指
注意 この話は原作『指』を基にした設定になっています。(『指』については『その他の話』→『指について』をご覧ください)
先生は幼少の頃爆発事故に遭っておらず、車椅子ですがたぶん共稼ぎの両親がいて大きな家に住んでいます。
間久部は6本指のために孤立していますが、とても真面目で嘘つきではありません。
中学生時代の車椅子のBJは黒髪なのに大学生の彼は白髪で傷つきになっていることから、今回の彼は高校で何らかの事件か事故に巻き込まれたと想像しています。
間久部の「そのうちにきみは手術をうけて歩けるようになったし それがきっかけで医者になろうときめたんだろう」という言葉から手術に至った経緯をほとんど知らなかったと推測し、高校は別でその頃はほとんど行き来がなかったと考えました。
その辺をお含みの上、お読みくださいませ。
俺はインドで長距離列車に乗っていた。
珍しく外は雨だ。
この荒野では慈雨だろうが、エアコンもない車内で窓を開けられないのは少々つらい。
まあ、この雨もきっとすぐに止んでしまうのだろうが。
前の席はまだ小さい赤ん坊を連れた若いカップルだった。
若い母親がティースプーンくらいの大きさの薄いさじを使い、父親に抱かれた赤ん坊の口に水やどろどろの食べ物をせっせと運んでいる。
以前同席したカップルは哺乳瓶やお湯を入れたポットを持参してミルクを作り、飲ませていたが、あれは珍しいものだったのだろうか。
小さなさじでは埒が明かないだろうに、二人とも楽しげに笑いながらずっと作業を繰り返している。
まるで親鳥が雛に餌を運ぶようだ。
やがて満腹したのか赤ん坊は口を開かなくなり、母親が抱き上げるとすぐ目をつぶって眠りだした。
安心しきった寝顔だ。
ふとピノコのことを思い出す。
いつものことだが、一人の留守番、大丈夫だろうか。
次の町に着いたら、電話してみようか。
気づくと二人が俺を見ていた。
父親が
「こんにちは、中国からですか?」
と聞くので
「日本人だ」
と答えると
「日本。富士山の国ですね。インドはどうですか?」
と言う。
子供が寝たので、暇になったのだろう。
何しろ長距離列車だ。
駅で買った英字新聞も、古本屋で見つけた日本語の小説も読みつくしてしまっていたので、俺も暇だった。
世間話に付き合ってみたくなり、ポツリポツリ質問に答える。
どうやら英語ができるのはだんなの方だけらしく、いちいち奥方に通訳してみせるのが微笑ましい。
俺が医者だ、と言うと
「若いのにすごいですね」
と驚き、歳を聞かれて3○才だと言うと今度は二人とも目を丸くした。
俺のことを20代前半だと思っていたらしい。
俺、そんなに童顔だろうか。
密かなコンプレックスを突かれ、ちょっとがっかりする。
若造がと馬鹿にされないよう、普段から不気味な表情と服装で老けてみせているってのに。
と思ったところで、さっきから上着類を脱いでいたのを思い出す。
長旅でよれよれになってきたのでこれ以上しわになっても困ると思ったのだが、やはり着続けるべきだろうか。
ま、いいか。
「あなた方こそ若く見えますよ。見たところ初めてのお子さんのようだが、歳を聞いても差し支えないかな」
と聞くと、はにかみながら
「私が23、妻は18です」
と教えてくれた。
若いな、と今度はこちらが驚く番だ。
2人とも大人としての落ち着きがあり、そんな若さとはとても思えない。
日本で18って言ったら、まだきゃぴきゃぴ騒いでいる頃じゃないか。
だが話を聞くと、インドでは20歳前に嫁ぐ女性も多いらしい。
この頃は進学率も高くなり、少しずつ晩婚化が始まっているそうだが。
あまりに仲睦ましいのでインドでは少数派だという恋愛結婚なのかと思ったが、見合い結婚なのだそうだ。
結婚前に会ったのはたったの1回、しかも恥ずかしくてお互い一言も話せなかったのだという。
インドでは当たり前だということだが、それにしては仲のいい夫婦が多くてびっくりする、と言うと
「恋愛結婚には憧れますけれど、私達は親が決めた結婚がほとんどです。しかも結婚前は異性と二人きりになることもありませんしね。もう結婚した相手とどうやって楽しく過ごすかを考えるしかないでしょう?」
と微笑まれた。
なるほど、自分の配牌で勝負する、という事か。
潔いことだ、と思う。
まあ、日本でも数十年前まではほとんどが見合い結婚だったのだし、逆に恋愛なんてあやふやなものでくっつくより、努力して育む絆のほうが堅固なのかもしれないな。
なんて、どっちにしても部外者に違いないことをつらつら思ううち、何か違和感を覚え出した。
何だろう、視界のどこかに居心地悪い場所がある。
目を凝らして見て、気が付いた。
だんなの手が6本指なのだ。
俺の視線に気づいたのか
「ああ、日本人には私の指、珍しいでしょう。触ってみますか」
と差し出してきた。
「いえ、子供の頃、同じように6本指の友人がいましてね。懐かしく思ったのです」
と言うと
「ほう、外国では切ることが多いと聞きましたよ。いつも珍しがられましたからね。でもインドでは多いでしょう? こちらでは指が多い手は幸運をたくさん掴めると言われていますからね。私の名も『六指』という意味なんですよ」
とニコニコしながら教えてくれた。
夫婦が降車しても、雨はまだ降り続けていた。
けだるい暑さの中、俺は少年時代の一人の友人を思い出していた。
間久部というその少年の名は緑郎といった。
両手足とも6本指の子で、いつもポケットに手を入れ、うつむいて歩いていた。
俺も車椅子でみんなと遊べなかった縁で仲良くなり、一緒に猛勉強したり、将来の夢を語り合ったりしたものだった。
ブラックジャックという名前を俺につけたのは彼だ。
俺は黒男という名が嫌いだった。
父には母以外に好きな人がいたのだ。
だが母の体に俺が芽生えてしまったために責任を取らざるを得なくなった。
彼は己の未来を黒く塗りつぶした子供だから黒男とつけたのだ、と口さがない親戚に聞いてから名前が嫌でたまらなかった俺に
「黒い男だからブラックジャックだよ。かっこいいじゃないか」
と言って、二人きりの時はそう呼んでくれた。
後年過去を捨てて闇医者になると決心した時、この名前が口をついたのは、俺にとって自然な成り行きだったのだ。
子供のいじめはえげつない。
彼は顔が良かったのでひそかに思いを寄せる女生徒もあり、それをやっかんだいじめっ子に
「六本指のロック。手を出せよ。靴下も脱げ」
と無理やり手足をさらされたりした。
そんな時でも耐える姿がまたひそかな同情を買って悪循環になったりしたものだが、2人になった時耐え切れずに
「父さんの馬鹿、母さんの馬鹿」
と泣くことがあった。
「俺みたいな指の子、普通は生まれた時にすぐ指を切っちゃうんだって。なのにうちの親、生まれた姿が一番いいからってこのままにしたんだ。しかもどこかの国では縁起がいいからってわざわざこんな名前付けて。俺がいじめられても、そんなの気にするなって言うだけだ。こんなにこんなにつらいのに」
一人の時図書館で調べてみると、確かに多指症は珍しいものではなかった。
生まれてすぐ、秘かに切られてしまうので正確な統計はないらしいが、インドやタイでかなり頻繁に見られることを考えると、日本でもそれなりに多いのだろう。
彼の親がどんな考えでいたのかは知らない。
今考えると、経済的な事情もあったのかもしれない。
いつも遊びも勉強も俺の家だったので行ったことがなかったが、彼の家は貧しいのだと人づてに聞いたことがあったから。
高校の時、俺の人生を大きく変える事故があった。
その事故は俺に、滑らかに動く体と、全身を覆う傷と、のちの家族崩壊をもたらした。
その頃には、彼とは疎遠になっていた。
高校が違ったこともある。
リハビリや勉学に忙しかったのも大きい。
だが一番の理由は、彼を置いて自分だけ健常者になってしまったという負い目があったのだと思う。
その証拠に、俺は知り合いを通じて彼の消息を集めていたから。
さすがに高校生にもなるとクラスメートも少しは大人になり、彼へのいじめはないようだった。
それどころか頭も切れ、運動神経も良く、容姿端麗でもある彼は、人から遠巻きに尊敬される存在だったようだ。
本人はそんな視線に気づかずただ真摯に勉学に励んでいたようで、浮いた噂の一つもなかったが。
そう、その頃の彼は真面目すぎるほど真面目だった。
まるで自分には勉強しか取り得がないというように。
俺が何とか医学部に入れ、必死に勉強していたある日、突然間久部が訪ねてきた。
「指を切ってくれ」
と言うのがその用件。
彼がいい大学に合格していたのは知っていたが、その中でも頭角を示し、奨学金でアメリカに留学できることになったのだという。
「きみの手で切ってほしいんだ」
「ぼくはアメリカで5本の指を持ったまともな人間として再出発したいんだ」
と言われると、引き受けるしかなかった。
俺も医学部に入って真っ先に調べたのが他指症の手術法だった。
すでに自分の手先が驚くほど器用なのも自覚していた。
つまりは、俺も腕を試してみたかったのではないかと思う。
俺達は無茶だった。
真夜中に侵入してオペをしたのだから。
俺達はまるでピアス穴を開ける学生のように手術をした。
今考えれば指を切断するだけの荒いオペだったが、ただの医大生にはそれが限度だった。
それが7年後の俺の報復につながるのだから皮肉なものだが。
その時の自信が俺を大胆にし、それがひいては俺を闇医者に導くことになるのだが、運命が変わったのは俺だけじゃなかった。
あれだけまじめに勉学に励んでいた間久部は、アメリカで一変した。
彼は生れてはじめて人々の好意の視線を受けた。
そして我先に声をかけたがる人々に囲まれて初めて己の美貌に気づいた。
男も女も競うように彼の前に伏し、そのほほえみの一片を得ようとしたらしい。
「手紙を書く」
という彼の約束は一度も果たされず、俺のもとには国際電話がたった一度来たきりだった。
その電話はどうやら彼の友人の家からで、彼のために特別なパーティを開いてもらっているとのことだった。
彼の声の背後には複数の甘ったるい声があり、彼はそれを聞かせるために俺に電話したのだろうと思った。
変わってしまった。
彼は。
俺が変わってしまったように。
俺はしばらく落ち込みもしたが日々は容赦なく流れ、また医学生の日々もインターンの日々も、闇医者になってからの日々もあまりに色々なことがあり、過去を振り向く暇などそうそうなかった。
彼を警察に売ってからは余計に。
もし彼がインドに生まれていたら、彼は何事もなく幸せに暮らしていただろうか。
それとも何かに不満を持ち、人一倍の向上心でのし上がっていったろうか。
そんなことをつらつら考えているうち列車は終着駅に着いた。
雨などもうかけらもない。
俺は上着に手を伸ばし、いつもの黒医者に戻っていった。
『指』掲載時点ではBJの過去についてほとんど語られていなく、唯一『灰とダイヤモンド』で母親のことが一言述べられているのみなので、その頃の手塚先生の中のBJはこんなだったかもしれない、と妄想させていただきました。
間久部が大学時代、すでに「ブラックジャック」と呼んでいるので、この名は間久部がつけたのだろうと思います。
この設定だとBJの悲劇がかなり青年に近いことになり、闇医者の経緯ともどもどんなことがあったのかと気になるのですが、ありきたりなことしか考えつかなかったのでそこは割愛。
初期の彼のオペには奇想天外なものが多いので、きっとやさぐれるに足ることがあったんだろうなあと思います。