っていたが、今ならその言いたい気持ちがわかる。

こいつがこんなこと、してくれるなんて。

前立腺をいじられていると射精感が持続して、恍惚とした。

 

サイドボードのティッシュで手を拭きながら

「どうだった」

と奴が聞くので

「彼女に前立腺マッサージしてもらったと喜んで吹聴する奴の気持ちがわかった」

と言ったら、大きなため息を吐かれた。

「それで、お前は俺を抱きたいのか」

と聞くとしばらく考えたあと

「今日は遠慮しておく」

と言われたので、またポジションチェンジ。

こいつを見下ろすと、いつも征服欲に駆られる。

普段まずない視点だからだろうか。

またこの間のように暴走しないように気をつけなくては。

 

 

キリコ

 

こいつ、とにかく積極的に考える奴なんだな。

こういう考え方が俺のかなわないところなのだろうか。

なんとなく、もう負けたままでもいい気持ちだ。

男に抱かれるなど、なんてくよくよしていた自分が馬鹿らしくなる。

 

そんな風に思っても、ほぐされるのはすごく変な感じで困った。

「お前にもマッサージ、してやろうか」

とニヤニヤされるが、お断りだ。

俺はこいつみたいに、それを楽しめるほど図太くない。

 

時間をかけてほぐされたせいで、挿入時のあの冷や汗の出る痛みはなかった。

尾籠な話だが、排便時に似ている。

何か出る、という気がするのに、逆に入り込まれて体が混乱している。

普通ならちょっといきめば出てくるのに気張ってはいけなくて、しかももう少しで楽になれるのに、という焦りが募る。

「やっぱ男に抱かれるの、嫌か。

だったら俺をちょっと積極的な女だと思え。

Sっ気のある女なら、ペニスバンド使って逆体験したりするんだろ」

という奴をぶちのめしたくなる。

お前、スポーツ新聞を鵜呑みにしてるんじゃないか。

…それとも、俺が知らないだけで本当はそんなものなのか?

まさか。

 

「そんな女が相手だったら裸足で逃げている。大丈夫だから、早く動け」

と言ったら不満そうな顔をして、それから俺の言葉を吟味しなおしたのか、急に目が輝いた。

何か言いそうなので首に手を回し、引き寄せて軽くキスする。

 

そうだ、否定しない。

俺はお前だから裸足で逃げずに踏ん張っているんだ。

 

正直言うと、気持ちいいと言うには程遠かった。

俺は途中で萎えた。

その後半ば無理やりされた前立腺マッサージのほうが快感の面ではずっと上だ。

でもこの間と違って俺を気遣う発言(?)を聞いたし、俺の肩にしがみつくようにして腰を振り、快感を得ているこいつを感じるのは悪くなかった。

 

終わったあとは2人ともぐちょぐちょのべちょべちょだった。

あいつ、面白がってジェルをほとんど使ってしまったのだ。

バスタオルなんて敷いてあっても、下まで染みてしまっているだろう。

 

俺の上でだらだらしている奴に風呂の用意をしろと言うと

「腰が軽い」

とぼやきながらふらふらと歩いていく。

当たり前だ。

こんな短時間に3回も出すなんて、お前は化け物か。

しかもあんな緊張するオペの後で。

そう言うと

「オペの後って高揚するからな」

と言いつつ、ほとんど腰の抜けた俺を風呂まで引きずって行ってくれた。

 

一緒に入ろうとする奴に

「お前はベッドを直してから来い」

と言うと、先ほどの惨状を思い出したのか何とも情けない顔をした。

その顔を見て、なんとなく

「勝った」

と思った。

翌日起きようとしたとき、やはり俺は敗者だと思い知った。

 

 

ブラックジャック

 

そのあと俺たちが甘い関係になったかというと、そうは問屋が卸さなかった。

近くに行った時にはあいつの家に寄ったりするが、5回に3回は口論になって、出て行くか、追い出されるか。

残りの2回も、1回は急患が入ったり、奴に安楽死の依頼が入ったり。

最後の1回も飲んでいるうちにどちらかが眠くなったり、議論が白熱して徹夜してしまったりして、なかなかそういう雰囲気にならない。

でも今日は患者用のベッドで寂しく1人寝かな、とあきらめていると奴から誘ってくることもあるので油断は禁物だ。

 

俺の家に誘うこともある。

初めて来た時、ピノコはちょっとあいつにおびえたが、すぐに慣れてあいつを顎で使うようになった。

奴が小さな女の子の扱いがわからず、おろおろしているうちに主導権を握ってしまったのだ。

おかげであいつはうちに来る度、掃除だの料理だのを手伝わされてはぼやいている。

それでも誘われれば来るのだから、顎で使われるのを楽しんでいるのだろう。

 

うちに来た時は、とにかく1杯酒を飲ませるように仕向ける。

ピノコに

「酒飲み運転しちゃだめ」

と言われて

「参ったな」

と頭をかけば、こっちのものだ。

俺の家では絶対に口論にならないと決まっているので。

ピノコが眠れば大人の時間。

ただしこの家では出し入れ厳禁という掟があるのだが。

 

気をつけてすればいいじゃないか、と思うが

「もし大声でも出してあの子にばれたら金輪際この家には来ない」

と言われているので、俺もきっちり守らざるを得ない。

まあお互い裸でベッドの中、色々するだけでも十分楽しい。

俺は奴に触るのも、奴に触られるのも大好きだ。

触る時には奴を征服する喜びがあるし、触られると奴に好かれているような気がして。

 

あと、奴がソファに座っている時、その膝に頭をのせて本や新聞を読むのが好きだ。

「又か」

と必ず嫌そうな顔をしても、あいつは絶対に俺をどけたりしない。

時々

「先生ばっかりずるい」

とピノコにどかされることがあるくらいだ。

 

あいつはあまり海外に出なくなった。

安楽死を容認する国が多くなったこともあるが、国内の仕事が増えたせいもある。

医療制度の改悪と弱者を見捨てる社会政策から、治療費が払えなくなり、家族と共倒れになる前に死を選ぼうとする人間が増えたらしい。

「お前のオペを受けられないような人間が増えたってことさ」

と皮肉られることもある。

会っている時に依頼の電話が来ることもあり、俺が阻止しに同行することもある。

そんないびつな関係なのに、俺は奴に会いにいく。

奴は皮肉を言ったり俺を先生づけてからかったりするが、それでも必ず家のドアを開く。

だから俺は。

 

 

キリコ

 

あんなふうにあいつに気を許したのは間違いだったろうか。

このごろやたらと奴の来襲に遭うようになった。

俺の家が都内なのをいいことに、東京に来ると必ず来るんじゃないか。

おかげでお嬢ちゃんからよく電話が来るようになった。

彼女は居場所がわからない時にはうちにいるとでも思っているらしい。

まあ、確かに本当によく来るが。

 

しかもすぐに怒って帰る。

俺も短気だが、奴もかなりの短気だ。

険悪になったからちょっとお茶でも入れようか、と思うともう帰ってしまう。

駄目だと思うと、すぐに諦めてまうようなのだ。

それなのに翌日来たりするのだから、ある意味あきらめは悪いのだろうか。

 

時々あからさまに欲求不満なんです、というオーラを出していることがあり、そういう時にからかうのはとても楽しい。

一生懸命何とかして俺をその気にさせようと色々アピールするのを気づかない振りしてみたりして。

どうも最初の時のことを反省したらしく、奴は俺がいいと言わなければかなりの所我慢している。

馬鹿だな、と思いつつ、けんかにならなかった時には大体夜を共にしている。

俺も許容範囲が少しは広がったし、下手に間隔があくと奴の変態度が増すことに気づいたので。

 奴が海外で大きな仕事をした後、うちに来たときにはかなりの覚悟を強いられる。

 

あいつを使うことも覚えた。

それまでは絶対に奴をはめたりはしなかったのだが、あいつが自殺志願者を連れてくるようになってから俺も考えを改めた。

安楽死希望の訳がオペ代を払えないというだけの理由で、本人が生に未練を隠せない時には、あいつがいる時間に電話をかけさせるよう、仕向けるのだ。

 

無論そんなのは賭けなので患者に理由は言わず、奴が来そうな時間を見計らって、電話をするよう指示するだけだ。

何、どうせあいつは俺なんかとは桁違いに荒稼ぎをしているのだから、少し位ただ働きが入ってもいいだろう。

まだ何回かはだませそうである。

 

それとも、奴もわかってだまされているのだろうか。

 

こんな関係がいつまで続けられるのかはわからない。

でも、奴が俺に関心を持ってくれる限り、俺はそれに答えたいと思う。