手下A

 

ドアがノックされたので

「誰だ」

と誰何すると

「俺だ」

と声がした。

なんか声がこもっているが、あれはマサの兄貴だろうか。

なんか違うような気もするが、もしかして俺の知らない大幹部だったりしたら、と見張りの癖にのこのこドアを開けた俺は馬鹿だった。

急に腹を殴られて前かがみになり、えずく。

なんだ、急襲か、と思う間に部屋の中にいたテツが投げ飛ばされ、俺の上に振ってきた。

 

ぐえ。

 

気がつくと俺たちは猿轡をかまされ、手足を縛られていた。

隣の部屋からキャアと言う声が響き、獣のような声がし、ドスッという重い音のあと静かになった。

「キリコ」

と言う声がする。

 

あの男、何者だ。

こんなことがばれたらどうなるか、と考えた途端血の気が引き、必死にもがく。

あの部屋にはドクターキリコというお客さんがいるのだ。

あいつを取られたら幹部から拷問されるのは俺たちの方だ。

何とか手の拘束が解けたので、大急ぎで猿轡を取り、廊下に向かって

「敵襲だ!」

と叫ぶ。

どたばたと足音が聞こえてきたのでほっとしたが、なだれ込んできたのは俺の想像と真逆だった。

 

 

手下B

 

ああ、俺、この女嫌いだ。

蛇みたいな目で男を見て、舌なめずりする。

このドクターも気の毒に。

変な意地張らずにうなずけばいいんだ。

さっきまで拷問の手伝いをしていた俺が思うのもなんだが、どんなに痛めつけても根を上げないこの男に、俺はある種の敬意を抱いていた。

だから女に服を脱がせるよう命令された時

「今うなずいたほうが身の為だぜ」

とドクターにささやいたが、いつものように目をそらされた。

本当に頑固な男だ。

 

「そこの男、私のほかの道具を運んでおいで。早くしなさい」

と怒鳴られ、のろのろと部屋を出た時、首筋に激痛が走った。

うずくまりながら黒い革靴が俺の前を通り抜けたのを見た。

地面に顔をこすりつけながらドアを振り向くと、黒いものから銀色の線が走り、蛇女の手に突き刺さった。

女の手から、針金のようなものが落ちる。

キャア、とか恐ろしいわめき声がしたが、黒いものは頓着しない。

ドクターに駆け寄り、ガチャガチャと留め具をはずそうとしている。

 

それはそのままじゃ取れない。

鍵は俺が持っている。

もどかしいが、頭がぐわんぐわんと鳴っていて何も言えない。

ふと見ると蛇女が手に刺さったナイフのようなものを抜き、黒いものに飛びかかろうとしていた。

気をつけろ、と言ったつもりだったが

「おおあー」

という獣みたいな声しか出ない。

でも黒いものは振り向きざま蛇女の手をはたき、そのまま腹に1発。

辺りを見回し、何かを拾い上げて蛇女を後ろ手に縛っている。

 

俺は懐に手を入れ、手に触れた硬い物を抜き出した。

外に出すとガチャンと音がする。

黒いもの(男だった)は足早に俺に近づき、鍵を手にした。

「これ」

と言うのを目で制す。

俺は何もしてない。

これは倒れた時、懐から落ちちまっただけだ。

 

「敵襲だ」

という声がして、黒い男があわただしく立ち上がった。

せっかくだから、うまく逃げろ。

たぶん逃げ切れないだろうけど。

それでも、少しは。

 

頭が痛くて、意識を放した。

 

 

友引警部

 

スリの哲からのたれ込みを元に、Y会の事務所を張っていた。

もちろん奴からのたれ込みだけのせいじゃない。

以前からY会はさまざまな薬の取引の容疑があり、その証拠固めに奔走していたのだ。

 

さっき東西大学病院の副院長が自首してきた。

Y会に期限切れの薬物を横流ししていたんだそうだ。

ま、他にも余罪があるみたいだが。

その事務所がここ。

それによりやっとお偉いさんからのGOサインが出、令状を取ることができたので、急行したのだ。

 

さっきブラックジャックが入っていった。

哲の言うとおり、張っていて正解だったな。

あの医者、無茶をしすぎだ。

だが、揉め事が起これば不意をつける。

 

「敵襲だ!」

というかすかな声がした気がした。

「間に合ったか」

という声が後ろでし、振り向くと部長だった。

いつも席から離れない人が、何でここに。

だが時間がない。

「突入するぞ!」

と号令をかけて真っ先に走りこむ。

入り口でおたつく男に捜査令状をかざし、部下に内容を読ませつつ、捜査の開始を告げる。

短時間に始末をつけなければ。

電話やメールで外部に連絡されたらことだ。

このごろは連絡手段がありすぎる。

パソコンも押収して。

でもそんなのは部下だってよく心得ている。

俺の一番の懸案はあの医者先生だ。

 

部下に指示を出しつつドアを開けては確認し、を繰り返していてあるドアを開けた途端、その荒れように驚いた。

ぼろぼろの男が3人。

一人は足に巻かれた紐を必死で解こうとしているが、もう一人は手足を縛られて転がっている。

部屋の奥に一人、こっちは昏倒しているようだ。

 

ここ、か?

 

「お前らは次行け」

と指示を出し、慎重に中に入る。

「警察だ、おとなしくしろ」

というと、脚の紐を引っ張っていた男が泣き声を出した。

奥のドアを開け、息を呑む。

 

端に縛り上げられたなんとも扇情的な格好の女。

逆側に、医者先生。

いつものコートを脱いで誰かを包みこみ、そいつをかばいながらメスを構えている。

「先生、俺だよ」

と言いつつ、これは目こぼしが難しいなと思う。

メスが血でぬれている。

あれはオペのせいじゃないだろう。

 

「友引、そいつらを保護しろ」

と部長に言われ、もう言い逃れはできないと思う。

何とかどさくさにまぎれて脱出させてやれないかと思ったのだが。

「俺の車に入れて、このことはすべて忘れろ。上からの達しだ」

と小声で言われ、この先生、いろんなコネがあったけか、と思い出した。

 

 

BJ

 

手枷で壁に貼り付けられた奴は、ひどい有様だった。

口だけは達者で俺の顔を見るなり

「お前なぜこんなところに来た」

とほざいたが。

「散歩していたらお前の悪行の匂いがしたんで野次馬さ」

と言いつつ枷をガチャガチャやるが、もちろん取れない。

鍵を探していると背後で変なうなり声がし、振り向くとさっきメスを投げた女が反撃してきたところだった。

メスを叩き落とし、腹に決める。

こんなの、女じゃない。

 

キリコのものらしいネクタイとシャツで女をぎっちり縛っていると、がしゃんと音がした。

さっき昏倒させたはずの男が鍵を落としていた。

なぜ、と思ったが、ありがたくいただき、枷をはずす。

コートを脱ぎ、崩れ落ちた奴の体に落とす。

ちらりと見ただけだが、陰毛を焼かれたらしく、その部分が赤黒くなっていた。

さっき女の落とした細い棒を拾うと、先にささくれのような返しが作ってある。

こんなものをどこかに刺して、えぐりながら引き抜くつもりだったのだろうか。

 

 

コートを着せ掛けただけのキリコを背負ってこっそりと車に乗った。

奴は歩こうとしたが、その格好で歩くと目立つと指摘したのだ。

奴の衣類は女を縛るのに使ってしまった。

ま、あのよろけ方だと歩けたかどうか怪しいものだが。

俺より背が高いので少々背負いにくいが、アドレナリンがバンバン出ているためだろう、まったく重いと感じない。

 

「さて、どこで降ろしてほしい」

という男に

「お前の隠れ家か、手塚医院」

と言うと、前の雰囲気ががらりと変わり

「何だわかっていたのか」

と含み笑いが聞こえた。

「お前の変装なんてお見通しだ」

と言うと

「ふん、言うね。でもわかっているんならきっちり金は払ってもらうよ」

とミラー越しに流し目された。

 

ごつい男の変装のままでするな。気持ち悪い。

「いんこ、どうせお前は後で恩を売る気だったんだろう。それよりキャッシュで払った方がいいね」

と言いつつ、どれだけ請求されるか考えると車に酔いそうになる。

こいつ、俺に増してがめついからな。

 

安心したのかシートに寄りかかったとたん失神したキリコを見ながら、こいつのためにいくらつかっちまったのかと思う。

あーあ、しばらくがむしゃらに働かないと。

 

手塚医師は急な訪問に驚いていたが、キリコの状態を見ると

「事情は聞くなと言うんだな」

と不満そうな顔をしつつも手当てをはじめてくれた。

さあ、俺も帰ろう。

ずっと帰ってなかったから、きっとピノコはお冠だろう。

 

 

家に帰るとピノコが開口一番

「キリコのおじちゃん、見つかった?」

と聞いてきた。

お前、お帰りもないのか、とちょっと悔しくなり

「さあな。俺は奴のことなんか知らないよ」

と言ったが、のんびり入った風呂から上がるとソファのところにスナック菓子やケーキが置いてあり、鼻歌交じりのピノコが

「ビールどうぞ」

と冷蔵庫から出してくれた。

 

これはすごく珍しいことだ。

彼女は自分が飲むのを禁止されているためか、食事の支度はしても、俺の酒の支度なんてしたことがないのだから。

しかもつまみまで。

ああ、でもそんなに跳ねながらビールを運ぶと・・・。

「きゃあん。やあだあ」

彼女が栓を抜いた途端、俺たち二人ともビールまみれになる。

大慌てで布巾を取り、そこらを拭いたりピノコを風呂にやったりし、半分以上なくなったビールの残りを飲むと、案の定気が抜けてしまっていた。

 

その後、俺の入浴中にあいつの妹さんから「兄さんから連絡が来た」という電話があったと知らされた。

 

 

高名な大学病院とY会との癒着や、薬の横流しは大きな社会問題になった。

Y会は一斉捜索を受け、麻薬取締法違反、銃刀法違反、脱税容疑、その他わんさかと罪名を挙げられ、幹部ほとんどが挙げられるという未曾有の事態になった。

あの組織は壊滅したと言ってもいいだろう。

 

不思議なことにというか、当たり前というかだが、安楽死に関する問題はまったく表に出なかった。

どうも政府の要職や医師会が必死の揉み消しを行ったらしい。

まあ、これが出たらとんでもない事態になるからな。

 

東西大学病院の白拍子は院長を引責辞任し、単なる外科医長になった。

だが会見時に震えながらも自分の責任を取る潔さに女性ファンクラブができたとかできないとか。

きっと2、3年もしたら元の座に返り咲くことだろう。

 

 

あんなに紙面をにぎわせた事件もほとんど話に上らなくなった頃になって、奴から電話が来た。

以前読みたいと言っていた論文が手に入ったから、見たいなら取りにこいという。

車を走らせながら俺も暇人だ、と思うがそのままアクセルを踏む。

 

奴の家に着き、居間に通され、ソファに座ると奴がウィスキーを持ってきた。

「俺は車だぞ」

と言うが

「嫌ならコーヒーを入れるか?」

と聞かれてそのまま口をつける。

 

目の前で含み笑いする奴が気持ち悪い。

「何だ」

とにらむと

「俺がうちを留守にした間にずいぶん長い散歩をしていた奴がいたらしくてね。いろんな方面から立て続けに電話が来て、ほうほうの体さ。お得意さんがずいぶん減っちまったよ」

と苦笑された。

 

「安楽死商売が上がったりなんていい気味だ。天罰じゃないか」

と言うと

「天罰を与えるのが神ならあきらめもつくが、悪魔相手じゃ割が合わないな。ところで」

とグラスを置き

「俺の予後を調べたくないか。特にあの変態女に不能にされてないか、先生自ら診断してほしいね」

と手招きされた。

 

「ほら」

と手を広げられて、俺はふらふらと立ち上がった。

 

 

2周年だから、今まで書いたことのないものを書いてみたいな、とアクション物を目指してみました。

書き始めてみるとこれが難しくて・・・一番のネックは、3人称で話が進められないことでした。

オリキャラもたくさん出てしまいましたが、今まで書きたくても書けなかった人たちをたくさん出せて、本人は楽しかったです。

なお、いんこはDSゲームの探偵事務所の設定を使っています。

色々アラもありますが、少しでも楽しんでいただける人がいらっしゃったら本当に嬉しいです。

最後に『アクション物を見たい』ときっかけをくださった某様、ありがとうございました。