強盗

 

 

その日はユリが来ていた。

2階に上がって、なにやらごそごそやっている。

俺は台所でのんびり夕食の支度をしていた。

いつもは外食か冷凍で済ましてしまうことが多いが、人が来ている時くらい何か作りたくなるものだ。

下ごしらえが済んだので軽く一服、と思っていると、玄関のチャイムが鳴った。

 

「○○新聞の集金です」

「○○新聞? うちは××新聞だぜ?」

とドアを開けながら言うと、片足を強引に入れられた。

ちっ、強引な勧誘か。

そのくらいに考えた俺は、なんて浅はかだったんだろう。

ぺらぺら話し続ける勢いに飲まれてつい一歩引いてしまった隙に、するりと中に入られてしまった。

 

なんか、こいつ話のピントが合ってないな。

こっちは××だって言ってるのに、新聞を替えろ、という話ではない。

集金の話とか、このごろの記事の話とか、わけのわからないことをべらべらしゃべりながら、なんかきょろきょろしているように見える。

もしかして不審者か?

それなら身長は、玄関のドアのあそこぐらい。

靴は俺のと多分同じサイズ。

顔つきは・・・目は・・・口は・・・とじっくり観察していく。

どうせ口を開く暇はなかったし、退屈しのぎのつもりだった。

もし襲い掛かられたら、と護身術を思い出しかけていたとき、急にそいつが飛び掛かってきた。

 

首を絞められる。

えーと、みぞおち、みぞおちは、と。

首を絞められている手はそのままに、相手のみぞおちめがけて思い切り拳を入れる。

うまく玄関に吹っ飛んだ。

しゃがれた声で

「ユリ、強盗だ、110番掛けろ!」

と叫ぶと、上の方でばたばた音がし、強盗はあわてて逃げていった。

思い直して外に出たときは遅く、車の排気音が遠ざかっていった。

 

今頃になって心臓がばくばく言いだしたので、ちょっと一服している間にファンファンうるさい音が近づいてきた。

しまった、ユリに取り消せって言うの、忘れてた。

あっという間にうちの前はパトカーだらけ、中は警官だらけ。

 

3度も同じことを話させられる。

相手の身体的特徴は空で暗記できるほど言わせられた。

俺は絵心がないので、ユリに特徴を言って犯人の顔を描かせる。

さすが俺の妹、絵がうまい。関係ないが。

そのあと署まで行って二人とも指紋を取られたり、また長々と調書を取られたり。

 

勘弁してくれ!

もう犯人なんてどうでもいいから!

と言ってもまあまあ、と引き止められてしまう。

このところ、近隣の市で何件も似たような被害が出ているのだそうだ。

襲われたのは、皆俺と同じかもう少し年配の男。

暴行を受けた上で金を取られたらしいが、皆ひどく混乱していて相手の顔をまともに覚えていないのだそうだ。

「初めて詳細なモンタージュを作れるチャンスだから!」

と土下座されてしまい、仕方なくまた長々とつき合わされる。

家に着いたら夜中の2時、玄関は鑑識の白い粉だらけ、俺の首のあざまで指紋と写真を撮られてしまった。

 

翌日近所を歩いていると、何かじろじろ顔を見られているような・・・?

顔見知りの魚屋で何がいいか見繕っていると

「あんた、男に襲われたんだって?」

と声をかけられた。

「やっぱり兄さんみたいなのが1人暮らしはいけないよ。早いこと、所帯でも持てば傷も癒えるってもんだ。元気だしなよ」

え!?

襲われたって? 襲われたって!?

「昨日警官が来て言ってたよ。連続男子強姦魔がまた出やがったって。兄さんのうちだろ、パトカーがたくさん停まっていたから。」

 

しばらく思考停止した後

「いや、うちはただの強盗だし、未遂だから」

と言い、急いで家に帰った。

あのときの刑事の名刺をもらったはず。

 

電話を掛けたら家に来た。

ずうずうしくリビングまで上がりこみ、茶を催促される。

なんてあつかましい。

 

「噂に尾ひれがついたんだな」

高杉とか言うその男はタバコを出しつつ目顔で灰皿を要求する。

「うちのほうでは近所に目撃者がいないか聞いて回っただけだ。何があったか聞かれた時は、強盗未遂とだけ言ってある。兄さんが噂になるようなこと、してるんじゃないかい」

とニヤニヤ。

「それよりここ、医院だって言うけど全然人がいないんだな。こんなに閑古鳥が鳴いているのに本当に商売になるのかね」

・・・こいつ、何か知っていて口を閉じとけって言ってるんだろうか。

ただの世間話なんだよな。

 

何枚ものモンタージュ写真を見せられ、どれが犯人か教えるように言われる。

何枚かが似ているような、似ていないような・・・

見れば見るほどわからなくなって混乱していると、

「全部同じ写真だ」

と種明かしされた。

同じ写真を、顔の大きさを変えたり背景の色を変えて混ぜ、ちゃんとわかるか確認したんだそうだ。

ああ、いやな奴。

 

それからそいつは週に1度から2週に1度くらい家に来て、なかなか犯人がつかまらないと愚痴を言いつつ茶を飲んでいく。

「進展がないなら電話でいい」

と言っているのに、まるで休憩所のように使われてしまい、非常に不愉快だ。

 

2、3ヶ月経っただろうか。

「署に出向いてもらいたい」

と電話が来た。

この間の所でなく、本署に来てほしいと言う。

容疑者をいわゆる面通しするらしい。

 

行ってみると、まず別室に通された。

犯人の特徴を述べられ、

「こういう奴だったか?」

と聞かれる。

はっきり言って、全然覚えていない。

「そんなにでかかったかな? もうちょっと小柄だったような気がするが。誇張された証言じゃないか?」

と聞くと

「あんたの証言だよ」

とぶすっと返された。

 

「やっぱり俺は覚えちゃいないぜ」

と帰ろうとしたが、

「見るだけでも」

と小さな部屋に連れて行かれた。

道々声を出さないよう、窓に近づかないように釘を刺される。

マジックミラー越しなので、ガラスに近づきすぎるとぼんやり影が見えてしまうのだそうだ。

 

小部屋の中は暗い。

刑事が携帯で何か話すと、取調室の刑事が

「疲れただろ、手や顔を洗えよ」

と相手に言う。

これは洗面台の鏡か。

 

自分の側だけ見えるのは嫌な気分だ。

自分が気づいてない時に、俺もこうやって見られているのだろうか。

十中八、九この男だと思ったが、サインする時は気が引けた。

 

1月ほどしてまたあの刑事がやってきて、その後のことを教えてくれた。

奴は余罪が少なくとも18件、すべて強盗傷害だが、届けを出していない被害者はもっといるだろうとのこと。

中年男ばかりを強姦して、ついでに金を盗っていたらしい。

・・・連続男子強姦魔。

だれが魚屋に言ったんだ。

 

中には夫婦を襲い、縛られた妻の目の前で犯されたやつもいたとか。

いやはや。

お2人共に気の毒なこった。

悪趣味め。

 

未遂で済んだのは俺くらいだったらしい。

「あの男は首を絞めても全然抵抗をしなかったから『ちょろいな』と気を抜いた時に反撃された」

のだそうだ。

俺がみぞおちを探していた時か。

 

俺はサインの時、何をためらったんだ。

こんな奴を野放しにするなんて男の敵じゃないか。

 

その後のことは、俺は知らない。

刑事も来なくなったし、犯人の顔も名前もすぐに忘れてしまった。

名残は、首筋の頚動脈のあたりが弱点になったこと位かな。

何かの拍子に触れられると、今でもちょっとぞくりとする。

 

もう1つ。

なぜかBJが知っていた。

どこでうわさを聞いたんだか、

「お前自宅で男に襲われたんだってな」

と言われ、つい

「未遂だ」

と言ったら、

「やっぱりお前か。名前は聞いていなかったけど、特徴を聞いてお前じゃないかと思ったんだ」

とにやにや。

警察は守秘義務があると言っておきながら、おしゃべりが多いと思うのは俺のひがみか。

俺をからかう気満々のBJを見て、俺はあの時ユリに電話を取り消させなかったことをつくづく後悔した。

 

 

 

若い女を中年男に変えたら、犯人が妙にえぐい奴になってしまった・・・。

今は簡単に殺人も加えられてしまうでしょうから、若いお嬢さん方は気をつけましょうね。

感想をいただけると、とても嬉しいです。

 

 

 

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