Translation -月下の獣たち 番外編-
それは些細な話題から始まったちょっとした意地の張り合い、もしくは子供の喧嘩のようなものだった。
いつものようにふらりとやってきたブラック・ジャックと、これまたいつものようになし崩し的に吸血行為→ベッドへという流れの後、珍しくピロートークなんてものをしていたんだが何がどうなってかはもう覚えていないもののうっかり先日仕事で行ってきた国の話になってしまった。
日本人にはあまり馴染みのない、小さなその国は特に驚くような風習もないがとにかく母国語が特殊で現地の言葉はまるで理解できないし通じない。
幸い依頼者は簡単な英語くらいなら話せたので仕事そのものには支障がなかったものの、宿の従業員などはそれすらしゃべれない人間が多く短い期間とは言え滞在している間に苦労した・・・等といったことを話したら、あの小生意気な顔で、と言うか思いきり鼻で笑われた。
そりゃブラック・ジャックは見た目を裏切る年齢だし、ヘタしたら俺よりもあちこちの辺境の国へと出かけているだろうから医学的知識のみならず会話可能な言語もかなりのものだろう。だが俺だってそれなりに自分の言語能力には自信があったのでその態度には少々ムッとした。
何か言い返して(やり返して)やりたかったが、俺が思いつく限りの特殊な言語を羅列しても全て見事に翻訳されてしまう。
やっぱりこいつ、ハンパねぇ・・・:;と凹まされかけたが、ふと思い立った。
「よ〜し、だったら『Disagreeable』は?」
「英語だなんて簡単すぎる問題で油断させるつもりか?『嫌い』だ」
俺が何か企んでいるとはすぐに察したようだが、こいつの負けず嫌いも十分理解しているので絶対かかってくる、と分かっているためかついついニヤニヤしてしまう。
「じゃあ『aber』」
「独語で『でも』」
「正解。『Infatti』は?」
「伊語で『本当は』」
深く考える時間を与えないように矢継ぎ早にまくし立てた。
「『Favori』!」
「『大好き』。仏語だ!」
「よし、最後だ『Eu o amo.』」
「葡語の『愛してる』!」
『どうだ、まいったか』と言わんばかりに満足げなブラック・ジャックに、だが『参りました』と凹むどころかニヤニヤ笑いが止まらない俺。
暫くそんな俺を訝しげに見ていたが、漸く俺の意図することに気が付いたのか一瞬にしてその頬が赤くなった。
「く、くだらないことやりやがって!」
ぷいっとそっぽを向いて本格的に眠ろうとするかのようにシーツに潜り込んでしまったが、耳まで真赤だ。
ブラック・ジャックからの『告白』なんてどう転んでも聞かせてもらえなかっただろうし、これまた滅多に見ることなど出来ない『照れてるブラック・ジャック』を見ることが出来た俺もまた満足してそんな奴を後から抱き込んで目を閉じる。
俺より高い体温の奴の体に、俺はすぐに安眠出来たが奴の方は翌朝「筋張った腕枕なんかしやがって、なかなか寝付けなかったんだぞ」と苦情を言ってきた。
それに関しては本当は照れ臭くって顔が火照って寝付けなかったんだ・・・と自分に都合の良い方へと捉えることにした。
end.
あゆみ様より5周年のお祝いに、と掲載許可をいただきました。
この話の二人は人外の存在で、特にBJは長い時を生きているのだそうです。
だからキリコはBJに頭が上がらないということですが、うちにはない新鮮なお二人(特にBJ)ですね。
あゆみ様、この度はご丁寧にどうもありがとうございました。
あゆみ様のAngel Houseにはこれを含めた発端からのお話がありますので、どうぞご覧ください。