サーカス

昔話のように

 

 

彼を見たとき、俺は半分標本を見るような気持ちだったとおもう。

安楽死の理由はきちんとあった。

費用が掛かりすぎる。

彼に意識があれば、また

「彼は生きているんです。私には彼が必要なんです」

という人がいれば状況も変わっていただろう。

だが彼はこの病院にとっては珍しい事例、というだけのサンプルでしかなかった。

モルモットであったら誰の許可なく処分も出来よう。

だが人間だから専門業者の俺を呼んだ、というくらいの気持ちだったんじゃないかと思う。

 

俺の側も同じように見ていた。

各種の装置の数値を見れば死んでないことがわかるが、ただそれだけの物体。

意識もなく年を取ることすら忘れてただ鼓動を刻むだけの器。

俺のすることはオモチャのスイッチを止めるように、ただその鼓動を止めるだけの事だと思っていた。

 

彼がオペをしなければ。

 

あの男の顔を見た時には、正直、またしゃしゃり出やがって、と思った。

生き物は生きるものは生きるし、死ぬものは死ぬ。

動物は生きる意志のある奴の内の運のいいのだけが生き延びる。

他は淘汰されるのだ。

 

確かにこの男は先日の俺の親父のようなことも出来る奴だ。

もしかしたらこんな男の意識を戻すことが出来るかもしれない。

出来たらそれでめでたいことだが、この男だっていつか手痛いしっぺ返しを食らうんじゃないか。

いや、以前に食らったこともあるというのに、まだわからないのかね、と。

 

だがわかってなかったのは俺の方だった。

 

意味ない生だと思っていた。

動けずしゃべれず眠ったままの彼。

時間を止められてしまった彼は、でも安寧の中にいた。

それがどうだ。

奴がオペをしなければ、俺は殺人をしていたんだ。

本当の意味の殺人だ。

だって彼はずっと眠っていたかったのだから。

 

彼を維持するには多くの費用が必要で、彼を眠らせたままでおくことは出来なかった。

そういう依頼だったはず。

だがそれは本当に本人の為だったのか。

患者のための殺し屋なんて嘘だ。

俺がするのは本人の為の安楽死ではなかったのか。

 

「くそう!」

と壁を打つ男のそば、俺は立ち上がることも出来ずただうなだれるしかなかった。