電話が鳴った
電話が鳴った。
「やあ、先生」
いんこからだ。
この業突く張りから電話が来ると、ぞっとする。
必ず高い電話になるし、けれどそれだけの価値あるものに決まっているからだ。
このフレーズに、悔しいが何度助けられたことか。
「先生、あんた○組の組長を手術したんだって? ライバルの△組の奴らが先生のこと、聞きまわっているよ。ところでいい別荘があるんだが、隠れ家に使う気はないかい? お代は安くしておくよ」
値段を聞くと暴利としかいえない金額だが、背に腹は代えられない。
大急ぎで荷造りする。
ピノコは、と考え、ある番号をまわす。
商売敵なので頼りたくはないが、仕方ない。
とりあえず、彼なら何とかしてくれるだろう。
昔兵庫のインコの別荘に行った時には、ピノコに来られて大変だった。
もう少しで彼女とすれ違いになるところだったのだ。
今回はやくざが絡んで危険だから、余計絶対に同行させられない。
彼女に泣き叫ばれたが、心を鬼にして金とメモを渡し、言い聞かせる。
ピノコ、これからあいつが来るから、ちゃんとこの手紙と金を渡すんだぞ。
行き先?
お前にはヒントも教えられない。
(BJ)
電話が鳴った。
「やあ警部、お前さんにちょっと頼みがあるんだが」
この男の声には聞き覚えがある。
とんでもない外科手術の名手にして悪名高き無免許医だ。
俺の息子を助けてもらった恩人ではあるが、素直に礼を言える相手ではない。
何しろこの男、叩けば嫌というほど埃が立つ人間なのに、いつもほぼすぐに無罪放免。
警察幹部にかなりの額の袖の下を出しているという噂もうなずける、胡散臭いにもほどがある人間なのだ。
まあこっちも何度か無理言ってただで手術をしてもらっている手前、大きなことは言えないのだが。
奴の家に行くと、女の子が一人ぽつんといた。
「やあ、警察だが、先生はどこだね」
と聞くと、以前来たときには気丈に
「知らない」
と答えるきりだった女の子はくしゃくしゃになった手紙を差し出した。
中にはこの子を保護して欲しい旨が書いてある。
もうひとつの封筒の中は、金だ。
礼金のつもりだろうか。
手紙の中には自分は育児放棄したので、この子を施設に入れて欲しいと書いてある。
だが電話で奴は「ちょっとしたこと」で狙われているので、この子を保護して欲しいと言っていた。
だとしたらあまり目のかからない施設に入れるのもなんだろう。
「うちは一人息子だったから、うちのかみさんがどうしてもうちに来て欲しいと言っているんだ」
と言うと
「ぐ、ぐ」
と彼女の喉の奥が鳴ったのがわかった。
涙を見せない、我慢強い子だ。
(友引警部)
電話が鳴った。
「はい。ああ、先生。やってますよ。きちんと帰れるよう努力してますから、たまにはのんびりしていたら? 何なら彼氏も呼んでやろうか」
とちゃかして言うと、ガチャンと受話器を叩きつける音がした。
ふう。
あの先生、金離れも度胸もいいけど、短気なのが玉に瑕だね。
もちろん、準備は着々と進めている。
先生を探している対抗組織、そこが今回のターゲットなのだ、俺自身の。
あの先生もかなり剣呑な人間だが、俺も人のことを言えたもんじゃない。
俺自身もいろいろあってね。
ま、今回は俺自身にも得になるし、あの先生からもたっぷりいただける、いい仕事だ。
せいぜい気張らせていただきましょ。
(いんこ探偵事務所)
電話が鳴った。
「おい、あの子どうしてる? ちゃんとやってそうか?」
普段夫からこんな電話が来ることはない。
息子が難病で大変だった時でも、3日に一度電話が来れば御の字だった。
「大丈夫よ。今はちょうど夏休みだし、今日も近所の子と一緒に公園で遊んでいたわ。もちろん私も付いていったわよ」
と言いながら、本当に大丈夫かしらと思う。
あの子はかわいい。
娘がいても、こんなにお手伝いしてくれなかったろうし、舌足らずな声で一生懸命話す姿は陽気にすら見える。
けれど、庭でうちの犬を抱きしめながらつぶやくのを聞いた。
先生ってひどい。
私を置いて行っちゃった。
ピノコがいるとだめなんだって。
そういって肩を震わせたあの子の事を、その場で抱きしめてあげればよかったのに。
1拍置いて声を掛けたときには、あの子は笑って返事をしたけれど。
(友引妻)
電話が鳴った。
「インコから、聞いたよ。なんかまたトラブルだそうだな」
そんなあいつの声を久々に聞いたから、つい警戒を解いてしまったのかもしれない。
「先生、その電話を切りな。そしてゆっくりこっちに向くんだ」
背中に銃をつきたてられるまで気づかなかったなんて、何たる失態。
受話器を床に落としながら
「何だ、お前たちは」
と怒鳴る。
聞こえたか、キリコ。
何とかしろよ。
派手に殴り飛ばされながら、俺はそれでも希望を失っていなかった。
(BJ)
電話が鳴った。
「たれ込みだ。△組の組事務所に直行しろ。一斉捜索だ」
部長の声に、飛び上がる。
それは急展開だ。
今日は早番だから、あいつのお嬢ちゃんを花火に連れてってやろうと思ってたんだが、お預けだな。
ばたばた走りながら女房に1本短い電話。
携帯から
「大丈夫よ、私が連れてくわ」
という柔らかい声がする。
そういえばこんなにあいつに電話を掛けるの、滅多になかったな。
俺の女房は声美人だ、と思う。
(友引警部)
電話が鳴った。
「ピノコちゃん、代わってって」
と言われてまたあのおじちゃんからかな、と受け取ったら先生だった。
「お利口にしてたか」
って失礼ね。
ピノコはレディなんだから。
でも先生、すぐ来て。
楽しみにしてるから。
そう言って電話を切って5分もしないうち、車の音がした。
おじちゃんの車だ。
迎えにいったらおじちゃんの後ろから、先生!
キリコのおじちゃんまでいる!
二人ともぼろぼろのよれよれで、おばさんにお風呂に直行させられてた。
何があったんだろう。
どうしたの?
でもきっと聞いても
「もう大丈夫だ」
としか教えてもらえないんだろう。
先生ってそうなの。
ヒミツシュギで、ピノコはわからないことだらけ。
ま、ピノコのとこに戻ってくれたからいいけどね。
先生、お帰りなさい。
(ピノコ)
神無月様が150000ニアピンリクエストしてくださったのは「ランプとピノコとDS設定のいんこが出てくるようなお話」でした。
以前書いた「探索行」「逃避行」シリーズを面白くお読みくださっていたということなので、似た風味に仕上げたつもりですが、いかがでしょうか。
今回はBJとキリコは味付け程度。
二人がどんな冒険をしたかはどうぞ皆様ご想像ください^^;
神無月様、リクエストをありがとうございました。