肝試し番外編

 

 

連れ立って行った旅館は、たぶんこの旅館街で一番新しい宿だった。

「ずいぶんせしめたようじゃないか」

といやみを言うと

「依頼人の息子の宿なんだ。俺は4畳半の布団部屋でも寝られれば良かったんだが、お前さんの餌になるならこういう宿も歓迎だな」

と意味深に笑われた。

急に鼓動が跳ね上がる。

そういえば宿と風呂と布団って密接な関係があるような。

いやいや、こいつはからかうのが好きな奴だ。

きっと又俺をからかっているのだ。

さっきのお化けみたいに。

 

広い部屋には布団が1組だけ敷かれていた。

当たり前だ、一人しか寝ないんだから。

何となく面白くないような気もするが、仕方ない。

「お前、どこに泊まっているんだ」

と聞かれ、旅館名を口にする。

「風呂はそっちだ」

と言われてサッシを開けると、ついたての向こうはもう風呂だった。

 

直径2メートルくらいの丸い風呂。

個室風呂にしてはかなり広いんじゃないか。

石が敷き詰められた床の端に、洗い場が1つある。

桶は二つ。

石鹸やシャンプー、かみそりなども置いてある。

 

「すごいな。俺の泊まった宿も食事はうまかったが客層が悪くて、風呂に入るとやくざかなんかに間違えられるんだよ。年寄りが多いと平気なんだがね。俺が入っている間みんながびくびくしているから、ゆっくり湯を楽しめやしない」

と言うと

「じゃあ、入った入った。ここで疲れを癒して行きな。俺はそこまで温泉好きじゃないから、宝の持ち腐れでね。もう一人分タオルと浴衣をもらっておくから、先に使っていろ」

とタオルを渡してくれた。

お言葉に甘えさせてもらう。

 

かけ湯をしてから、風呂に入る。

夏のせいか、外人のあいつが頼んだのか、そんなに熱いってほどじゃない。

いくらでも入っていられそうな温度だ。

でも湯の香りがして、リラックスできる。

しばらくして力を全部抜くと、体がぷかりと浮かび上がった。

手足を伸ばして大の字になる。

こんなこと、貸し切りでもなければできやしない。

目を閉じると、ゆらゆら揺れる感覚に眠くなる。

 

「ラッコの真似かい? それともどざえもん?」

と声がして、目を開くと奴が来たところだった。

「悪い、占領していた。ずいぶん変な言葉を知っているな」

と座りなおすと

「別にいいぜ。気持ちよさそうだったし」

と言いながら入ってきた。

 

「しかし、お前があんなにノリがいいと思ってなかったな。みんな俺とお前、どっちにびっくりしていたと思う?」

と思い出し笑いする奴に

「絶対にお前だ」

と断言すると

「俺はお前だと思うね。最初は懐中電灯をかざすだけだったのに、途中から白目になったり口を半開きにしたりしていたじゃないか。俺だって夜道であんな顔を見たらびっくりするね」

と反論される。

「お前だってわざと髪を乱して、舌を出したりしてたじゃないか。日本の幽霊、そっくりだったぞ」

と言うと

「幽霊の柄の浴衣もあって、それも欲しかったんだ。日本の幽霊って髪が長くて白い浴衣を着ているんだな」

とおどけて幽霊の手をして見せた。

腹筋が痛い。

 

洗い場に出て、桶に交互に湯を入れながら体を洗う。

「こんなに笑ったのは久しぶりだ。お前、いつもこんなことしていたのか」

と聞くと

「まあ小さい頃はそれなりにね。お前こそ、どんな悪ガキだったんだ?」

と問われる。

「俺は8歳のときに事故にあってから何年も車椅子や杖が必要だったから、そういえばこういう肝試しは初めてだな」

と言うと

「ふうん。たまには童心に返るのも悪くないな。折に触れてお前に悪さを教えてやろう」

とにやりと笑うと

「おいで。あとは洗ってやるから」

と手招きされた。

 

場の雰囲気が変わる。

今まで単なる男湯の語らいだったのに、気づいてみるとここは二人だけの密室だった。

「ほら、背中をこすってやるから」

と手を伸ばされ、後ろを向かされる。

首の辺りから肩、腕を持ち上げられて脇、腰から尻まで。

股間がうずく。

もっと触って欲しい。

でもからかわれるのは嫌だ。

俺だけがこんな風になるなら、厭わしい。

 

「ひげが生え始めているな」

俺の向きを変えさせて、男が言った。

「剃ってやろう。俺はひげが薄いから、ひげ剃りはいらないし」

とひげ剃りの袋を開け、中のクリームを搾り出して俺の顔に塗り始めた。

刃を当てられ、不用意に動かないようにじっとする。

「お前のひげがちくちく当たるのも好きだがね。こうしていると、お前が俺のものになったみたいだ。おとなしくて、従順で。別の生き物みたいでかわいいね」

そんなことを言いながら慎重にひげを剃る男。

 

男はそういう女が好きだ。

おとなしくて、従順で。

俺とは正反対の。

 

「さ、終わった。顔を洗いな」

と言われるまで、奴のことを凝視していたことに気づかなかった。

わざとばしゃばしゃ湯を跳ね散らかす。

俺はそんな風にはなれない。

俺は強引であまのじゃくで、むすっとしていて、頑固で、不気味で。

そんな言葉、聞き飽きている。

こいつに言われたって、なんとも思わない。

そうだ、俺は。

 

急に両脇に腕が回ったと思うと、次の瞬間には俺は宙を飛んでいた。

あわてて体勢を立て直して着陸した先は、温泉の中。

頭までつかり、少々水を吸い込んでしまってから頭を出すと男がダイブしてきた。

なぜか追いかけっこになり、追いつかれまいと湯をかけたときから水かけっこのようになった。

湯が飛び散る。

なるべく横を向いて目に湯が入らないようにしながら、でも相手に捕まらないようにぐるぐる移動しつつ、相手の目を狙う。

「降参だ、降参。お前、俺の死角ばかり狙うの、ずるいぞ」

と両手を上げた男に近づくと

「捕まえた」

と抱きしめられた。

そのまま、風呂につかる。

 

抱きすくめられたまま

「かなり減っちまったな」

と言うと

「温泉好きなのに、悪かったな。さっきの肝試しのときとか、今みたいに笑うとかわいいぞ」

と湯をすくっては俺の肩にかけてくれた。

「日本語の使い方、間違っているぞ」

と言いながら、何となく嬉しい。

肝試しのあの顔をかわいいと表現するのだから何かの単語と意味を履き違えているとはっきりしたが、とにかく普段よりはいいと言いたいのだろう。

そういえば、今日こいつに会ってから笑ってばかりだ。

お互い普段の服装でなかったのが良かったのだろうか。

 

急に体の中心がもぞりとした。

こいつはただ肩に湯をかけているだけなのに。

タオルも洗い場で隠しようがない。

「どうした?」

と問われ

「いや」

と言いつつ身じろいだら奴のものに突付かれた。

「俺のがうつった?」

と耳たぶをつままれる。

ちりりとしたわずかな刺激に思わずうめく。

 

「ここでする?」

と聞かれたが、部屋を希望した。

大声でも上げて、他へ筒抜けも嫌だ。

「なかなか保守的だな」

と笑われたが、あとでもう一度くらい風呂にも入りたいのだ。

湯を汚したくない。

 

いつの間にか、布団が2組になっていた。

それに、俺の服とかばんも。

「風呂に入る前にお前の宿は引き払ってもらったぞ。相手はすぐにお前の荷物を持ってやってきた。よほどお前を厄介払いしたかったんだな」

とニヤニヤされたが、気持ちはわかる。

きっと他の客から苦情が来たのだろう。

そういう事は、時々ある。

普段なら

「俺も客だ」

で通すが、今日はもういい。

 

「手回しが良すぎだぞ」

と言うと

「終わった後の色っぽい顔で帰したくないし、日が高くなってから浴衣姿で戻るのもみっともないだろう? それに荷物を持ってこられたら、もう朝まで帰れないからな」

とにやりと笑った。

 

立ったままキスしながら、お互いの身体を探っていく。

尻を揉まれるとびりびりしたものが駆け巡り、お返しに揉み返すと今度は脇を攻撃された。

ム、とかンム、とかくぐもった声しか出せないのが苦しい。

足を絡め、股間をこすり合わせて催促すると、また尻を揉みながら抱えるように持ち上げられ、布団まで運ばれた。

邪魔な掛け布団を蹴り飛ばす。

「足癖が悪いな」

と横たえられた。

「悪いな」

と言う自分の声がかすれている。

 

さっきまでふざけあいをしていたのが信じられない。

時々もぞっとするだけだった欲望がどんどん膨らんでいく。

今いじられているのは胸なのに、何故下半身がうずくのか。

吸い付かれたり甘噛みされたりするたび、妙な鼻声が出てしまう。

 

内腿を吸い上げられ、早く何とかしてほしい気持ちが募る。

こいつの口を犯したい。

けれど自分から咥えてくれと言うことができなくて、じりじりさせられることになる。

戯れに舌を這わされ、腰が浮いたところに枕を押し込められた。

「もっと広げて」

と言われて足を広げると、穴に何かを塗り込められる。

広げられるのは妙な感じで落ち着かない。

体中の傷がもぞもぞと移動したがっているような気がして、体に変な力がこもる。

「力を抜いて」

という声が聞こえるような気がするが、どうしたらいいのかわからない。

「仕方ないね。ほら、咥えてって言ってご覧」

と言われ、おうむ返しに答えたらねっとりと熱いものに絡みこまれた。

 

ハーハーとからからな口を大きく開けながら熱を逃がそうとしていると、男がのび上がってきた。

口に含んでいるものの正体に気づき、あわててティッシュを取ってやろうとした手を押さえられ、のどがごくりと動くさまを凝視する羽目になった。

べろりと口を1周する舌が蛇を思わせる。

やっとのことで

「そんなの、飲むな」

と言うと、口角だけを上げる笑いを見せられた。

こうなると、俺はもう蛇に魅入られた蛙で。

 

散々身体をさすられ、なめられ、訳がわからなくなってきた頃、男が押し入ってきた。

肩を押さえられ体重がかかったと思うと、何とも言えない感触のものが入るべきでない場所に入ってくる。

 

ああ。

 

でも入るべき場所でないなら、何でこんなに気持ちいいんだろう。

「気持ちいい」

とつい声に出してしまったら、男が笑った。

それは蛇のようでなく、からからと笑うのとも違うが、その場で俺の気に入りの顔になった。

 

 

 

69999のリクエストに(でも「キリジャ」だけはよろしくです〜〜〜w)とありましたので、精一杯キリジャを書かせていただきました。
男というのはいくつになってもガキだ、というのが持論なのですが、いかがでしょうか。
あゆみ様、リクエストをありがとうございました。