何が残った
その男の顔を見た時、嫌な予感はしたのだ。
この男は俺の安楽死を嫌っているから。
でも、まさかこんなことになるなんて。
俺は留置場の中にいた。
あの男に爆弾魔だと言いがかりを受けた結果だ。
この俺が爆弾魔だって!?
馬鹿な、そんなの嘘っぱちだと何度言っても、残念ながらまったく信用してもらえなかった。
安楽死装置の説明をうまく出来なかった俺も悪いのだが、あんな風に動揺させられてはいつものように切り抜けられるか。
人相風体のせいもあったのだろう。
俺は何人もの男に取り押さえられて拘束だ。
拘留期限が切れるまでここを出られそうにない。
取調べが毎日続く。
あれはただの超音波発生装置だと言っても、何故そんなものを持ち歩いているかと問われれば黙秘するしかない俺は心証最悪。
犬やレントゲンを使って装置が爆弾でないことはすぐ検査できたようなのだが、今度は産業スパイの疑いをかけられたようで、どこで誰と会う予定だったのかと何時間も手を変え品を変えて尋問される。
ここが社会主義の国でなくて良かった。
もしそんな国だったら人権も何もあったもんじゃなく、暴力や恫喝と親しくなっていたことだろう。
おかげで取り調べ以外の時間はのんびりしていられるし、金を出せば新聞も買える。
食事もまともだ。
ありがたいことだが、俺の気は休まらなかった。
のんびりした暇な時間こそが、俺を責め立てた。
この無為な時間のうちにも苦しんでいる命があるのだ。
あの六つ子の事は連日新聞の社会欄に載っていた。
その数が、日毎に減っていく。
その中に俺の依頼の子どもがいるのか。
それともまだ生きているのか。
1ヶ月の胎児の姿のまま生まれてきたという赤子。
肺も心臓も脳も身体のすべてが未発達で、生命維持装置で何とか命を永らえているだろうその子は、何か物思う事はあるのだろうか。
よしんばあるとしても、どんなに手を尽くしても生きられない命というのはあるのだ。
病院側がその1歩を踏み出せないというなら、俺が引導を渡してやろう。
きっとずっと母の胎内でまどろんでいたかったろうに、多分誰にも抱かれないだろう子。
俺が苦しみを止めてやるから。
長く思えた拘置期間が切れた俺は、大急ぎで病院に向かった。
だが、なんてことだ。
なんだこれは。
そこにいたのは胎児の姿ではなく、手術の痕だらけの、しかし完全な身体の赤ん坊だった。
ばかな、だって、どうして。
混乱した俺に追い討ちをかける院長の言葉。
この赤ん坊は、本当に生きられるのだろうか。
生きていても重度の障害が出ないのだろうか。
いや、あの男のすることだ、そんなことはないのか。
それにもし重度の障害があっても、あの子は生きているだけで周りの人間が幸せなのだ。
声を聞け。
湧き上がる応援の声を。
ここにいるのは闇の中、こっそり葬り去りたい子供ではない。
淘汰から生き延びた勇気ある子供なのだ。
グワングワンと耳鳴りがする。
そんな中、あの男が高笑いする声を聞いた気がした。