熱川は伊豆の他の街と同じく海と山の間の急斜面を切り開いたような小さな町だ。

急こう配の坂ばかりの道は、俺の足でもそれなりにきつい。

だが道は細く、距離もそれほどないので歩いて向かう。

 

「おお、ブラックジャック君。久しぶりじゃ」

「ご尊顔を拝することが出来、光栄です」

もう何年もお会いしていなかったが、先生はびっくりするほどお年を取られていた。

家じゅうに手すりがつけられてあり、先生はそれに掴まらないと家の中すら移動ができない。

食事も入浴もヘルパー頼みで、外に出るのはデイケアの車が来る時だけなのだという。

つい数年前は「伊豆は山歩きの場所に困らない」と健脚ぶりを披露して下さったのに。

「一度風呂で転倒したら、このざまだよ。老人は骨折するとだめだっていうのは本当だった。筋肉は一度衰えるとかなり頑張っても戻らない。動かないと腹がすかない。食べないと気力がわかない。気力がわかないと体の抵抗力なんてみるみる落ちる」

と砕けた名調子でしゃべる姿はゼミの休憩時をほうふつさせるもので少しホッとしつつ

「それにしてもやせ過ぎではありませんか。よろしければ診断させてください。簡単な器具は持ち歩いております」

と医療鞄を引き寄せたが

「わしゃあもうそんなのはいらんよ」

と診察を受けてはくださらない。

押し問答をしているうち、チャイムが鳴った。

 

「もうこんな時間になったか。ブラックジャック君、今日は来てくれてありがとう。本当にとてもとても楽しかった。次の来客の時間なんだ。すまんがドアを開けたら入れ替わりに帰ってくれないか」

と言われて名残惜しく帰ろうとして、踵を返した。

玄関に立っていたのはキリコだったから。