日本のある総合病院にて

 

 

俺は依頼人の下に歩いていた。

ふと視線を感じて振り向く。

あの1度だけ会った男だった。

BJ、オペの鬼だ。

 

どうも俺を追いかけてきたらしいので友好的に

「久しぶりだな」

と言ってやったのに、なんだか奴はカリカリしていた。

「また人を殺すんだな」

とはとんだ言い草だ。

俺がやっているのは人助けだよ。

死にたい死にたいと苦しんでいる人を、法律に触れずにらくにあの世に送ってやる。

これが人助けでなくてなんだというんだ。

 

今回の依頼人は全身麻痺の母親だった。

まったくの不運から巻き込まれた事故で背骨を折ったという。

もう一生涯身動きできないのに、子ども達を働かせて看病させるのがつらい。

そう嘆く依頼人の話を聞いているうち、動悸が激しくなり、冷や汗が出てくる。

ああ、彼女も俺の患者だ。

あの戦場で

「死にたい、死なせて」

と俺にすがったあの男達と一緒。

 

ハンカチを取り出し、はらはらと落ちる涙を拭くことも出来ない彼女のそれを拭く。

吸い飲みを口に当ててやると彼女の気持ちも落ち着いたようで、俺の動悸も正常に戻った。

「そっと死なせてくださいまし」

と言う彼女の言葉にようやくビジネスを思い出し、依頼料の確認をする。

さあ、これで契約は成立した。

あなたの願いはもうすぐかなう。

最後の日々を楽しみ、思い残しがないようになさい。

それができるあなたは幸せ者だ。

ほとんどの人間は自分のすぐ前に落とし穴があるとも知らず、目の前にはどこまでも続く道があると思い込んでだらだら生きているのだから。

 

2日後、俺は件の依頼人の所に行った。

方法はお任せの時、俺は大概安楽死装置を使う。

これは俺の最高傑作だ。

電極を二つ後頭部にあて、ある種の超音波をゆっくり流す。

すると人間の延髄は次第に麻痺していく。

延髄の中の呼吸中枢が麻痺する前に患者は睡魔に襲われ、文字通り眠るように逝く。

どんなに苦痛にもがき苦しみ、眠れずにいる患者でもだ。

その時の患者の幸せそうな顔。

それまでしかめ面だった人間の苦悩の表情がふわりと解ける。

その様を見る度俺は恍惚とした気持ちに包まれる。

ああ、もう少しで彼女も。

 

その時すごい勢いでドアが開け放たれた。

「そういうことだったのか」

といきまく男に同じように返しながら、この女性はこの男の患者でもあったのだと気づく。

だが、人の処置を無駄にするとは何事だ!

乱暴に電極を抜き取られ、その暴挙に抗議するも、俺の方が悪者扱いだ。

そんな乱暴なことをして万一患者に障害が残ったら、一体どうするつもりなのだ。

激高すると、札束を出された。

 

100万円の、賭け。

俺には通常の値段だが、この男にとっては破格の安さのはずの掛け金だ。

何しろ、障害の場所が悪い。

この男、本当に患者の状態がわかっているのか。

 

まあ、いい。

それが家族の望みと言うなら、少しくらい待つことになっても構いはしない。

オペが失敗しても、俺がいるのだ。

長く苦しむことはあるまい。

 

オペを待っている間、依頼人の子供に安楽死装置を指差して聞かれた。

どうしてこんなむごいものを考えつくんだ、と。

こういう時、俺は自身との認識のずれに少々驚く。

この子達は戦争を知らない。

本当にむごいとはどういうことか、わかってない。

苦しみ、もだえ、生きながら煉獄を味わう人間を放っておくことの方がむごくはないのか。

 

 

おじさんはもと軍医でね。

戦場で体を半分フッとばされて しかも死ねないけが人をウンザリするほど見たよ。

そういう人間をおだやかに死なせてやると・・・・・・

みんなすごくよろこぶんだ。

ああ おかげでらくになりますってね。

だれもかれもおれに心から感謝して死んでったよ。

それ以来・・・・・・

 

それ以来俺はどうすれば苦しむ人をおだやかに死なせてやれるか、そればかりを考えてきた。

戦場以外にも苦しむ人は驚くほどいた。

 

 

神さま・・・・・・ママを助けてください

お救いください

 

涙ながらに娘が祈る。

そんなのを見てもしらけるだけだ。

神だって無理に救うつもりはないよ。

祈って何とかなるなら、戦いなんてない。

死ぬ奴なんていない。

戦争で死んでいった彼らだって、その身を案じるたくさんの人がいたんだ。

祈りごときで怪我が治るか。

薬が増えるか。

目の前の患者の苦痛が減るのか。

 

 

目の前の「手術中」の明かりが消えた。

奴が出てきてにやりと笑う。

自信に満ちた目。

助かったのか。

喜びにあふれかえる中

「ここは場違いだぞ」

と男が言う。

出て行ってくれなんて言われなくても俺は出て行く。

おれはこういうメソメソした場面はあわんよ。

じゃあな。

 

 

数日後、又あの男に会った。

いよう、また会ったな。

あの患者 どうだ。

助かったか。

と言う俺の言葉に

もちろんだ。

むだ足だったなキリコ。

と得意そうに話す男。

 

そうかねえ。

おれはべつだんきみにカブトをぬいだつもりはないよ。

これからもたのまれればいくらでも死なせて歩くぜ。

 

だって。

 

生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ。

それを人間だけが・・・・・・無理に生きさせようとする。

どっちが正しいかね。

ブラック・ジャック。

 

 

おれも昔は無理に生きさせようとしたもんだがね。

けれど、そんな命は手をすり抜けていく。

結局残るのは本当に生きられる命だけ。

その命ですら次になくなるのが戦場だったけれど。

 

 

その時階段の下から大声がした。

「ブラック・ジャック。あの患者が死んだ。

病院車とトラックが衝突したんだっ。

親子もろとも死んだぞ!!」

 

それを聞いた途端、笑いが後から後から噴出してきた。

なんと言う皮肉。

この男が手を出さなければ、子どもだけでも助かったのだ。

あの母親の言うとおり最初は子どもも悲しんだだろうが、今頃は自分達のために生きられただろうに。

 

こういう時、俺は神様って奴はいるのかもしれないと思う。

但し、その神は人嫌いの旧約聖書の神だ。

お気に入りのノア以外の全人類を洪水で溺死させたり、バベルの塔を作ろうとした人間達を懲らしめる為、お互いの言葉を通じなくさせたりした、残酷な神様。

人間が慢心するのを許さない。

 

「それでも私は人をなおすんだ」

と叫ぶ声がする。

「自分が生きるために」

と。

自分が生きるためにってどういうことだろう。

不可思議な言葉だとは思ったが、歩く内にそれも忘れた。

新しい依頼を受けているのだ。

一つの事にかまけてはいられない。

 

 

いわずと知れた『ふたりの黒い医者』です。

患者の話を聞いているときのキリコの汗、娘の話をあざ笑う顔、そんなものが以前から気になって仕方ありませんでした。

そんな部分の妄想です。