オール電化

遠足(上)

 

 

ピノコが

「先生、当たったわのよ!」

と手紙を握り締めながら部屋に飛び込んできた。

「なんだい、今度は懸賞にでも凝っているのか?」

と聞きつつ振り向くと

「ううん、もっといいやつ! 先生、遠足の引率があたったの。親はクラスに2人しか来れないから、あたし先生と遠足! ってすごくお願いしてくじ引いたのよ。すごいでしょう」

と言いながら俺に手紙を押し付ける。

「遠足のお知らせ」と「引率のお願い」の2通の手紙。

この園、遠足は先生と子供たちだけで行くのだが、この子供科学館の遠足の時だけは数名の親に引率をお願いする、ってそういえば最初の説明で言っていた。

普段と違って屋内で階数もあるので、トイレとか迷子の心配があるからだ。

 

面倒だな。

 

でも手紙をよく見ると、これさえやれば後の行事のお手伝いは免除されるとのこと。

1日で終わるんだからバザーよりはましか。

それにこのところ保育参観をサボり気味だったから、ピノコの日常ってやつを見るのもたまにはいいかもしれない。

引率の人数が少ないなら、お母さん方の中に俺ひとり目立つこともないだろうし。

「急患が入ったらだめなんだぞ」

と言いつつも、ちょっと楽しみになってきた。

 

だが好事魔多し。

前日の夜になって緊急オペだ。

最初はピノコは途中で寝かせてやろうと思っていたのだが、始めてしまえばそんな暇なく彼女がダウンするまでこき使ってしまった。

悪いな、ピノコ。

普段は彼女のことを子供らしくのびのびさせてやりたいと思うのだが、オペに入ると助手としての彼女しか頭になくなってしまう。

助手と言うのはこれで案外難しいのだ。

俺の呼吸を読んで器具を渡す彼女は、オペがままごとでないことを最初から知っていた。

彼女も真剣勝負で出てきた子だから、オペの緊張感によく耐えてくれる。

 

と言っても長時間のオペはもちろん無理だ。

粘ったが、10時過ぎにはダウン。

その後のオペは俺が一人で執刀し、何とか夜中の1時過ぎに終え、手塚に電話して患者を引き取ってもらう。

俺が置いてやったまま、長椅子で寝るピノコをベッドに運び、最低限のオペ室の始末をして俺もバタン。

目覚ましをかけ忘れたのに気づいたのは、翌朝8時近く。

 

「間に合わない」

べそをかくピノコを叱咤激励して顔を洗わせながら、俺がおにぎりをむすぶ羽目になった。
俺だっておにぎりのむすび方くらい知っているんだ。
まず手をぬらしてから塩壷に中指の第1関節まで突っ込んでくっついた分の塩を手に広げて、ご飯を置く。
ここら辺で熱くて奇声を上げたくなったけど、我慢。
真ん中に手塚の奥さん特製の梅干とか、キリコの手土産の佃煮とかを入れてむすぶ。
熱いのでとても握るなんて事はできない。
何度か手の間を往復させるうちに形になったので、皿に置いてのりを巻き、ラップがけ。

着替えたピノコをそのまま自動車に乗せて園まで走った。
普段は園バスだが、そんな時間には間に合わなかったのだ。
でもぎりぎり遠足のバスには間に合って、ひと安心。

「間に合ってよかった。車は駐車場に置いてきてください。もうすぐ出発ですよ」

といつもにこやかな園長先生が駐車場を指し示した。

 

今日は園バスでなく、観光バスで行くという。

近場なら園バスで行くこともあるらしいが、今回はちょっと遠出するので、ほかのクラスのお帰りの時間までに帰ってこられるかどうかおぼつかないらしい。

俺にとってはありがたいことだ。

園バスの小さな座席に無理やり座らずにすむのだから。

先生は園児を手際よく3人ずつ二人席に詰め込みつつ人数チェックしながら、俺たち引率には

「一番前の席で座っていてください。現地ではお手伝いしていただきますから」

とペットボトルのお茶を握らせる。

俺たちも園児になった気分だ。

手持ち無沙汰に外を見ると、お見送りのお母さん方と目が合った。

「ピノコちゃんパパ、いいなあ」

「行ってらっしゃい、楽しんできてね〜」

とこっちにまで手をふられ、ついふり返してしまう。

「いやーん、いいわねえピノコちゃん、一緒に行けて」

「丸さんったらピノコちゃんパパの隣でセクハラしちゃだめよ」

とかしましいママさんに表情を変えずどきまきするが、こういう喧騒にもバザーで慣れた。

あのときの大変さに比べれば。

とりあえずバスが動くまでの辛抱だ。

 

先生方が乗り込むと、バスも出発。

「ママーいってきまーす」

と手をふっていた子供たちも、動き出した途端親のことなどすっかり忘れてかしましい。

だが先生がマイクを持って

「みんなー」

と話しかけるとおしゃべりがぴたっと止まり、先生を注視する。

ああ、この子達もずいぶん人間らしくなってきた。

去年はまだ山のものとも海のものともわからない奴らばかりだったのに。

 

毎朝の日課という園歌を歌い、「10台目にすれ違う車は何色か」ゲームとか「トラックに出会うのは何台目か」ゲームを繰り返しているうち車は自動車道に入り、酔う子も出ないままバスは無事目的地の子供科学館に着いた。

 

まずは入り口の前で記念撮影。

あいにくの雨だが、せっかくの記念なので撮るのだという。

子供の遠足が多いのだろう、入り口の脇にちゃんと団体撮影用らしい場所があるので、子供たちを3段に並ばせる。

壇から降りようとしたら

「降りないで。引率のお父さんお母さんも一緒に写りますよ」

と先生に押されてまた壇に乗せられる。

「いや、私は」

と辞退しようとしたが

「ピノコちゃんパパが写ってくれないと私も写れないでしょう? 一緒に並びましょう」

とバスで隣だった丸さんに引っ張られてしまった。

この人、見たことあると思ったらバザーで一緒だった人か。

どうりで俺に物怖じしないはずだ。

 

写真撮影後、先生方が子供たちを並ばせるのを見ている時、一般入り口に向かう男が目に付いた。

あれ、あいつは。

 

隣に

「ちょっと失礼」

と叫んで走る。

入り口に入る直前で

「おい」

と肩に手をやると

「わ」

と幽霊でも見たような顔をした男。

どちらかというと当人の方が幽霊っぽい、キリコだ。

「お前さん、何でこんなところにいるんだ」

と詰問しながらこんなところで安楽死? とも思う。

案の定

「雨宿りだ」

と言う男の手にいつもの鞄はない。

なあんだ、と気が抜けたところに園児と先生の集団が追いついてきた。

「あ、ピノコちゃんの恋人のキリコおじちゃんだ」

「バザーに来た人だ」

「運動会で見たよ」

「こんなところで待ち合わせ?」

「デート?」

「ピノコパパさん、お知り合いですか? 御用がお済みでしたら引率、お願いします」

一瞬園児に囲まれたが、年長さんになるとみんな抑制が効くらしく、先生の声がした途端きちんと並びなおすのが流石だ。

一番統率効かないのが俺っていうのも嘆かわしい。

頭をかきかき列のしんがりに並ぶと、キリコの奴後ろから付いてくる。

いや、単にこの館、最上階から見るようにできているからなんだけど。

 

中に入ると、大きなエレベーターでまず最上階の5階に上る。

そこから1フロアずつ階段で降りていくのがこの間の順路らしい。

各階では園児は好きなところを見て回るので、時間になったら全員いるのを確かめたり、トイレに行きたい子についていくのが俺の役目。

時間になるまでは俺たちも子供らと一緒に見てまわっていいとのこと。

長い時間でもないし、このくらいなら俺でもできるだろう。

きっと。