GO!GO!合コン

ニューヨークの夜

 

 

まだ頭の芯がぼうっとしている。

手足の先がじんじんして、温かい。

あまり走りすぎたから、まだ酸欠が続いているのだろうか。

それとも興奮しすぎて、アドレナリンが止まらないのだろうか。

 

今日が終わるのが惜しくて飲みにいくと、しばらくして同じ店に奴も来た。

俺の隣に断りもなく座るずうずうしい男。

だが頼む銘柄が俺と同じなのに、少しだけ縁を感じる。

ああ、いつの間にか俺も医者の端くれに戻っていたんだ。

確かに俺は真っ黒な絶望の中、死神の使い走りを務めていたのに。

 

ふと気が緩んだ時

「お前さん、ここでそんな顔、するんじゃない。さっきのかばんもそうだが、ここらの治安はいいと言えないんだ」

と肘をつつかれる。

「こんな所でこれ以上飲んでると身包み剥がれるぞ。よかったら、俺の部屋で飲まないか」

と言う男は、この町の暗い顔をよく知っているのだ。

この男も闇稼業だから。

 

「デューティーフリーで買ってきた奴だ」

と男が出した酒は瓶が平凡なためあまり人気はないが、値段の割に味がいいので俺もよく買う銘柄だった。

外でないという安心感からか、部屋に入り、上着を取った男の目からはいつもの険が感じられない。

この男、こんな穏やかな目もできるのか。

 

目が穏やかになると、その童顔ばかりが目に付くようになる。

この天才はいったい何歳なのだろうと気まぐれに聞いたら、俺より年上でびっくりした。

びっくりした俺を見て俺の年を聞いた男は

「老け顔だな」

と目を丸くする。

「お前が童顔過ぎるんだ。絶対みんな実年齢より10は若いと思ってるぞ」

と言うと

「言うな。ひそかなコンプレックスなんだ」

と苦虫をかむ。

「もしかしてこの髪、そのせいか。普通、こういう髪型なら傷のほうを隠すよな」

と言うと

「老け顔のお前さんにはこの苦労はわからんだろうさ。こういう商売でハッタリがきかないとどうにもならん。たたでさえ日本人は童顔なんだ。見くびられたら取るもんも取れないどころかこっそり消されるのが落ちだ」

とにやりと笑う。

その顔は確かに歴戦のつわもの。

年相応の貫禄を感じる。

 

トイレを使って戻ると、男がうたた寝をしていた。

ソファに頬杖をついて少しうつむいた姿はいかにも窮屈そうだが、用心深いこの男らしくもある。

そんな用心深い男の部屋に招かれているのが不思議だ。

確かにこの状態で盗難に遭ったら俺の仕業としか思えないし、俺の住所なら知っている、と思っているのかもしれないが、俺だったら自分がはめたことのある相手を部屋に入れたりしない。

それこそどんな報復を受けるか。

有り金を盗られる位ならいいが、俺が悪人だったらこいつの身ぐるみを剥いで手足を縛って動けなくして、それからうーんどうするかな。

腹に「守銭奴」と大書してボーイが見つけるまで放っておくか、それとも毛ボウキを買ってきてくすぐり倒すか。

正直、ひどいことをしたいとは思わないが、留置所に入れられた意趣返しの一つ位しても悪くないんじゃなかろうか。

 

そんなことを考えながら男の顔を見ていて、まつげが長いな、と思う。

眉毛の立派な奴って、まつげも長いんだろうか。

俺は両方貧相だが、この男は両方ともふさふさしている。

若白髪なのだろうか、1箇所にだけ密生する白髪。

普段毒舌を吐く口は今は閉じられ、静かな寝息を立てている。

さっきも童顔だと思ったが、目を伏せた姿は俺より年上には到底見えない。

醜い傷跡さえなければ美しいとさえいえそうな造形だ。

 

ふと男の目が開いた。

ぼうっとした瞳の焦点が一瞬で俺を認め

「なんだ、座りもしないで俺の顔見て。何か悪さでも考えていたのか」

とにやりと笑う。

ふてぶてしいその顔を見ているうちに意趣返ししたいという気持ちが募ってきた。

さっきは感謝してもし足りない気持ちだったが、今までの所業を考えればやはりむかつく。

いつも上から目線で見てくる男があわてる様を1度くらい拝んでみたいじゃないか。

 

「考えていたらどうする」

と奴の横に座って女を口説くように髪をすいてみる。

思っていたよりはやわらかいが、硬くて腰のある髪。

「どんな」

という深い声に惑わされたのか、それとも俺の目を覗き込むようなその瞳に吸い込まれたのか。

 

ちょっと雰囲気を作ってあわてさせてやろう、という目論見とは裏腹に吸い付いたらなぜか離れられなくなってしまい、息が切れるまで舌を絡め、口腔をまさぐった。

といっても俺だけ強引だったわけじゃない。

俺の舌を招き入れたのは奴だ。

二つの舌が絡まるたびに俺とは別のタバコの風味が口に広がる。

パイプタバコの香りは甘いが、味はきつい。

そんなのが好きな男の性格そのまま。

舌の側面をザリザリいわせてこすり合わせる内、男の背がぶるりと震えるのがわかった。

この勝負は俺に軍配が上がったらしい。

強く絡んでいた瞳がふと眇められ、積極的に絡んでいた舌が縮まり、敷きこんだ体がぶるっと震える。

体重をかけて押さえつけると一度目を開きなおしてガンを飛ばすが、力なくすぐまた目をつぶった。

一瞬の目つきは眼力で俺を殺したそうだったのに、それが消えた瞬間体の奥底から強い欲望が表れて、我ながら驚く。

喉の奥から出した声を押し込め、思わず逃げを打つ男の身体を引き寄せる快感。

狩をするハンターはこんな気分になるのかもしれない。

 

ハアハア言いながら口元をぬぐう男には女のように庇護欲をそそるものは何もなかった。

「なにするんだ、急に」

という声もいつもの喧嘩腰ではないだけの、普通すぎるもの。

けれど、普段とは違って付け入る隙がどこかにあった。

俺はそれに飛びついた。

 

この男を暴きたい。

今なら暴けるかもしれない。

それが無理でも、皮の何枚かは引っぺがしてやれるだろう。

酔った勢いは恐ろしいもので、俺はそんな風に思ったのだ。

後で思えばそれは誘いだったのかもしれない。

男の方こそいつも俺を裸にして土足で中に踏み込もうとしていたのだから。

 

「思ったより驚かないんだな」

と言うと

「驚いているさ。お前さんにそんな趣味があるとはな」

と全く驚いてない声で言う。

こんなこと、この男にとっては屁でもないのだろうか。

嘘暗い噂の多い男だから、何度もあったことなのしれないけれど、そう考えるのは悔しい。

 

悔しいと思うことこそ俺にはずっとなかったものだった。

すべてをあきらめ、すべてを平面に捉えていた俺の心に立体の取りかかりができたのに気づかず、俺はもう1歩踏み込むことにする。

別にそれはセックスでなくてもよかった。

スポーツでも暴力でも、この男のことを手っとり早く知ることができるなら。

けれどあいにくお互いスポーツにいそしむような性格ではなかったし、医者は暴力を好まない。

俺自体は男同士の経験はないが、軍隊などにいればそういうのが大好きな手合いもいた。

勝手にやり方やコツをレクチャーする奴に

「俺には一生縁のないトリビアだよ」

と笑っていたのにこんなところで役に立つとは。

 

男が抵抗しないのは、やはり酔っているんだろうか。

それはいいけどさて、これからどうするかな。

女相手とはわけが違う。

ソフトタッチで緊張をほぐして、なんてしていたらこっちの方が食われちまいそう。

つい習慣で手が胸に行くのは仕方ないにせよ、揉みこんだって反応は・・・それなりにあるな。

シャツ越しに乳首が立ってきているのに気づき、つまんでやると

「い痛」

とうめく。

だが痛みだけを感じているのでないのは、表情を見ればわかる。

両方を持って思い切りつねり上げ、涙をにじませながら

「このサディスト」

と毒づく様を気分良く鑑賞していると、俺のシャツのすそをあげて入ってきた手に手加減なしでひねられた。

あわてて身を離す。

「体格で勝っているからっていい気になるなよ」

と起き上がってすごんで見せる男の目尻の色づきにぐっとくるのにちょっと驚きつつ

「お前のほうこそひどい。爪を立てたろ」

とシャツの前をはだけて爪跡を見せると

「そんなの。俺のほうが絶対痛かった」

と自分でボタンをはずしていくのがおかしい。

 

「ほら」

と見せられた紅く脹れた乳首を

「痛いのか」

と爪先ではじき、一瞬すくんだところを押し倒す。

そのまま乳首に吸い付いて悪さの限りを尽くした。

最初は髪を引っ張られたり頭を殴られたりもしたが、しばらくすると本当に感じてきたらしい。

いつの間にか頭に回った手が押し付けるものに変わっている。

 

口を離して

「もう片方はどうする?」

と意地悪く聞いてやると、かすれた声で

「お前さんはどうしたいんだ」

と嘯く男。

まだ主導権を握っているつもりか。

こうなれば本気でやってやる。

お前さんは神の手を持つオペの達人だろうが、俺の手だって人の体の構造をよく知っている。

特に痛みをそれ以外のものにずらすことにかけてはエキスパートなんだ。

お前もその身で体験してみろ。

 

色々しているうちにだんだんソファが狭く感じられてきたので、そばのベッドに移ろうと手を引くと、奴のズボンがすとんと落ちた。

「あ」

とずりあげようとする手を体毎押さえて顔を覗き込むと、初めて動揺して目が泳ぐ。

だが一瞬後には腹を決めた顔をするのが憎らしい。

 

根を上げる様を見せろ。

崩れる瞬間、お前はどんな声を上げるのか。

どんな顔を見せるか。

全部俺にさらけ出せよ。

 

それを見るためには俺も同じだけさらさないといけないのだと、その時の俺には気付けなかった。

ただ、体がはやり、心がはやった。

内面を見たかったのは男の方だと気づきもせず、がむしゃらに挑んだ。

男は時々つらそうに顔をゆがめることがあったが、決して制止したり弱音を吐くことなく、ただ

「礼の気持ちがあるなら気持ちよくしろよ。俺のオペは高いんだ」

などと減らず口を叩いては次の瞬間身をよじらせ、食いしばった歯の隙間からかすかな苦鳴とも矯声とも判断のつかない声をあげた。

普段の言動に似合わないその慎ましさと固い反応に、もしかしたら思ったより行為に慣れていないのかも、とは思った。

けれどまさか受け入れるのが初めてだったとは。

 

朝、目が覚めると目の前に俺の頭を抱きしめるようにして眠る男の顔があった。

そっと抜け出そうとしても、よけいに力をこめられて困惑する。

それはあんなに結ぶまいと避けていた他者との関係を紡いでしまった、その象徴のようだった。

 

 

ここら辺の話はさまざまに妄想を繰り返しているので、すぐ上に同じ場面の話があったのを忘れてまた書いてしまいました。

違う風味があればいいのですが、本当にどうもすみません。