この場にすごく場違いな声。

「キリコ、なぜここに」

色めき立つ俺と対照的に、ピノコは

「おじちゃん、来てくれてありがとう」

と喜色満面だ。

「俺はこいつが来るなんて聞いてないぞ」

とピノコに言うと

「だって他に誰かいないと先生とピノコのラブラブツーショットを撮ってもらえないでしょ？」

としれっと答えられる。

ラブラブツーショットって･･･写真か？

ということは、今までのあの場面をすべてこいつに見られていたのか!?

俺はめったに赤面しない。

だがピノコの横から覗き見したデジカメ画像はかなり恥ずかしいショット満載だった。

俺の顔が妙にゆがんでまるで笑いをこらえる変質者のようだったり、一人だけどう見ても逆の手を上げていたり。

最後のキスの写真で我慢できなくなり、ピノコの手から奪ってデータを全削除する。

ピノコの

「ああー」

という嘆きの声がしたが、俺に隠れてこんなのを撮らせるほうが悪い。

しかもこいつに。

「俺だってせっかくの休日を返上したって言うのに」

とぼやきながらもニヤニヤしているようなこいつに殺意を抱きながら車に戻ろうとすると

「先生、帰っちゃうの･･･？」

と泣きそうな声がした。

さっきまであんなに嬉しそうだったのに、泣く直前の顔。

子供だったときのやるせない感情を思い出す。

仕方ない。

「後は見ているだけだからな」

と念を押して、キリコが持っていたコートを羽織る。

もう絶対にどんなに暑くても脱ぐもんか。

「じゃあリレーはおじちゃんでいいや。おじちゃん、一緒に走ってえ」

と言われたキリコはちょっと不意をつかれた顔をしていたが

「うーん、おじちゃんでいいのかい」

とさりげなくカメラをズボンのポケットにしまった。

俺が代わりに恥ずかしい写真を撮ってやろうと思ったのに。

まあいい、網膜に刻み付けて後で笑ってやる。

幼稚園行事をなめるな。

「みなさーん、集まってくださーい。これからでかパン競争を行います。大きなパンツに保護者とお子さんが一緒に入って走ります。終わったクラスからみんなで座ってください。立っているうちは終わりじゃありませんよ。みんな、ちゃんとお座りしてね」

と元気な先生の声が響く。

でかパン競争。

あいつが代わりになってよかった。

どんなにピノコに頼まれても俺なら絶対逃げ出すところだった。

１０メートルくらい離れて二つの集団に分かれた園児たちがクラスごとに並んでいる。

大体父と子だが、ところどころに母親も混じっている。

ほとんどの母親は写真かビデオ係のようで、白く引かれた線の外から何かしら構えている。

「ねえ、あの人素敵じゃない」

「うわ、銀髪。もしかして外人？　ハーフ？　誰のお父さん？」

「あれ、ピノコちゃんじゃない？　あの子のお父さん？」

「え？　だって確かさっきはツートンカラーの人が一緒に踊ってたよ。ほら、コートを脱いで放っていた人」

「ああ、子供にキスされてひっくり返っていた人？」

という声がどこからか聞こえてきた。

ひそひそ話にしてはでかい声だ。

見られていたのも気になるが、あいつ、そんなに格好いいか？

どっちかというと不気味じゃないか？　と思いつつリレーの列を見ると、確かにあいつの銀髪だけ目だっている。

いつも白髪、と思っていたが、青空の下で見ると確かに白髪ではない輝きがある。

だが近くで見るとただの不気味なおっさんだぞ。

きっと遠目では細部が見えないから妄想をたくましくしているんだろうが、視力検査を勧めたい。

あ、ピノコに腕をかけるな、なれなれしい。

ピノコもそんな奴に笑ってやらなくてもいいんだぞ。

クソ、悔しいが遠目には仲のいい親子に見えなくもない。

でも俺はでかパンに入って走るのは絶対に嫌だ。

多分口径２メートルはありそうな縞々パンツ。

足を入れるところに一人ずつ入って走る。

ピノコのクラスはオレンジと紫の縞だ。

悪趣味だ。

「よーい、ドン」

の合図でパンツに納まった親子がのたくたと走っていく。

親は競争だし、子供にいいところを見せたいからがんばろうとするが、子供とは歩幅が違うのでこけやすい。

転んで泣く子、親のほうの足が絡まり、怒って泣く子。

写真を撮っている母親を見つけて立ち止まり、ピースをする子。

そうこうするうちピノコの番だ。

前の子が脱ぎ捨てたパンツを大急ぎで２人で穿く。

外側の手でパンツを掴み、内側の手は２人でつなぐ。

走り出したところでピノコがこけるが、手を握っていたので大丈夫。

妙に仲良く走って次の子へ。

あれ、もう終わった。

二人は列の後ろについて、また仲良く話している。

まったく笑いが取れてないじゃないか。

あれなら俺でもできたかもしれないと一瞬思うが、俺がやったら絶対何か起こるに決まっている。

そうに違いない。

帰り道も帰ってからも奴の株は大幅上昇。

俺だって前半がんばったのに。

非常に理不尽な１日だった。

後日談。

写真はキリコだけでなく写真屋も大量に撮って販売していた。

それだけでなく、ピノコの近くの子を撮ろうとすれば俺たちも一緒に写る訳で、そういう写真をしこたま譲ってもらったらしい。

ピノコは「レレィの秘密」の、絶対に俺には見せてくれないアルバムに色々貼っているようだった。

そういえば普通の家庭は両親が来て、片一方がビデオや写真係になっていたっけ。

ということは、考えたくないが俺の恥ずかしい姿が他の家庭にも･･･。

もう一つの後日談。

「ねえ。ピノコちゃんの家、同性結婚なの!?　すごいねえ」

「まさか、ただの知り合いでしょ。やもめとその友人じゃないの」

「二人ともちょっと陰のある感じで素敵だったよね」

「私、今から個人面談の日が楽しみ」

「いいなあ、ピノコちゃんの担任で。その日だけ換わりたーい」

「私写真撮ったけど･･･いる？」

「じゃあ私のと交換で･･･」

聖女も結構マンウォッチングをして楽しんでいるのだった。

わかば様の４００００HITのリクエストは「ピノコは保育園か幼稚園に通っているという設定で参観日や運動会等の行事に参加するBJ。内緒でピノコがキリコにも声をかけていたとしたら、もっと楽しいかも」ということでした。

先日の掲示板の土曜参観の話題からご覧になりたくなったとの事。

わかば様、楽しいお題をありがとうございました。